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2006年12月12日

日本の私権国家への道すじ(2)

こんばんは、くまなです。
前回は、前4世紀、海神族白狄人(イザナギ・イザナミ)を紹介しました。今回は、前3世紀から2世紀初頭です。
中国では秦が中国を統一する前夜です。
各地で戦乱が絶えません。
前277年:秦が楚を討ち、江南を取る。
前254年:秦が魏を討ち、呉城を取る。
前224年:楚、江南で挙兵する。
上記のように中国の南東部(長江河口域)で、激しい戦乱が起こります。
このころ日本に中国南部の河姆渡人と思われる海人(アマ)族が渡来します。
対馬経由で出雲、その後北部九州志賀島を拠点に、筑前・肥前の沿岸部に居住します。
海人族の特徴は、温和、漁労(潜水漁)、海洋技術、金属技術(青銅・銅鐸・銅矛の製作)、全身入墨、稲・葦・竜蛇・鴨を祀る、で出雲神話と一致します。
大国主命(オオクニヌシノミコト)ではないかという説があります。
さて、その後の中国は、
前222年:秦が燕を滅ぼす。
前221年:秦が中国統一。
【図:秦の中国統一】
sin001.jpg
⇒詳細な画像
(「最新世界史図表」第一学習社より)

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前214年:始皇帝没後、北方の遊牧民匈奴が勢力を拡大します。
それまで匈奴を圧倒していた東胡(牧畜・狩猟)を滅ぼします。
この匈奴→東胡の玉突きで、日本に逃げ延びてきたのが天孫族ではないかと考えられます。天孫族の特徴は、鉄鍛冶・製塩、土器・鏡・玉・剣・弓矢・衣類の製作、粟・麻・熊・鳥(白鳥・鷹・鷲)などの動物を祀っていることです。
→彼らが天照大神(アマテラスオオミカミ)つまり皇室の始祖との説があります。
その後、中国は紀元前202年に前漢が統一。
【図:前漢の中国統一】
zenkan.jpg
⇒詳細な画像
(画像はウィキペディアさんからお借りしました。)
前195年、前漢の武将樊噲が燕(中国東北部)を滅ぼします。
燕の武将であった衛満(えいまん)が朝鮮に亡命します。(燕の王廬綰は匈奴へ亡命)
前194年、旧燕の衛満が亡命先の箕氏朝鮮(準王)を滅ぼし、衛氏朝鮮(朝鮮半島北部)を建国します。
前190年頃、衛満の反逆により箕子朝鮮(南朝鮮の王族)が逃亡→日本へ渡来します。
箕子朝鮮の特徴は、牛頭天王や海神を祀り、遼寧式銅剣(祭祀用)を持ち、元殷(商)人=漁労・農耕民族で、その神話から遊牧系との混血の可能性もあります。
→彼らが須佐之男(スサノオ)との説があります。
今回はここまで。
次回は、神々の戦いから倭国成立のあたりまで進む予定です!
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投稿者 kumana : 2006年12月12日 List  

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コメント

>近世以前の中国の地図では日本列島が南に延びるように描かれている例がある、というのが根拠になっています。
なるほど。中国の人は南に日本があると思っていたのですね。
日本海の激しい海流が航行の方向性を狂わしたという点もあるように思います。
しかし、現在ではほぼ畿内説が有力のようですね。
邪馬台国九州説の一番の理由が弥生時代は九州から広がっていったという固定観も大きいようです。しかし弥生前期(BC300~0年)は九州の方が近畿より弥生文化は、はるかに先行していたという事も事実のようです。

投稿者 tano : 2006年12月15日 01:07

>日本海の激しい海流が航行の方向性を狂わしたという点もあるように思います。<
あっ!南に進んでいるつもりだけど、実は東に流れていってたってことですね。リアリティーが出てきたように思います。
邪馬台国が畿内にあったとしたら、その後の大和朝廷とはどんな関係になるんでしょうね♪

投稿者 bunchan : 2006年12月16日 01:56

 邪馬台国ブームほど欺瞞に満ちた古代問題はない。これは戦後、日本文明の解明の矛先を天皇と関係ない方向に向けようとしたGHQプログラムの延長にあった。
 ひるがえって考えてみると、戦前の日本は天皇=国家(すなわち日本文明=日本政府)の混同にあったせいで、不安定な社会になり戦争で負けてしまった。
 それ以前は日本文明(国体)は日本政府(政体)とちがって、永続性があるという確信を天皇の神聖性や万世一系の性質に象徴させたものである。そのため日本の国体は様々な政体の変化を体験しながらも、高い安定性をもたらす結果となり欧米と違い革命を経ずして近代化を成し得た。しかも西洋的にいう宗教への依存性もきわめて低い国柄になった。
 「鉄は国家なり」ということが示すがごとく、今、日本全体には国家という唯一絶対のシステムしか存在しないような窒息そうな幻想に陥っているが、空間的広がりだけでなく時間的広がりも評価してその占有率を評価しないといけない。そうするとその占有率はごく一部でしかなく今の日本政府が日本文明であるとはいえないのである。
 そういった法治国家日本以外にも社会を形作っているものがあることを、特に歴史性において積極的に認める自覚がわれわれ日本人には必要だと思われる。特に、ものづくりにおいても然りだと思う。

投稿者 竹田出雲 : 2008年11月7日 23:32

日本に古来併合された筑紫野部落の末裔である九州部落民の捏造工作が
戦後数十年と常態化して久しい。この問題の原点には日本捏造九州紀元説である
邪馬台国九州説補完を肉付けする為に日本人の形態的特徴の一つである瞼の
構造とそれに分布が比較的一致すると思われる遺伝子構造上の一部を生態的特徴として分析し、
人々の盲目化を図ろうというものだ。この扇動の発端には反日売国圏域として名高い
九州大学(南朝鮮部落)、ソウル大学、筑波大学、千葉大学
など所謂朝鮮系の比率が非常に高い圏域の教育機関から賛同者を募り、東京大学の一部
南朝鮮系学者の協力を得て偏向データの辻褄を合わせようという、まさしく悪意に満ちた扇動が
繰り広げられているのだ。この日本にかつて併合された九州部落の教育機関、九州(クズ)
大学の主催で、首都圏の科学博物館において縄文系VS弥生系とかいう幼稚なプロパガンダを在日新聞を通して工作した事実も比較的新しい。この九州部落研究機関において何ゆえ縄文系、弥生系という大雑把な人類種のふるいわけを特に根拠も紹介もせず、確定事項として取り扱う所以は至ってシンプルだ。
一重瞼の特徴を持った韓国人独特のニダー顔、所謂ツリ目とエラ、火病気質を混ぜ込み、
その一重瞼分類群に無理にカウントさせる為である。この少々乱暴な九州人の人種判別は、当然ながら
九州圏域や彼奴らの本国の南朝鮮にさえ存在する二重瞼郡などを全て縄文系の先住土人とし、
マイノリティーに仕立て上げようというのだ。その試みの一つに、私も調べて気が付いたが
母親からのみ伝達されるミトコンドリア情報の分布の共通性を、首都圏、東北、沖縄、北九州、南九州、中国地方等で調査し、測定した後北九州系と思しきミトコンドリアの共通因子が首都圏では7割以上、
北九州でも7割、逆に東北、沖縄、南九州では縄文系因子の方が多いというデータ発表を部落の下僕の
筑波大学の協力で発表したことが挙げられる。九州イワイ部落民どもの言い分では、古来北九州圏域に
渡来移民が移住し、現地に住んでいた縄文系を追い払って日本中に拡散し、現地の縄文系は部落として
北と南の端に追いやられた裏付けだと言っているのだが、無論ミトコンドリアがそのような歴史的な
詳細を語ることは有り得ない。何故なら渡来系は九州から“のみ”上陸したと、これら南朝鮮渡来どもによって“勝手に決められている”が、現在の不審船の問題を見れば分かるとおり、日本海は非情に狭く、朝鮮半島どころか中国やらロシア辺りの位置からでも、船さえあればゲリラ的に本州のあちこちに上陸できること、更に南朝鮮渡来移民団がもしも軍の体裁を成して本州中に攻め入ったのであれば、現在何故九州の方言だけが、陸の孤島のように訓民生音であり続ける“現実分布と著しく反する”理由が不明だからである。九州部落民どものデータが正しいのであれば、尚一層、日本中で九州の訓民生音が標準語として話されていなければ辻褄が合わないという、小林チョシノリのような間抜けな自己矛盾に陥るからだ。(周囲の愛情が得られない惨敗マン等)これらのことはむしろ次の事柄を示唆する。
所謂弥生系と、この九州部落学者どもが勝手に同類にしている一重の整形ジャガイモ人間、即ちニダー顔とは全く別の代物であること。渡来の窓口は九州だけではなく日本の至る所に点在し、太平洋側にまでその圏域は上ること。現在所謂九州、南朝鮮系におけるニダー部落が何故か連続した分布を持たず、細切れに点在し、それらは九州、兵庫、千葉、多摩というように広い間隔を持ったニダー人種の溜まり場になっているマイノリティー分布も見逃せないとうことだ。(新宿大久保等は時系列が違う為省略)
私は上記の捏造九州、捏造筑波大学の遺伝子マーカーが適切な数値であれば、
首都圏ではほとんどの人間は九州人、所謂ニダー部落民であると考えられるので、実験がてらに端的に人込みの瞼状況を確認していったが、3000人中7割がニダーどころか、ほとんどがこの九州部落どもが言う
縄文系、というより単なる二重が圧倒的に多く、町並みを歩き続けるだけでも十分に確認できるぐらいに
容易であった。何度も続けると一体どうなるのか、在日九州大学の部落民は最早涙目であろう。早い話、データと形態的特徴との差異は現実と合っていなかったのである。
この劣等人種九州大学の教授とか言う九州部落民は一体遺伝子から何を導き出そうとしていたのであろうか。渡来人は必ず朝鮮から北九州だけを通って日本に拡散するものだと単純に思い込んでいたのであろうか、船さえあれば誰でもどこからでも上陸できるに違いないなどと考えなかったのであろうか。
 これらの裏付けに対し、恐らくこの九州部落どもは、自分達と同じニダー形成が最も高い地域である
千葉ニダー部落の存在が何故か本州の太平洋方面に存在している矛盾を勘付いているのかもしれない。日本の本州は先住者、渡来者が移住先を求めて領地を手に入れようとしてあちこちから上陸していった名残が多く存在し、その渡来者の中にも先住者の中にも、別段一重瞼、二重瞼の人間は自然発生で存在する為に縄文系、弥生系と括ると辻褄が合わなくなるのだ。(優性遺伝:二重、劣性遺伝:一重、隔世し同配偶者間の家系で顕在化)そして、所謂本州の大和地方における豪族が九州からの渡来系であれば、何故殲滅戦争が起きるのか。もし日本中が全て九州系弥生人とやらに征服されたのであれば、ブラジルで被征服者の言語であるポルトガル語やらスペイン語が話されるように、日本中が訓民生音を喋っているはずだが実際はそうはならなかった。即ちここでも事実と反しているのだ。大和は九州と違って大和言葉を話し、それは九州朝鮮渡来とは別口の渡来混合人種の内、最も戦闘能力が高い種族が後から同様に渡来してきた蛮族を平定、吸収し、技術を高めていった(原始的に奪い取った)からに他ならない。事実、本州での戦いの技術はほとんどが鉄ではなく青銅器であり、九州朝鮮渡来の鉄器とは別物である。祭器の模様までもが違うのだ。そして遺伝マーカーの断片の一致、部分的一致は単にアジアの黄色人種における共通性が内奥されているだけに過ぎないのだとも言えるのだ。何故なら、どちらがどちらを併合しても全く同じ遺伝因子分布が発生し、それは牝ではなく牡特有の遺伝情報から判別しなければならないからである。従って白黒つける一番手っ取り早い方法は、日本中の国民の顔写真を一重二重に分類することであり、それだけで、大よその答えは出てしまうのだ。
 この劣等人種九州の捏造教育機関に組する部落学者は東京どころか日本中に今や点在することになり、
手口は年々巧妙化し、憶測と無根拠極まるデータをさも当然という面をして大衆に汚物代わりにばら撒いているのが日本の考古学上における民族問題となっている。九州人はニダー系であって所謂弥生系ではない。(弥生系はジャガイモ顔ではないため)
また、大和に青銅器を伝えた渡来人と九州部落に鉄器を伝えた渡来人は全くの別物であり、
種種雑多な渡来人は北九州どころか日本の海岸の至る所に形跡を残し、地方豪族の基となった事実を、これらの九州人などの大和に征服された劣等人種どもが、戦争に勝てない代わりに
宣伝工作で誤魔化そうと(あくまで否定はしていない)企む氷山の裏側がだんだんと理解できるであろう。
 そして、この売国部落九州に卑しくも加担する愚か者どもが、何故か連続した分布領域を持たず、
各地に寄生虫として潜伏し、都市圏の養分を吸い取っているのかも大いに関係する事実だ。
九州人(吸収人)は名前の通りに相応しく、大昔からこのように事実無根を至る所で繰り広げ、その無根拠を自らの息の掛かった教育機関で後押しし、寄生させた大和の教育機関における九州学者どもの手引きで大嘘を事実とすり替えるのである。この手口はまさしく有名なニダー野郎の韓国紀元説のプロパガンダ通りであり、これらの背景を理解していればいるほど、いかにこの寄生虫どものデータ解釈歪曲と偏向宣伝の偽善性が汚物代わりに大衆に投げ込まれていることが分かるのだ。日本人は九州人でもなければ韓国人でもない、大和地方を起源とする列記とした王朝種族であり、縄文系、弥生系の人種区分は九州人などの訓民生音部落民とは関連性が無いのである。天皇の見てくれが一重が多いからといって、ニダーなどのジャガイモであることなど有り得ず、それならば昭和天皇などは本当は天皇ではないのかということにも成りかねない。実際、縄文は土器の模様であり、弥生は地名由来である。恐らく縄文顔、弥生顔というのもこれらの九州部落民どもがイワイという部落王朝を大和に灰にされた腹いせに勝手に造語したものであろう。少なくともこいつらが、聖徳太子が唱えた倭(和)という文化に従わない連中であったということは、過去のイワイの乱からも透けて見え、今を持ってして小泉チョン一浪の南朝鮮ビザ義務解除の悪法を見て取れるように、列記とした民族的対立の一端であることが理解できるだろう。九州人は韓国人同様大和に戦争に敗れて国を併合されたことが死ぬほど悔しいらしい。しかしながら、この劣等人種どもは見て分かるように、もともと戦争タイプではなく寄生タイプである為に、図々しさと歪曲行為、強姦気質、火病さだけは極端に顕著なのである。闘争のエネルギーがその分寄生行為に充てられるのかもしれない。また、この九州部落民どもは結局九州の方言が訓民生音であることを否定できず、涙目になりながらネットやら週刊誌やら学会やらで我々は少なくとも優秀人種(かもしれない)などと自己宣伝を自転車操業のように続けていかないと簡単にその民族性をも消失してしまう、尻に火がついた文字通りの火病者でもあるのだ。九州人は日本人ではなく、吸収人であり、その名に相応しい図々しい寄生虫どもである為、人々はこうした劣等人種の妄言に惑わされること無く、より一掃その撲滅に力を入れなければならないだろう。
 また、補足ではあるが、吸収圏域(部落)には、本州では全く見られない白黒まだらの不気味な
カラス(カササギ?カラス)が存在する。これは本州よりも南朝鮮地方やら済州島で分布が多く確認できる個体であり、カラスの南朝鮮部落だとも言える。南朝鮮渡来(傀儡)が持ち込んだのであろう。この生物は博多、那珂川、筑後川などの河川流域、所謂エタヒニンの生息地に分布が一致することも面白い事実だ。生きた文献データだとも言える。日本産のカラス(原始的)に比べひ弱(公家的)であり、生存闘争力に欠け、年々その分布域は追われて縮小しているのだ。半径1平方キロ程度の間隔でつがいが電柱や柳、松などに巣を形成する様子も九州部落では割と容易に確認できる。この個体は恐らく隼人(薩摩)が住む南方面や、本州方面へも、南朝鮮部落民同様に勢力拡大を目指したのだろうが、現在分布はほとんど確認できない。日本のカラスの餌になったのであろう、所詮南朝鮮産の生物では厳しい日本での競争に勝てず、かろうじて吸収部落にのみ生き残っている無様さは、主人のリアル渡来韓国人、吸収人にそっくりである。
 また、面白い事実の他には、薩摩(隼人)が島津となり、九州のほぼ全域を戦国時代に占領し、ネイティブ九州人(南朝鮮渡来)などは、危うく北九州の一部で秀吉の援軍によって助けられ、全滅併合の
難を逃れていることも一興だ。南朝鮮産人種は戦争もろくにできない寄生虫であり、恐らくその頃最も忌み嫌う、前述の“隼人の縄文の血”とやらで、“九州の大部分の牝個体”は混血が促進されたことは優に想像できる。新しい部落(被征服)の誕生だ。瞼やミトコンドリアでも調べてみると良い。いよいよ九州王朝説が、単なる九州部落朝説として転落していくのが見て取れるのだ。最早この九州部落大学の捏造考古学者どもは涙目であろうが、大人しく伊万里やら博多やらで南朝鮮磁器(イマリ)とやらでも作って部落で細々と生活でもしている方が性に合っているに違いない。全くこれだからデータ一辺倒の底辺プロパガンダは困る。南朝鮮渡来はその人種どころかそこに住んでいる固有の生物まで戦闘力の無い至上最下等の劣等種であることが明らかになった良い事例だと言えるだろう。

投稿者 幻想を破壊しにきたぜ : 2009年10月19日 23:19

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