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2012年02月09日

シリーズ「日本と中国は次代で共働できるか?」10~中国の大衆史②”幇”の構造。切っても切ってもつながる中国人~

中国には、日本人から見ると不思議な””(バン、パン又はホウと呼ぶ)というつながり方(人間関係)があります。
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    中国の秘密結社の例       道教のマーク
幇と名の付くもので現在の中国に存在するのは、青幇や紅幇、黒幇などがありますが、例えば青幇はもともとは羅教信仰を紐帯とした水運労働者の相互扶助結社で、その後陸に上がり、結果的に塩の密売者となった組織で、日本で言う”やくざ”に近い組織です。
”やくざ”と言ってしまうとちょっと幇の説明としてはふさわしくありませんが、中国には多くの幇があり、やくざのような怪しいものから、日常生活に密着した太極拳や道教の幇など中国人は皆何らかの血縁関係を超えた横つながりの幇に所属することで生活が成り立っているといってもよいくらい浸透しているのです。
今回の記事は、このシリーズの最後で解明する中国と日本が共働できるのかという上で不可欠なこの中国人の集団性の理解を、幇を通じて明らかにしていきたいと思います
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”幇”とは『中国原論』~小室直樹著によると象徴的なのは三国志に登場する、劉備・関羽・張飛の義兄弟の契り。「何があろうが、死ぬまで裏切らない」という契りを”幇”と定義しています。
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画像はコチラよりお借りしました
このような人間関係をわかりやすく紹介した事例が同じく著書の中にあります。

>この記者は、「死にかけている人を前に治療費を要求し、お金を持っていないとわかると治療を拒否した医者」の例をあげている。この例は、日本人やアメリカ人には驚きだが中国人にとってはそうではない。当たり前のことなのである。
この医者は別に倫理水準が低かったわけでもない。(中略)このように振舞うのは、それが中国の規範だからである。
この医者がかくほどまでに冷たかった理由は、患者はその「輪」からはみ出していたからである。もし(仮に)、医者と患者とが、同じ「輪」の中に入っていれば、医者は患者にたいへん親切にすぐさま治療を施していたのであったろう。今お金がないのなら、あるとき払いでいいですよと言っていたことであろう。
>たとえばお役所。「中国で冷たさが最も実感できる場所はお役所だろう」10や20のハンコを要求され、町中たらい回しにされることも日常茶飯事なのだ。お役人とおなじ「輪」に入っていないと、こんなふうにあしらわれてしまう。

この「輪」の正体が幇なのです。
同じ幇の人間とのつながりはとても大切にし、礼を欠くような行いは決してしませんが、逆に幇外の人間に対してはあからさまな不誠実な態度。幇内の結束を強めるために、あえて幇外の人間は優遇しないように振舞うのが、幇の構造の様です。
中国原論の中から幇とは何か?の部分を転載します。

「中国において人間関係は大切」である。しかしその「大切である」という意味が日本ともアメリカとも違っている。ではどこが違うのか。
中国における人間関係でまず刮目すべきは幇という人間関係である。根本的人間関係とでもいうか、最も親しい朋友関係とでもいうか、中国固有の人間関係で日本にも欧米にもない。人的固有の固きこと世界中どこにもありはしない。では幇とはいかなる人間関係か、これについては内輪の人といってもよいのだが、中国独自の社会的意味をもっている。厳密にいうと次のようになる。
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いま「すべての人間関係」という集合を作るとする。この集合の中に、幇というごく特殊な(人間関係の)一つの部分集合をとる。するとすべての人間関係は幇と幇以外の余集合とに分けられる。
さて、幇と幇以外の人間関係との違いとは——。
ちがうのちがわないのって、根本的に違う。天地雲壌のちがいである。幇内の人間関係たるや朋友も朋友、絶対的朋友である。死なばもろともである。もちろん、いくら借金したって証文なんかゴウリも必要としないことは言うまでもない。この幇こそ中国独特の人間関係なのである。

仲間以外の人間を差別化することで、より仲間内のつながりを強固にする。
なぜ中国ではそのような、排他的な人間関係が構築されたのでしょう?
                 
ここから先は当ブログの仮説です。(これまでの中国史で学んだ史実を元に幇の成り立ちを考えてみました)
現在の幇は都市を中心にそれも利益に絡んだ市場に登場します。犯罪まがいの事も多いことから裏組織、やみ組織の印象を持ちますが、逆にほとんどの中国人は幇に入らなければ生きていけないという実態もあります。これらを考えるに、幇の誕生は最も多い中国人の基盤である農業から誕生したのではないかと考えてみました。
先の記事でも触れましたが、中国とは建国の時からほぼ一貫して遊牧民が農耕民を支配してきた国です。その支配の手法によって時の王朝は繁栄し永らえていきました。いわば農民をいかに活かさず殺さず管理するかが為政者の積年の課題だったのです。
周~秦、さらにその後の漢にかけて、分家移住制度(分異の法)により、次男以下は強制的に分家→別の土地に移住するようになりました。そうなると、それまで土地と集団が一体となっていた共同体に亀裂が入り、集団は家族単位の状態で方々に解体されてしまいます。(但し西洋のように個人レベルまで解体されたわけではなく、家族という最小単位の集団は残されていた事に注目しておきます)
こうして見知らぬ家族同士の寄せ集まりとなった集落が次の人工的な共同体を作っていくのですが、そこでも為政者は結束やそれによる反乱、反発に手を打ちます。俗に言う5人組制度が制定され、5人組内で相互を監視させて、何かあれば密告を義務付ける制度が導入されるのです。「いつ密告されるか?」と常に隣人を警戒する中では心を許した人間関係は作れず、しかし生活するには共同作業は必要。人間関係を軽視も深化もできない、前にも後ろにも進めない非充足状態が高まります。家族だけでは生きられない、地域共同体は心が許せない、ここで集団を超えた第3の関係、幇が必要になったのです。(第1は家族、第2は地域共同体)従って幇とは血縁でもなく地域でもない、人を繋げる共通事項(課題でも名前でも仕事でもなんでもよい)によって構成されていくのです。
まとめると、強制移住と5人組制度が合わさって、為政者は農民の結束、反乱を押さえ込もうとしますが、逆にそれによって共認不全が引き起こされ、人々は地域や家族を超えた外のつながりへ導かれていったのです。外といっても5人組や官僚の監視の目が届かない安心できる外の事であり、せいぜい村落の周辺や隣町といった辺りまででしょう。しかしそれは明らかに共同体とは別の、集団を超えた(超集団)あらたな結束だったのです。
                 
中国は過去に数回大きな農民の反乱によって王朝が転覆してきました。幇と農民の反乱を一直線でつなげるには無理があるかもしれませんが、後漢に起きた黄巾の乱は幇的な横に繋がる人間関係の力学を使い、農民が一気に裏で団結し時の悪政を敷く為政者に反旗を翻したものと思われます。当然その首謀者は為政者の転覆を狙う王朝とは別系統の遊牧民の一派だったでしょうが、幇の繋がりを利用して農民を扇動して暴動を起こすのが以後の時代にも共通する農民反乱の基本構造ではないかと見ています。
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中国人の人口が1/7にまで激減した黄巾の乱はその最初で、その紐帯は”道教”だったのです。また偶然かもしれませんが反乱の命名に黄巾や紅巾といった巾が付くのも幇の字の中に巾が入っていることと無関係ではないかもしれません。
しかし、そのつながりの強さは支配する側からするとやっかいで、為政者はその繋がりを断ち切ることに腐心し続けました。(移住制度、5人組制度など)
しかし、農民はたびたびそれに反発。或いは農民に限らず裏組織が常に暗躍します。
(黄巾の乱等の反乱はそのつなりの強さを利用され、何と数十万という農民が結集するほどの力)しかし、大衆は自身を犠牲にして或いは法を犯してまで、なぜそんなにもつながろうとするのでしょう?
ここで集団の有り様について日本、西洋、中国と簡単に比較してみます。
【日本】
日本は地縁血縁のつながりが連綿とあり、都市化が進んだつい最近まで共同体が解体されることがありませんでした。もちろん為政者はそれを是とし、共同体を生かして地域を納めるという治世を少なくとも江戸時代まで続けてきました。
それによって日本は共同体の中に居れば生きていける。そういう安心感が母体となって人々の集団への帰属意識を健全な形で育てて行きます。いわゆる人類本来の共同性=本源性が温存されたのが日本の集団性です。
【西洋】
西洋では中国や日本に比べはるかに過酷な自然環境の外圧から、早くから大衆は序列原理(力の原理)の下で支配されており、勝ち抜き戦を潜り抜けた略奪集団が頂点に立ち、庶民は皆殺しにされ、あるいは奴隷としてバラバラの個人に解体されます。
武力による序列原理によって生涯固定の階層を作り上げた為、普通の庶民は自由な活動(自主的な生活)をする可能性が完全に封鎖されます。当然そこで作られた労働の為の集団の中では共同性は育たず、人として生きていく為の共認充足の可能性は現実世界からは全く失われていきます。
為政者はその為、頭の中だけを充足させる宗教(キリスト教etc)を作り出し、庶民はそこに可能性を見出し=代償充足していったのです。これが博愛を説くキリスト教であり、近世に始まる自由を母体とした個人主義なのです。従って西洋の集団性は表面上の取り繕いであり、観念的であり、実態となる集団を伴わない最も後退した姿なのです。しかし代償充足とはいえ、一定の収束先がある為、人々の心は迷う事無く、従って反乱は少なかったものと思われます。
【中国】
これら日本と西洋の中間にあるのが中国の姿です。
中国人は移住の繰り返しで総じて日本人ほど土地への執着がなく地域共同体を紐帯とする共認充足が希薄です。しかし西洋のように皆殺し、個人にバラバラの歴史がないので一定の集団(=家族)が残され、集団への否定視、絶望感はありません。従って西洋のように架空観念を作り個人の意識をそこに収束させる必要もありませんでした。中国に宗教が成立しないのは日本同様何らかの形で共認充足できる集団基盤が残っていた為だと思われます。集団が為政者によって人工的に変質させられ、共認非充足の状態に陥ったため、その必然として幇のような土地にも血縁にも導かれない集団が形成されたのです。
云わば中国の集団とは共同性はあるが本源性はない、それが実体かと思われます。
しかし、それが歴史的に刻み込まれた中国人は、切っても切っても繋がり、集団化することに長けているとも言え、ともすれば地域と家庭にしか集団性がない日本人に比べると、集団化する力という点でははるかに逞しく、旺盛なのかもしれません。
『貝と羊の中国人』によると中国の集団性を以下のように記述しています。

中国人の最大の強みは、秘密結社や互助組織など、ネットワーク作りの巧みさにある。中国の国内であれ国外であれ、中国人労働者が身一つで見知らぬ町にやってきても、同郷人のコミュニティーに飛び込みさえすれば、最低限の生活は保障され、餓死する恐れはなかった。

整理すると
日本=地域共同体が残存           ⇒共同性◎ 本源性◎
西洋=共同体は一旦バラバラに解体=個人が原点⇒共同性▽、本源性▽
中国=家族単位に解体→横に繋がる幇の形成  ⇒共同性◎、本源性▽

(この場合の本源性とは、人類本来に備わっている集団性とします)
                 
【まとめ】
よく中国人は人間関係を大事にすると言われます。中国で商売をする際には中国人とのコミュニケーションが成功を左右するとも言われます。
しかしこの集団性を使って自らの利益を追求し、その為には社会秩序を壊すことも辞さない、それが中国の幇であり、中国人の強い自我の正体です。言わば、中国人の自我とは集団自我であり、西洋の観念的なものと違い実利を伴う実体的な存在なのです。
中国と付き合ったり交渉したりする際に痛い目に合うのが、この異常とも言える自集団正当化の屁理屈です。しかし他国には屁理屈に映っても中国人はその理屈の中で何千年と生きてきたわけで、それが中国で生きるルール、いわば空気のようなものなのです。
今回の記事でこの中国人の空気としての横つながり=幇の関係が十分に理解できたとは思えません。氷山の一角、そんな組織があるんだという知識に至ったにすぎません。
しかしこの幇を紐帯として集団で生きることを選んだ中国の人々を私たちは異常で愚かな人たちとみることはできません。中国は周辺遊牧民が次々と乱入し、農民は食い物にされてきた歴史があります。そんな中で生きるための処世として、繋がるための幇をつくり適応していったのではないかと考えます。
その意味では人間関係の中に可能性を求める集団性を残した中国人とみることもできます。中国で個人主義や近代思想が浸透しないのは、このような集団性にあるのかもかもしれません。
もちろん現在は特に中国は私権社会の真っただ中です。幇の集団性はそれぞれの私権獲得の手段と化し市場化が進んでいく現在、その方向性は決して良い方向には向いていないかもしれません。
しかし、中国のバブルが崩壊し、やがて国家的危機に陥るとき、この幇的な組織がどのように変化し危機に適応していくのか、注目したい点であり、それが日本と中国を繋げる糸口になるのかもしれません。
今後、このあたりも引き続き追求していきますので、ご期待ください
参考図書
『小室直樹の中国原論』小室直樹著
『貝と羊の中国人』加藤徹著

投稿者 staff : 2012年02月09日 List  

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コメント

確かにアンデス文明の神殿は何か精神性を感じますよね。
特に山の高いところに石を運び削り、作り出すのですからそれはもう私たちの効率や経済性といったものを度外視した存在の証そのもののように思います。
それを誰に伝えたかったのか?
ナスカの地上絵に代表されますが、たぶん人間を含めた自然界を作り出している天空の何かに対して伝えたのかもしれません。
このシリーズの行き先が楽しみになってきました。

投稿者 むーむー : 2012年11月25日 18:09

むーむーさん、コメントありがとうございます。
アンデス文明は我々の既成観念では理解することが難しさがある一方、どこかで親しみや「いいなぁ」と感じる部分もあります。
>このシリーズの行き先が楽しみになってきました。
ナスカの地上絵などについては後ほど調べてアップする予定にしてます。今後とも楽しんで頂けるような情報を発信していきますので、宜しくお願いします♪

投稿者 yoriya : 2012年12月3日 17:54

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