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2007年05月11日

人骨が示す過酷な生活

こんにちは、etoです。
tokumaruさんがクラシーズ洞窟を紹介していただきましたね。感激です!
はるか太古の人類がどのような生活をしていたのか、興味は尽きないですね。
そんなわけで今回は、日本で発見された人骨の紹介です。
下の写真、何だか分かりますか? こちらからお借りしました。
minatogawajin07.jpg
沖縄は港川で発見された港川人(1万8000年前の旧石器時代)の脛(スネ)のレントゲン写真です。
横に何本か線が入っているのが分かりますか? その線がハリス線と呼ばれるものです。
で、ハリス線とは何かというと、
栄養失調や病気などで一定期間成長が止まると、骨の両端に化骨作用が起きて、ハリス線と呼ばれる横線が現れるようで、縄文人の人骨にも多く見られるようです。
あと港川人の人骨は、咀嚼筋が発達し歯が著しく磨り減っていることから、硬い粗末な食物を食べていたことが推察されています。
沖縄といえば、暖かくて、食べ物も豊富に獲れそうなイメージがありますが、1万8000年前ではまだ氷河期ですから、相当に厳しい環境だったのでしょうね。
歯が磨り減るほどの硬い食物って、、、木の根っ子とか、それこそ人骨をも砕いて髄をしゃぶっていたかもしれませんね。
港川からは全部で9人分が発見されていますが、男性壮年が9人、女性壮年が2人です。
子どもは発見されていないんですね。なんでだろう?
人骨の分析からは、ワジャク人と類似していることから、スンダランドより移動してきた可能性が強いようです。スンダランドから移動せざるを得なかったのでしょうが、たどり着いた沖縄もまた、過酷な状況だったのでしょう。
彼らがどのような生活をして、どのように縄文文化と融合していったのか、沖縄圏を中心に少し調べていこうと思います。
応援ヨロシクです。
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投稿者 nishipa : 2007年05月11日 List  

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コメント

縄文時代に黒潮にのってアメリカ大陸に渡っていたかもしれないとは面白いですね。
ところで今、古代アメリカ文明を調査中です。もうすぐシリーズをアップする予定なので期待してくださいね。

投稿者 田村 : 2007年5月24日 22:57

南米と日本を結ぶ黒潮。そしてその証拠ともいえるバルディビア土器。土器好きにはたまらない話。
南米の先史文明と縄文との関係。その謎を解く鍵は土器ですよ、きっと。

投稿者 dokidoki : 2007年5月24日 23:04

南米と日本を結ぶ黒潮。そしてその証拠ともいえるバルディビア土器。土器好きにはたまらない話。
南米の先史文明と縄文との関係。その謎を解く鍵は土器ですよ、きっと。

投稿者 dokidoki : 2007年5月24日 23:04

可能性はありそうな話ですが、まったく見えない海の向こうの大陸に船で乗り出すというのは・・・??
ロマンは感じますが、無茶な冒険のような気もします。

投稿者 匿名 : 2007年5月25日 12:48

以前私がるいネットに投稿した記事があります。
>「北米に人類到達5万年前?」http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=81766
米サウスカロライナ州南部で定説を覆す約5万年前の北米最古の遺跡を発見したとサウスカロライナ大の発掘チームが明らかにした。
北米大陸に最初に人類が到達したのはベーリング海峡が陸化してシベリアとアラスカがつながった1万3千年前ごろとするのが定説だった。
この発見はアフリカで誕生した現代人の時期やベーリング陸橋の形成以前の移動手段など多くの問題を提起する。
遺跡からは北米最古の石器文化とされるクロビス文化よりも古い様式の石器群や炭化した植物片が発見された。植物片を使った年代測定では約5万1700年~5万3000年前を示した。石器の形は当時のアジアの石器によく似ている。約5万円前は欧州やアジアでは中期石器時代。現代人より進化段階の古いネアンデルタール人などの旧人がまだ活躍していた。現代人はすでにアフリカから拡散を開始。現代人到達は人骨分析からオーストラリアや中央アジアで約5万~6万年間、欧州で約4万年前とされる。今回の発見はほぼ同時期に現代人が全世界に拡散していたことを意味し、「人類史の書き換えを迫る」という。
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縄文時代どころか、5万年前に北米に渡っているのです。
疑問は、なぜ、べーリング陸橋のない5万年前に人類が移動できたのかという事でしたが、この記事でその理由がわかったように思います。海の道があったのですね!

投稿者 tano : 2007年5月25日 13:49

2011年の東日本大震災からから9か月後、
8000キロ離れたアメリカ西海岸:ワシントン州のビーチに
三陸や石巻方面の「カキのはえ縄式で使われていた黒いブイRY-22」
がたどり着いた通り、黒潮に乗ると早い時期の到着は可能。
その後、アメリカ西海岸には、
およそ25万トンの震災がれきが漂着すると予想されたが..

投稿者 shion : 2013年1月30日 20:09

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