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2010年02月07日

心理を理解した上で…

初めて投稿させていただきます。よろしくお願いします。
多くの歴史研究家の文献を見ると、どうしても個々の心理にせまっているとは思えないんですよ…
これって、探るのは無理があるのかも知れないけれど、社会のあり方が現代よりもずっとシンプルで、
情報が正確に伝達しにくい時代に、王権をめぐる周辺の人々のものの考え方って、真実を知る上で重要なんじゃないかと、ずっと思ってました。
原始宗教、道教、儒教、仏教…どんなふうに人々は摂取して、それを反映させていたのだろう…
恐らくこの時代、家族の繋がりよりも、個を重視したような感想をわたしは持っているんです。
自由で、わがままで、おもしろい位大胆で…
それが王権の移行にも反映されているのではないか…
そこのところ、勉強したいな~ ♪           milktea でした
応援おねがいしまーす。
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投稿者 milktea : 2010年02月07日 List  

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コメント

女原理発の男の役割、女の役割にはすごく納得しました。
こんな社会、良いですね!
ただ、一つ気になったところがあります。
>男達は、集団を維持し統合していくため祭事儀礼を含めた集団の取りまとめや、他集団との交渉等、集団を維持していくためのより広範囲な役割を担っていく
たしかに、他集団との交渉等は男達が担っていたのを想像するのは容易いですが、祭事儀礼はどちらかというと女性のイメージがあり、未開部族の祭事儀礼を見てみても、女性(巫女的存在)が中心であるように思うのですが、そのあたり、補足していただけませんか?

投稿者 たかし : 2010年4月27日 20:28

縄文時代の女とは・・・のポイントは下記の点だと思います。この記述はタヒチの事例ですが、同じように採取・漁撈を生業としていた縄文人においても同じような状況にあったと思われます。
>従って、タヒチをはじめ採集部族の女たちは、極めて積極的に集団の期待=性役規範に応え、更に性機能を磨いていった。
定住し、安定した社会を迎えた縄文人ですが、外圧が緩み集団が大きくなっていった状況の中で、あたらな課題として集団をどうする?という洞窟時代にはなかったやっかいな課題が登場したのだと思います。
集団を統合するために女性たちの親和に満ちた性の引力は使われていったことでしょう。きっと縄文時代には魅力的な女性たちがたくさんいたと思います。土偶や土器からは想像できませんが・・・・。

投稿者 tano : 2010年4月29日 12:24

たかしさんこんばんは。返信遅くなりました。
ご指摘の通り、自然との交信、精霊信仰としての祭りの主役は、自然との同化能力が高い女性だったと思います。
ただ、こうした祭りは、当時であれば、自然外圧に対する畏怖の念や感謝の念等から行ったのではないかと思われます。要は、集団にかかる外圧に対して、集団として祭りが執り行われたのではないでしょうか。だとすれば、その祭りの主催者は男達だったのではないかという推察です。
また、集団内の祭りとは異なりますが、他集団との交流時に、執り行われる催事もやはり男達によって行われたでしょう。
潜在思念の豊かな女を羅針盤にしつつ、集団をまとめ取り仕切っていたのが男達といいう、男女の役割分担が集団における祭事儀礼という局面においても、あったのではなではないでしょうか。

投稿者 yuyu : 2010年5月11日 23:00

tanoさん、コメントありがとうございます。
集団をどうするという課題は、私権圧力が低下した現代にも通ずる課題ですね。
現代の集団である企業や職場等に置いても、周りを見渡すと、魅力的な女性がたくさんいらっしゃると思います。
縄文時代の集団統合に学ぶとすれば、充足に満ちた彼女達を羅針盤に、男達が集団を統合していくことなのではないでしょうか。

投稿者 yuyu : 2010年5月11日 23:34

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