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2008年10月24日

『古事記』・『日本書紀』何が違う??

こんばんは。
10月10日、13日とtanoさんが、
古事記を知る!~るいネットの投稿群から
日本書紀を知る!~るいネットの投稿群から
を投稿してくださってますが、『古事記』、『日本書紀』に対する真相究明が今熱いです!!
そこで、今回は『古事記』、『日本書紀』の中で、具体的にどこがどう違っているのか??
について、まとめてみました。
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ダウンロード形式(PDF)になりますが、『古事記』・『日本書紀』の違うところをまとめました↓
ファイルをダウンロード
以下、この中から、記紀編纂の目的解明につながりそうな部分をピックアップします。
~神々の時代~
(1)最初に現れた神
  古事記 :天之御中主神
  日本書紀:国常立尊
☆天之御中主神は独神(性別無し)であるのに対して、国常立尊は、(日本書紀では)男神とされている。
 日本書紀は、天皇家は男神から始まったとしたかったのか?

(2)須佐之男命の身の潔白のための誓約
  古事記 :事前の取り決めがなく、物実(何から生まれたか)を重視し、須佐之男命が女神を生んだから潔白としている。
  日本書紀:事前に取り決めがあって、須佐之男命から男が生まれたから身の潔白が証明されたとしている。
☆ここでもまた、日本書紀は男をメインに据えようとしているのは何故?
(3)須佐之男命が新羅に渡ったエピソード
  古事記 :記述なし。
  日本書紀:異説で、須佐之男命はまず新羅の国へ下り、それからたくさんの樹木の種を携えて、息子の五十猛尊とともに土船に乗って、出雲にやってきたとある。
☆日本書紀は、暗に須佐之男命が新羅縁の神だと示したかったのか?
(4)因幡の白兎
  古事記 :大穴牟遅神(大国主神)が白兎を助けた。
  日本書紀:記述なし。
(5)大国主神の試練
  古事記 :求婚に失敗した八十神が大国主神を妬んで何度も殺し、生き返って逃れた先の須佐之男命の下でも試練を与えられたれるが、それを乗り越える。
  日本書紀:記述なし。
☆日本書紀においては、大国主神はどうでも良い神だったといことか?国神だから?出雲の神だから?
(6)邇邇芸命の結婚
  古事記 :木花之佐久夜毘売とその姉石長比売を送られたが、石長比売は醜女だったため、送り返された。木花之佐久夜毘売のみを選んだために、寿命が限られるようになったとされている。
  日本書紀:石長比売の話は、本文にはなく、異説にあるのみ。
☆日本書紀では、邇邇芸命(神武天皇の祖)に寿命があったと言いたくないのか?天皇家はあくまで不死?
(7)邇邇芸命と木花之佐久夜毘売との間に生まれた子の順序
  古事記 :火照命(=火闌降命=海幸彦)火須勢理命(=火明命)、火遠理命(=彦火火出見尊=山幸彦)の順番。
  日本書紀:火闌降命(隼人の祖とされる)、彦火火出見尊(神武天皇の祖父とされる)、火明命(尾張連の祖とされる)の順番
☆日本書紀は、神武天皇より尾張氏を重視したかった??(古代では末っ子が相続する習慣があった)
~神武以降の時代~
(1)長髄彦を討ったのは?
  古事記 :神武天皇の軍勢
  日本書紀:邇芸速日命(櫛玉饒速日命)←長髄彦の妹を妻にしている。物部氏の祖とされ、天照大御神の孫にあたる。
☆日本書紀は、物部氏をかつぎたかった?
(2)本牟智和気御子(垂仁天皇の子)が口をきけるようになったきっかけ
  古事記 :白鳥を見るだけではダメで、出雲で参拝をすることで口がきけた。
  日本書紀:白鳥を見るだけで口がきけるようになった。その白鳥は出雲で捕まえられたとある。
☆日本書紀では、やはり、大国主神は敬いたくない理由があるのか?
(3)仲哀天皇の死後の儀式
  古事記 :国を挙げての大祓の儀式
  日本書紀:群臣と百寮に命じて、罪を祓い、過ちを改めたのみ。
☆仲哀天皇の扱いが、ここまで違うのはなぜ?
(4)新羅から来た王子(天之日矛)と神功皇后との関係
  古事記 :神功皇后の母方の祖先
  日本書紀:血縁関係は示されておらず、神功皇后は開化天皇の曾孫で、気長宿禰王と葛城高ぬか媛の娘とあるのみ。
☆日本書紀は、新羅の血は、皇族にはない。と言いたかった?それとも古事記が新羅を言いたかった?
(5)仁徳天皇の皇后(石之日売命)が浮気に怒って向った先
  古事記 :山代国へ入り、筒木に住む韓人(百済人)、奴理能美の屋敷に留まった。
  日本書紀:山城国へ入り、筒城岡の南に宮殿を作って住んだ。
☆古事記が、朝鮮半島との関わりを深くしたかったのか?日本書紀が拒んだのか?
(6)履中天皇逃避行の同行者
  古事記 :阿知直(渡来系二大氏族の一つ漢(アヤ)氏の祖、出身は伽耶とされている)のみ
  日本書紀:阿知直、平群のつくすの宿禰、物部大前宿禰の3人
☆日本書紀はやはり、物部氏をかつぎたいの?それとも、古事記が物部氏を排除したかった?
(7)雄略天皇と一言主大神(葛城氏が信奉する神)との出会い
  古事記 :葛城の山に登ったときに、向かいの山の尾根を登っていた。
  日本書紀:葛城の山に狩に登った時に、谷間で行き会った。
☆この頃の天皇家と葛城氏との関係は?
(8)仏教伝来
  古事記 :記述なし
  日本書紀:欽明天皇の時代に百済の聖明王より伝来。この仏教の導入をめぐって、蘇我氏と物部氏が抗争。
(9)蘇我馬子による崇峻天皇暗殺
  古事記 :記述なし
  日本書紀:東漢値駒を使って暗殺。
☆古事記には、蘇我系の話がほとんどないのは何で?
 以上です。
読んでくださった方、ありがとうございました。
ここから、さらに『古事記』・『日本書紀』の真相に迫って行きます!

投稿者 jomon10 : 2008年10月24日 List  

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コメント

エッ
天皇制って日本と中国しかないのですか?
これまで当たり前だと思ってきましたがなにやら特殊ですね。

投稿者 邪馬台国人 : 2008年11月20日 21:21

 「金印で有名な漢委奴國王、卑弥呼のいた邪馬台国、そして倭の五王もそれぞれ朝貢」を云うなら、室町将軍も朝貢をしていたと思いますが、室町将軍が天皇になれなかったのはなぜでしょうか?
 

投稿者 高塚タツ : 2008年11月21日 21:01

本文読んでも天皇が皇帝より下という理屈がわからないのですが。。。
そもそも「皇」の字を使った時点でタメを張っているので理屈の上では対等になっちゃうのでは?
また冊封を国内支配の正当性につかった証拠はないのでは?朝鮮半島の利権の裏付けにはしたみたいだけど。

投稿者 きゃべじん : 2008年11月24日 14:59

>邪馬台国人さん
コメントありがとうございます。
>天皇制って日本と中国しかないのですか?
>これまで当たり前だと思ってきましたがなにやら特殊ですね。
実際に天皇制は日本だけで、中国は他にも唐代の皇帝のことを天皇と呼んでいたようです。日本の天皇制はもっと特殊性がある気がしますので、これからも追求していこうと思います。

投稿者 mitty : 2008年11月25日 22:59

>高塚タツさん
コメントありがとうございます。
>室町将軍も朝貢をしていたと思いますが、室町将軍が天皇になれなかったのはなぜでしょうか?
室町時代の朝貢は、古代とは意図が変わって、貿易自体による利益獲得を狙ったものと考えております。(また、さすがに室町将軍が天皇になるのは、血統的に困難だったと考えます。)

投稿者 mitty : 2008年11月25日 23:08

>きゃべじんさん
コメントありがとうございます。
>本文読んでも天皇が皇帝より下という理屈がわからないのですが。。。
すいません・・・補足不足でした。
『皇帝』は三皇と五帝の権威を持つ、より上位のものとして、『皇』+『帝』の造語をとして創られたという論理です。(つまり三皇のひとつである天皇よりも、上位にあたる。)
>また冊封を国内支配の正当性につかった証拠はないのでは?
証拠はありませんが、当時の日本は小国が乱立していました。その状況で遠方の中国が攻めてくるかどうか?という外圧より、近接他国との争いを有利に進めるために、朝貢した(中国の権威を上手く利用した)と考えております。
ただ天皇制については、なにかまだすっきりしません。道教と天皇制という切口からも、今後追求してみます。(この場合は、きゃべじんさんの仰る通り、中国との対等関係という路線になると考えられます。)

投稿者 mitty : 2008年11月25日 23:37

では中国にまた皇帝が出現すれば天皇は臣下ということになってしまうのでしょうか。

投稿者 タートル : 2011年1月3日 17:11

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