2007年5月25日

2007年05月25日

縄文人は、なぜ「海」に可能性を求めたか?

今晩は、さーねです
黒潮圏の考古学というサイトを今勉強しているのですが、その中でも八丈島の先史時代で、すごい不思議だなと思うことがあります。

6,000年前にピ-クを迎えた縄文海進時に、縄文人が漁撈活動地域を内陸や沿岸部から近海に拡大し、海洋航海技術を熟達させ外洋を舞台にした縄文集団(海の縄文人)が誕生した。彼らは外洋航海民としての素養を備え、最初は北部伊豆諸島を中心に渡島活動を行っていた。やがて近畿・東海と中部・関東の二地域から、黒潮本流を越えた南部伊豆諸島の八丈島へ渡航した集団が登場する。

黒潮圏の考古学:八丈島の先史時代の倉輪遺跡より
なぜ、海を渡ろうとしたのか 特に、八丈島は北部伊豆諸島と比較し、本土からの距離が遠い。黒潮の流れを簡単に突っ切れるほど甘くはない。どうみても決死行としか思えない。逆に、そこまで行こうとしたのはなんで
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彼らが置かれた状況や意識、行動様式を推察してみたいと思います
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投稿者 sawatan : 2007年05月25日