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2007年08月09日

縄文人の性意識を探る(青森の民俗行事を通じて)

今回は、アイヌ民族にも受け継がれたであろう性意識を、青森の民族行事を通じて探ってみたいと思います。
縄文の世界・生活と文化より
《引用開始》
かつて、青森の集落のはずれの小高い丘に木製の大小の根精様を祭る祠があった。
また本家筋の家の祭壇に、蛯子、大黒と並んで根精様の小さな祠があった。
それらは、今はない。
縄文遺跡の祭祀的跡と思われる場所から男性の性器と思われる石棒が出土した。
石皿、くぼみ石等の陰石も出土した。

縄文時代の人々は、性をどのように捉えたのだろう。
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男と女の世界である。
平常であるならば異性という見方で終わるだろうが、ひとたび別の秘め事に接する時の精神の高揚と激しさは神秘的であると共に、恐れ、驚き、興奮の世界である。
そして、その世界こそ、あらゆる生き物にとって種族保存の原理につながっているのである。
縄文の人達はそれを確かなものとして捉えていた。

津軽に「こっから舞い」という踊りがある。
祝いや酒席で、即興的に唄い舞われるものであるが、すりこぎを腹につけて男性シンボルに見立てての演技である。
見る人の爆笑を買う、楽しい舞いである。
また南部の一閑村で行われる、男女一対の草や茅で出来た人形送りの際にも、茅人形につく男性シンボルをリズミカルに回転させたり、左右に動かしては、村中を練り歩いている。
それを見守る老若男女の村人の笑いが渦巻くが、誰ひとりとして「やめて」とは言わない。
古くから伝わる民俗行事だからである。
青空の元に大勢の群衆の中で、大地を舞台として、性を軽快に演ずるのである。
現代のポルノ雑誌、ポルノビデオのように陰険で密室的でない。
青春の異性に対する輝くばかりの胸の鼓動と恋との葛藤、そして成人になった時に人として抱く高揚した感情、そしてまた老いてからの淡きもの。
そこには、いつの時代でも個々に彩られるドラマがあり、不可思議な魅力がある。
二十世紀は近代の文明が科学や機械によって築かれ、不思議な未知の世界まで解明する事が出来る時代である。
しかし「性」を人間の誕生と言う事で捉えたり、医学的、科学的に分析する事が出来るが、その「心」までは解決していない。
果てしない人間の欲望や権力の魔力もそうである。
縄文時代の人々もまた、性を神秘という事で、神々に納めていた。
それこそ男性、女性像である。
人型のワラ人形を作り、交接させていたのである。
遺跡からは素焼きの土人形である土偶しか出土していないが、木製、草製のものも数多くあっただろう。
その土偶に、豊穣の願い、無病息災、生と死と言う「人間が生きるため」の知恵や願いが託されていたのである。
縄文時代は一万年間であるから、時代によって土偶(素焼の人形)の形もタイプも変わるが、それを作る「心」は変わっていないと思う。
性は現代では秘め事であるが、縄文時代はもっと明るく大らかだったのではないだろうか。
そして男女の交接という行為は、計り知れないエネルギーと官能の極地である故に神の力、神秘なる力と考えていた。
《引用ここまで》
今でこそ、性は、密室での秘め事という常識がまかり通っています。
この常識が、男女間の引力を急激に衰弱させる原因のひとつになっていると思います。
性を全ての活力の源ととらえ、だからこそ性を集団に開きだした縄文の性意識は、行き詰った男女関係を突破する鍵になるのではないでしょうか?

投稿者 naoto : 2007年08月09日 List  

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