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2008年06月12日

ヒト&縄文:難産という出産障害

最近、るいネットなんでや劇場で熱い 生物史参考投稿
改めて、我々の細胞が形成している機能や免疫細胞等…生物~人類まで、いかに進化を積み重ねてきたか とても面白い 今日は、そんな生物史にちょっとヒントをえて、視点を変えてみました。
今までは、縄文人を取り巻く自然圧力などを対象に外圧状況を探ってきましたが、縄文人自身はどんな状態だったのか?古病理学を視点に探ってみたいと思います
byさーね :o
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参考図書「骨から見た日本人~古病理学が語る歴史 鈴木隆雄 著」
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ハイリスクな縄文期の出産
ヒトは、もっとも自然であるべき出産分娩について、難産という出産障害をもつ唯一の哺乳類である。これは四足性の姿勢からほぼ90度上体を起こした直立姿勢となったために、骨盤はそれまでの下肢骨の支持の役目のみならず、重い内臓の受け皿となった。そのために、子宮および産道は全内臓の重みを受け複雑に屈曲する隘路となったからである。さらに、胎児の側も頭部が他の動物にくらべ非常に大きくなったため、スムーズに産道を通過することが困難となり、一層の難産の条件が重なったといえる。…(中略)…

マジカルな意味をこめた埋葬
…(中略)…この高砂貝塚の縄文人母児は、児頭骨盤不均衡や回旋異常をはじめとし、横位や子宮破裂、さらに産道損傷や子宮内反症などによる出血やショックなどの分娩時の重大な障害によって両方が死亡したケースと考えられ、その埋葬の特殊性もふくめ、縄文時代での出産にかんするハイリスクを知る意味でも貴重な症例と考えられている。

後天的障害
これまで我が国の古人骨のなかで明らかに麻痺性の変化、すなわち骨の異常な萎縮による機能不全の例が幾例も見出されている。最初に報告のあったのは栃木県大谷寺洞穴出土の縄文時代前期に属する成人女性の下肢骨の左右非対称例である。
この女性の左大腿骨はほぼ正常な柱状の形態を示すのにたいし、右大腿骨は前後にいちじるしく扁平で、特に後面の粗線と呼ばれる筋肉の付着するための隆起が、隆起とならず単なる帯状の痕跡となっていた。 …(中略)…  幼児に罹患した脊髄性小児麻痺を疑った。
…(中略)…
なお本例は頭蓋底を環状にとりまく破損があり、おそらく食人を目的として、脳の新鮮な時期に強い鈍力によって破壊し、脳を取り出した例でもあると推定されている。

古代エジプトでのポリオ
脊髄性小児麻痺あるいは急性灰白髄炎は、通称ポリオと呼ばれる。…(中略)…しかし、このポリオの歴史は古い。すでに紀元前1500年のエジプト第18王朝のころの僧ルーマはその右脚が完全に麻痺し、高度に萎縮した様子の描かれた石碑と碑文が残されている。  …(中略)…

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華奢な骨
…(中略)…縄文時代後期に属する個体で「入江9号」とラベルされた成人骨格は、その異常な所見から、調査にあたった峰山巌・山口敏によりすでに「……この女性は、思春期をむかえた頃病魔におかされ、四肢骨の発達が遅滞しただけでなく、退化現象をおこし、少なくとも数年間は寝たままの状態で過ごしたものと思われる……」

周囲の手厚い保護
このように四肢の麻痺という、日常生活にいちじるしい障害があり、成人にたっするまでの長いあいだ、寝たきりを余儀なくされたこの例は、縄文時代にあっても周囲の手厚い保護と介助を必要とした身体障害者をすでに当時の人びとが受け入れていたことを立証している。

そもそもヒト(縄文人)は、
難産という出産障害をもつ唯一の哺乳類→これは、ヒト自身の外圧


様々な障害


それを共同生活で受け入れる
ことが出来ていた。
一方、現代社会は逆だ。障害者は隔離され、閉じ込められている感じだ。出産の技術が上がったとはいえ、本来の共同意識さえなくなりつつある現代。改めて、縄文人の意識に立ち返るべきではないでしょうか

投稿者 sawatan : 2008年06月12日 List  

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コメント

すみません、長くてポイントがよくわからなかったのですが、
結局引用の要旨としては
①4世紀(2世紀)ごろには大規模な民族移動は認められない。
②天皇家(天孫族)は、弥生時代に日本に渡来していた
・・・ということでしょうか?
ど素人なりの疑問ですが、
・弥生時代に落ち延びてきた部族より、その後戦乱の続く大陸で戦ってきた連中のほうが圧倒的に強いだろうということ。彼らであれば、短期間に統一王朝を作ることも可能だとおもわれること。
 また、いきなり日本の勢力が朝鮮半島に領土を持つのもおかしな話。もともと朝鮮にいた連中だからこそ、領土をもっていたと考えるほうが整合するのでは?

投稿者 Hiroshi : 2008年7月18日 19:53

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