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2010年03月12日

「贈与」に何を学ぶべきか!~8.共生するための贈与☆

こんにちは :D 「贈与」に何を学ぶべきか!」シリーズもいよいよ8作目です
前回は、カッピカピさんが①人口増加と生存域の拡大が、同類緊張圧力を生み出し、それによる同類間の闘争を回避するために贈与が始まったこと、②豊かさによって徐々に失いつつあった縄文人の『活力源』であることまでを解明してくれました
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それでは、引き続き「贈与」の追求です★★★
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るいネット「採取時代の適応原理」より引用します。
                     

>贈与も同類闘争からの抜け道(回避策)としての共生(取引)原理に基づいたものだったのかもしれませんね。
採集部族や狩猟部族が採った同類緊張圧力の回避戦略が贈与や交叉総偶婚といった共生様式であったというのは、新しい認識ですね。
人類にとって闘争圧力(従って中心的な闘争課題)が、外敵圧力から同類圧力に変化したのは、約1万年前の弓矢の発明・普及からでなのでしょう。
この時代になって始めて人類は、洞窟など外敵の脅威の無い限られたニッチに小集団で隠れ住む事を止め、地上に進出しました。

>観念機能(事実認識=洞窟・貯蔵・火・調理具・戦闘具・舟・栽培・飼育)の進化によって生存力を強化した人類は、約1万年前、弓矢によって外敵と互角以上に闘えるようになった頃から洞窟を出て地上に進出する。そして地上に進出した人類は、忽ち外敵を駆逐して、繁殖していった。その結果、繁殖による集団の拡大→分化を繰り返した人類に、ようやく同類闘争の潜在的な緊張圧力が働き始める。とは言え採集部族や狩猟部族は、互いに贈物etc.を通じて友好関係の構築に努め、闘争を回避していた。実現論
約1万年前には、モンゴロイドはすでに、スンダランドから南米南端のパタゴニアまで移動を終えていました。また縄文時代の日本列島や朝鮮半島や沿海州だけでも、驚くほどの長距離を超えて人や文物の交流があったようです。
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初めて出会う同類他部族の集団や人口増加のために一定の地域に拡散した部族間には、人類が始めて経験する同類緊張圧力が生じたはずです。

縄文時代、青森県の三内丸山遺跡では、100人から500人と推定される大集落が1000年以上営まれました。またその周辺には、同時代の多数の集落遺跡群が見られます。通常の単位集団の限界を超えると思われる定住人口や周辺の集落群からこれは、同類緊張圧力に対応するための多段階編成集落でなかったかと採取時代板では考えられています。
三内丸山遺跡には、北海道十勝の黒曜石による石器や能登半島の翡翠などが出土し広範囲な交流を物語っています。
これらの交流は、贈与であったのか交易(交換)であったのかは、決め手がありませんがクラのような「ある時間的間隔をおいてお返しのくる贈物」かもしれません。

採取時代や各地の先住民の中に残っていた、贈与の風習は、もちろん他集団との関係において成り立つもので、かつ贈与には、確実な相手があります。
(贈与と交換(取引)との間には、微妙な隔たりがあるようにも思われます。)
いずれにしろ、弓矢の発明に代表される”闘争(能力)適応”や多段階編成集団などの ”集団(統合)適応”を前提として、外圧が低下した環境下で、集団を維持し、集団間を統合するために贈与や交叉総偶婚といった”共生(取引)適応”原理が発動するのでしょう。

                     
どんな集団でも、集団同士が出会えば(近接すれば)緊張が生まれます
その緊張関係も、
①自然外圧が低下し人類が繁殖→集団を分割したことでできた、単位集団(同部族)同士の緊張
②繁殖したことで他部族が近接することになり、他部族間での緊張
の2種類があります。
①の緊張関係は(同部族なので)交叉総偶婚をすることで単位集団間の婚姻関係を結び、人の交流で緊張を緩和していました。
②のように他部族になると、部族によって共認内容も変わってくるので人の交流(婚姻)というわけにはいかなかったのでしょう。この場合は、贈与をしあうことで緊張を緩和していたと思われます。
ただ、①②に共通することがあります :D
それは、緊張状態を一番いい状態で回避するには に頭を使ったことです 緊張→闘争ではなく、共に生きる=共生しようと、その方向に適応したのです
縄文時代一貫してこうして適応してきた、そのための手段の一つが”贈与”だったんですね

さて、いよいよ次回はこのシリーズ最終回の予定です
「贈与に何を学ぶべきか!」追求の集大成 ご期待ください :D

投稿者 pingu : 2010年03月12日 List  

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コメント

tanoさん、インド追求、面白いですね。ITや医療、自動車などかなり高度な文化になっているのだろうと思います。
インドも本源性を残していると考えられます。掠奪や市場化、自然外圧のために、カーストなどの身分制度を導入して結束を図ろうとしたのかもしれません。
期待しています。

投稿者 kon : 2010年5月22日 19:11

konさん期待コメントありがとうございます。
カースト制度についてはこれから調べていきますが、よく言われるのが日本は縦社会、インドは横社会と言われます。
確かにカーストは上下階級移動を厳しく制約した為に逆に横の結束は強くなっていったのかもしれません。
複雑なインドだけにそう簡単にこの制度の解明はできないかもしれませんが、トライしていきます。どうぞご期待を。

投稿者 tano : 2010年5月23日 00:38

tanoさん、インドは楽しみにしています。現在も多くの分野で有能な人材を多く排出しており、勤勉性という部分では日本に通じるところもありそうですので。
現在、イスラムを追究していますが、7~8世紀以後のイスラムの世界とインドの繋がりも調べてみたいと思います。
期待しています。

投稿者 kon : 2010年5月29日 18:54

 インドの人口は今なお増加中で、現在11億人。国連の予測では今後も増加し、2030年代に中国を追い抜くと言われています。うち今なお8億人が1日2ドル以下で暮らしています。特に農村は貧困層が多く、政治・経済の最大の課題とされています。
 インドは有史以前からユーラシア大陸の東西から何派にもわたって様々な民族集団が流入してきました。主な言語だけで15を超えるためインド政府が発行する紙幣には17の言語が印刷されています。ヒンドゥー教徒が最も多く、ヒンドゥー教にまつわる身分制度であるカースト制度の影響や差別は今でも残っており、クラス(階層)や貧富の差が非常に大きいのです。相続税がないので、金持ち一族は金持ちのままということになるようです。このように多様な人々が存在します。また宗教的な対立でテロも起きたりしているようです。
 人口が多く、様々な民族集団が流入しながらも、カースト制度で戦争を抑えてきた(少々の対立はあったでしょうが)ということは、注目に値すると思います。かたや中国は戦争ばかりしてきたのですから。是非解明していきたいですね。

投稿者 norio : 2010年5月29日 20:47

konさんこんばんわ。
イスラム教徒はインドでは20%程度と割合は少ないですが、人口では世界で2番目に多い国だそうです。注目すべきはヒンズー教とイスラム教という2つの宗教がどのような対立、妥協をしていったのか、宗教の共存という局面がインドにあったように思えます。
ヒンズー教は基本的には多神教で、日本の神道にも似ています。またご利益を期待するという意味でも現世的です。
日本で神仏習合があったようにヒンズーとイスラムもどうようの事があったのでしょうか?
これからの追求に委ねたいと思います。
お楽しみに。

投稿者 tano : 2010年6月2日 00:53

norioさんこんばんわ。
インドはカースト、中国は科挙で統合してきましたが、いずれも他国では見られない統合様式です。そしてどちらも数千年その制度が続いてきました。
インドではすでにカーストが崩れ始めていると言われています。また別の書では現在も根強く、おそらくはインドのカーストは残り続けるだろうと言われています。
カースト制度とは何?
このシリーズの目玉になりますのでぜひご期待ください。

投稿者 tano : 2010年6月2日 00:56

シリーズ「インドを探求する」第2回 ~地理的観点からインド史を観る

こんばんは。 不思議の国、インドシリーズですが、今回は、インドの歴史の概況について紹介していきます。 インドといっても、広大な国土で、一つの王朝も多岐に渡…

投稿者 縄文と古代文明を探求しよう! : 2010年6月12日 03:11

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