2006年12月29日

2006年12月29日

渡来人と豪族の盛衰

5世紀中頃(古墳時代後期)から飛鳥時代を経て、平安京が築かれた奈良時代にかけて、それまでの物部・蘇我氏などの豪族と呼ばれる人たちの争いから、藤原氏を中心とする、強固な国家を造ろうとする動きが登場してきました。
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図は「飛鳥の時代」さんよりお借りしています。
藤原氏らは、唐や新羅と争う一方で、中国の制度をとり入れた新しい国家の建設に努め、天武・持統両天皇の時にこの事業はほぼ完成しました。
律令(刑法と行政法)が国家の法典とされ、豪族の支配下にあった全国の民衆は、中央・地方に置かれた役所を通じて中央政府に支配され、694年の藤原宮の完成をもって律令制国家ができあがったといえます。
この豪族の盛衰と国家統合の背後にどのような力関係があったのか、
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投稿者 simasan : 2006年12月29日  

2006年12月29日

縄文草創期の石器大量発掘!!

久しぶりの投稿♪さーねです^^
(先週はちょっとノロにやられましてお休みしてしまいました~すいません!)
今年も今日を含めて後3日。早いですねー
ただし、この縄文と古代文明を探求しよう!ブログに休みは関係なし!
逆に、冬期休暇中こそ、探求できる時間ですよ!
早速ですが、縄文草創期のイメージがだいぶ変りそうな発掘情報です
場所は、岡山県勝央町黒土、大河内(おおこうち)遺跡
発掘された石器の画像
>遺物は約30メートル四方の範囲でまとまって出土。東日本を中心に分布する神子柴(みこしば)型石斧2点(長さ17センチと15.1センチ)をはじめ、槍先に付ける尖頭器、弓矢の石鏃、動物の皮はぎに使うスクレイパー(削器)など、伐採や狩猟用の多様な石器が計45点発見された。(H18.10.6山陽新聞記事より)
草創期は、その生活様式含めて発展途上のイメージがありましたが、かなり変りそうな予感が…
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投稿者 sawatan : 2006年12月29日