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2007年04月29日

中国と日本の死生観の違いって?

お墓の話題が続いていますね、こんばんは。
今回は中国文明からアプローチして、死生観のサワリに触れてみたいと思います。
日本の諺に、
「人生は夢のごとし」、「生ある者は死あり」などありますね。
いずれも人生の無常を説いたものですが、これは仏教が伝わって以降です。
一方で、日本には儒教の教えも影響していますね。
>死者の魂はこの世のしがらみから解放されれば一応成仏したというが、その後も定期的にこの世へ戻ってくる(あるいはわれわれが招き寄せる)と考え、その時に備えて死体の一部を墓に納めて管理し、招かれた魂と死体が依りつけるようにと位牌を用意する。そもそも丁重な祖先祭祀の出発点として、盛大な葬儀を催す。(『沈黙の宗教―儒教』と宗教の本質より)
それよりも、儒教や仏教が伝わる前から、
>日本人は死を意識しながら生きている民族であり、日常的に経験する死の場面を文化にまで昇華させているように思われる。自然の摂理に融け込みながら、死を生活の一部として淡々と取り入れ、自分が人生の最終局面に向かい合うときにはいかにしてきれいに死ぬのかを考えているようである。(やまさんのブログより)
このような日本人の死生観は、もっと追及していきたいところです。
さて、一方の中国では、
死刑囚の臓器売買を行なったり、皮膚から化粧品を作ったりと、日本人の感覚からは考えられないようなことを平気で行なっていますが、ここには死生観の違いが影響しているようです。
では儒教の強い中国では、どのような死生観なのでしょうか?
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儒教における人生観・死生観に対する考えは、次の孔子の言葉が代表的らしい。
「未知生、焉知生」(未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん)
単純には、「生のことが分からないのに、どうして死のことが分かるのか」という意味ですが、「死の意義は生のなかにしかなく、生の価値を知ってはじめて死の意義が分かる」というものです。(リンクより)
儒教が教える「生の価値」とは、
>儒教思想の核心は「孝」だとよくいわれるが、その意味はよく誤解されるような親孝行という狭い道徳的規範にとどまるものではなく、「生命の連続性の自覚」である。つまり、先祖あっての自分であり、子孫あっての自分(子孫が栄えてこそ自分の思い出が末長く語りつがれ、またときどき自分の魂をこの世に呼び戻してもらえる)という認識である。そこで孝の実践的要請は、祖先祭祀(先祖供養)、父母の敬愛、子孫の繁栄の3つである。ここに、家族とくに親子関係を基軸とする、儒教独特の家族主義的道徳体系が成立する。(リンクより)
儒教は身分序列を規範化したものであり、それが祖霊信仰の強さや、家族規範(家父長制)へと繋がっているようです。現代では家父長制が色濃く残っている韓国が当てはまりますね。日本でも儀礼的な面では未だ強く残っていると感じます。
また一方で、中国では道教の影響も強い。
>日本人と中国人の決定的な違いはどこにあるのかといえば、それは死生観にあるといってよい。死に対しての考え方や死に直面したときの態度は明らかに違う。
日本人はきれいに死のうとし、中国人はいかにして死なないようにするか、という考え方に歴然と現れている。

>現世に執着する中国人は、自分の生命と金を最も大切なものと考える。自分の健康のためには他人の人体を薬にしたり、金儲けのために平気で死体から臓器を取り出す。こうした姿勢からは、他の生命への畏敬は生じない。
>その昔、秦の始皇帝は3千人の男女を東の島「蓬莱」に派遣して、不老不死の仙薬を求めたという伝説がある。その「蓬莱」とは日本の事だという説があるが、逆に日本人からしてみればそれほどまでして不老不死に執着する気持ちは理解し難い。(リンクより)
この「不老不死」の考えは道教によるもので、儒教よりも古い。
このように死生観はその宗教思想によって大きく形成されているようです。
むしろ、現実の生と死を如何に統合するかが、宗教の課題だったとも言えます。
とりとめもなく紹介してきましたが、これを機に中国における儒教や道教の成り立ちについて、少しずつ追求していこうと思います。
 by eto

投稿者 nishipa : 2007年04月29日 List  

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コメント

火焔土器のレポートありがとうございます。
得丸さんのアフリカのレポートに続いて第2弾ですね。(^^)
以降、実際に見た人からの投稿文はネットで調べた情報に比べてやはり重みが違います。写真にもすぐそこにあるようなリアリティーを感じますね。映っている被写体はほとんど同じなのにそう感じてしまうのは、不思議です。
今日の天気のようにすがすがしい朝を迎えたように思います。
ihiroさん今週も頑張りましょう!

投稿者 tano : 2007年5月14日 08:22

tanoさん
このブログもますます活況でうれしいです。
次にがんばろうと言う気がわいてきますね。
がんばりましょう!

投稿者 Hiroshi : 2007年5月14日 22:38

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