2008年6月2日

2008年06月02日

時に協力、時に対立していた渡来系弥生人集団

どのように縄文から弥生に時代的に連続していったのだろうか。?
前回、「縄文と弥生の境目:共存のディテール」で、近畿地方では縄文晩期の土器を使う縄文人系の集落と遠賀川系弥生土器を使う渡来系弥生人の集落が100~150年間併存していたことを紹介しました。
今回も同様に他の地域ではどうか見ていきたい。今回も産経ニュースの-文化-学術-に「試行私考 日本人解剖」と言うシリーズの中からお借りして届けします。
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水稲農耕を取り入れた地方毎の「弥生」の始まり
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投稿者 mukai : 2008年06月02日