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2007年01月25日
宗教と観念支配
時代による都市や国家の支配形態を探るには、その時の宗教の変化が参考になります。宗教はそもそも、人々の行動に大きな影響を与える観念ですから、その観念を巧みに操れば、民衆を服従させることも可能になるわけです。このような観念操作はいつ頃から始まっていたのでしょう。 🙄
古代メソポタミア時代の一時期(4~5千年前)、シュメール人がウバイド人を駆逐し、やがてウバイド人をアッカド人が駆逐するというような変遷を辿っています。南風博物館の内容をちょっと引用させていただきます。 🙂
>アッカド人の宗教はどういったものだったのかは、よくはわかっていない。おそらく、シュメール人の宗教から多くを取り入れたものだったのだろう。ただし、神の名前はシュメール人のものとは異なっている。
その性格と役割はあまりはっきりしないが、主神はイルといった。その周囲にはべる三位一体の天体、すなわち月・太陽・金星が神の象徴としてみられ、それぞれシン(月神)、シャマシュ(太陽神、おそらく女神)、そしてイシュタル(金星)という。彼らはシュメールのナンナ、ウトゥ、イナンナと同一視され、融合していったと考えられる。
リンク http://www005.upp.so-net.ne.jp/nanpu/history/babylon/babylon_rel.html
アッカド人がシュメール人を駆逐した際に、名前は違うが、シュメールと同じ太陽神、女神、金星を象徴とする神を崇拝したと言うことですね。これは、観念上の切り替えで、被支配民を上手く服属させる手法だったと見ることはできないでしょうか?
民族が総入れ替えとなるような過激な侵略ではなく、先住者と上手く折り合いを付けながら支配をするというやり方がこのころから行われたのかもしれません。宗教を代表とした観念支配というのは、掠奪の限りをつくす侵略に比べ、支配者にとっても痛手の少ない支配の方法なのでしょう。
宗教の変化から国家の覇権の形を類推するということも面白いと思います。 🙂
ヒロシ
投稿者 hiroshi : 2007年01月25日 TweetList
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コメント
投稿者 ななし : 2007年2月3日 22:26
ななしさんご指摘ありがとうございます。
最古とか先端という言葉はまずは疑ってかかれということですね。確かにこれは何年前とか、この地域はこれこれと言えば済む事を一々最古とか先端などと装飾詞をつける段階で、事実を誇張したりさらにその先には曲げたりする姿勢がありますね。
優秀な考古学者はたぶん装飾を一切付けずに、事実だけを積み上げることに注力するのでしょう。
私たちは素人なのですからまずは姿勢だけでも考古学者の緻密さと粘り強さに学ばなければいけないと思います。(反省)
投稿者 tano : 2007年2月6日 01:26
ヲシテ文献の著述から、縄文初期のこともおぼろげに分かるようです。
もちろん、これからしっかりした証明がなされなければなりませんが、一考に値するものです。
摂ブログに、建国期のことの記録のご紹介と、それ以前の人種の移動のことなども書きました。
「日本建国 初代アマカミ・クニトコタチ」
私は、日本の文明は世界の文明とほぼ同じ時期に成立していると考えております。
投稿者 びーちぇ : 2007年7月9日 19:18
>石器時代は日本列島が一番先進地帯と言うのも全く否定はできないかもしれません。
一番先進地帯という語を使用するには、もっともっと慎重になるべきだと思います。一番や先進などという言葉は、聞いていて大変心地の良い言葉です。しかし、日本だけなのか?他の世界の例はどうなのか?なにをもって一番なのか?先進とは発達段階のことだけを指してよいのか?などいろいろ問題点はあると思うのです。考古学界が捏造事件を通して学んだことは、日本最古や世界最古という言葉に、もっと慎重さを持つことではないでしょうか。いろいろと偉そうに述べてきましたが、tanoさんの投稿される内容は、興味、関心をそそるものがたくさんあるので、これからもますます頑張って頂きたいです。すみませんでした。