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2006年12月17日

中国の母系氏族社会

中国では、約6000年前に黄河中流区域で母系氏族社会繁栄期 に入ったと言われています。その当時の状況について興味深い史実があったので紹介します。(http://www2s.biglobe.ne.jp/~xianxue/DandX/DandX1-2.htm)
 ↓写真は、現在も母系社会を続けているナシ族の女性です
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母系氏族社会の原始宗教は自然発生したものである。こうした宗教は、原始の人々が共同で生きていく中で考え出したものであるが、いったん生み出されると、氏族集団全体の信仰に変わり、生活の各方面に浸透していった。
~~~ 中略 ~~~
こうした原始宗教は自然崇拝・トーテム崇拝・天神崇拝・祖先崇拝などを含んでいたが、母系氏族制の中で最も特徴的なものは女性崇拝(女始祖崇拝や女陰崇拝などを含む)である。
中国の上古の大部族はすべて母系氏族から発展した。そうした部族連合を統率する者は、母親は知っていても父親は知らないことが多く、自分は竜・閃電・虹などの自然物が人間と感応して生まれたのであると考えていた。


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例えば、伏羲族の華胥氏は「雷沢」という沼の巨人の足跡を踏み付け、やがて伏羲を生み、炎帝(神農氏)族の女登は竜に遭って炎帝を生んだ。黄帝族の附宝は電光を見て黄帝を生んだし、尭族の慶都は竜に遭って尭を生んだ。舜族の握登は虹を見て舜を生んだ。華胥氏、女登、附宝などはこうした部族の女始祖である。
中国の考古学者の発見した仰韶文化の時代がちょうど母系氏族社会の最盛期に当たる。その頃の墓の遺骨の埋葬方法を見ると、女始祖崇拝の風習が反映されている。民族学の調査によると、母系制の伝統は雲南省のナシ族に残っていて、今でも女祖先崇拝の文化が残っている。

原始社会では、母親はちゃんとわかるけど、父親は誰だかわからないという状況は、いくらでもあったと思われます。そこで、この子の親は竜だ :twisted: 、雷だ 、虹だ と言っちゃえるし、それだけの神秘性というか力をみんなが女性に認めていたんでしょうね。

知ってのとおり、原始社会の歴史は階級社会の歴史より長い。母系氏族の原始宗教は、長い歴史の中で、女性崇拝の習慣風俗と思想という伝統を作り出し、それは長い年月を経ても伝統文化の中に残っていった。
母系氏族社会では、部族は血縁によって一つに結び付いていて、老祖母が統率者で、その子孫が部族の構成員だった。部族は、後輩を慈しみ、欲を少なくして争わず、陰を貴び柔を重んじ、自然無為であることによって統治されていた。そこでは、父系祖先の社会のような厳しい刑法や繁雑な礼儀はなく、宗法礼教によってで部族の人々を束縛することもなかった。

この様に、戦いのない穏やかな社会が形成されていたのに、なんで父系氏族社会へ移行していったのか?
長くなってしまった ので、続きは次回ということで。
by マエ

投稿者 postgre : 2006年12月17日 List  

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コメント

 土偶の特徴をまとめてみるとその意味に一歩近づいたように感じます。
土偶が一万年もの間、作られ、壊され、埋められて、その長い間に性格や目的も多様化されていったと思います。
 今後、時代や地域で整理して行けば『縄文時代の信仰』として理解出来るのではないでしょうか。

投稿者 mukai : 2006年12月22日 04:27

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