2012年2月18日

2012年02月18日

シリーズ「日本と中国は次代で共働できるか?」11~宋代の経済力を支えた江南地方の稲作農耕民

 唐を揺るがせた安史の乱から200年、五代乱離のあとをうけて建国された宋(北宋)は、国内の武人勢力を抑えるために文治政治を進めた結果、軍事力での弱体化を招き、北方の遊牧国家に対し絶えず軍事的劣勢に置かれることになります。
  
北宋(図左)、南宋(図右)の支配領域と周辺国家の状況
 ※赤丸付近が江南地方(クリックで拡大)
その一方で、農業と経済の中心を江南へ移行させることで、国内の経済的な発展を遂げてます。さらに、華北を遊牧国家に奪われ江南に再興した南宋では、政治の中心も江南に移行することで、さらに産業面で著しい発展を遂げ、その後の王朝にも受け継がれる政治・社会・経済システムを作り上げ、文化の華を咲き誇りました。
では、なぜ北方遊牧国家の侵略圧力の中で、軍事力が弱かった宋が300年に亘り王朝を存続させることが出来たのでしょうか? また、なぜ江南地方は経済的な発展を成し遂げる基盤となりえたのでしょうか?それらを紐解いてみましょう。
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投稿者 sai-yuki : 2012年02月18日  

2012年02月18日

第4部 「明治以降の支配者の変遷」~戦後の支配者の意識の変化

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(「焦土と化した東京」爺の暇潰し庵より)
富国強兵を旗印に明治以降、軍国主義に突き進んだ日本は、第二次世界大戦での敗戦を経て、民主主義国家へと変貌していきます。
戦後から高度成長時代の日本は、(特に支配者は)戦前と何が違っているのでしょうか?
この頃の支配者は、明治以降、支配的だった金貸し派なのか、元々明治以前からいる庶民派なのか。
戦後の政治リーダーの政策を振り返りながら検証していきます。
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投稿者 vaio : 2012年02月18日