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2008年12月07日

天皇制と道教の関係とは?~支配層の思惑~

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みなさんこんばんは☆
前回の記事、『日本になぜ天皇制が確立されたのか?』に引き続いて、
今回は天皇制と道教の関係について追求してみます。
まず天皇と道教の関係について挙げてみます。
(1)天皇大帝(天皇)
道教において天皇大帝(天皇)とは、もともと北辰の星、すなわち北極星を神格化したものです。だいたい紀元前三世紀、中国の戦国時代の終わりごろから発達してくる星占術的な天文学のなかで、天体観測の最高基準になる北極星(=天の周りの中心)が神格化されて天皇大帝が出現しています。
(2)天皇即位と三(二)種の神器
天皇の位を象徴するものを三種の神器と呼んでいますが、日本書紀や養老令によると古い時代には鏡と剣との二種の神器であり、皇位を伝えるときには、その璽(しるし)として鏡と剣とが授与されると記されています。(ちなみに三種の神器は、八咫鏡(やたのかがみ)・天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま))道教では宇宙の最高神である天皇大帝の聖なる権威を象徴するものとして、鏡と剣の二種の神器があるとされています。
(3)皇室が尊重する紫色
日本では古くから紫色が尊重され、紫色が現在に至るまで皇室の色とされています。道教では、天皇大帝は天上世界の宮殿である紫宮に住んでいるとされ、紫色は中国→日本で重用されるようになっています。
(4)四方拝の儀式
元旦に天皇が宮中で行っている四方拝の儀式は、中国における道教の宗教儀礼をそのまま日本の宮廷に持ち込んだものとされています。四方拝とは、四方を拝して一年間の無病息災を祈るものですが、これは道教の経典に具体的な記述がなされています。
このように天皇と道教には深い関係があるようです。
ではここから、なぜ天皇と道教はこれほどの
関わりを持っているのか?を考えてみたいと思います。

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このことを紐解いていく上で、道教についての認識が
ポイントになりますので、以前にこのブログで追求した記事を引用します。

道教の教えの母胎は母系制の時代の共同体社会にあるわけです。
仲間を慈しみ、欲は少なく、謙虚で、柔軟であること、、、無為自然。
道教は現実を直視し、現実を生きる中で必然的に生まれた宗教、
というよりも共同体規範と言えるのでしょう。
道教~母系氏族社会を源流とした共同体規範
『道』(万物の理か?)に同化して『徳』を積むことの重要性を繰り返し説いています。
道教はたしかに、万物の法則や共認原理を原点にしているようですね!
道教の本源性を探る~『道徳経』の教えより

このように道教とは、共同体社会を母体としており、共同体体質を持った日本人になじみ易いものだったのです。
つまり支配層からみれば、道教は日本を統治するのに適した思想といえます。
また天皇の成立を7世紀の天武朝に求めてみると、壬申の乱で大友皇子を打ち倒した天武天皇ですが、そのまま大王になるには、事の発端はどうであれ玉座を血に染めて奪ったという印象が強くなってしまいます。
そこで今までの大王という位ではなく、新たな位を求めたと考えられます。
さらには中央集権化も視野に入れて、今までの豪族の代表という大王の位から、より上位の天皇(道教の最上神)の位を制定し、自らの正当性(確固たる地位)を築きたかったのではないでしょうか。
<参考文献>
道教と古代の天皇制(福永光司・上田正昭・上山春平著)
道教と日本文化(福永光司著)
歴史の中の天皇(吉田孝著)
天皇家の誕生(井上辰雄)
<参考サイト>
るいネット
中国の道教

投稿者 staff : 2008年12月07日 List  

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コメント

中村先生の「縄文塾」に年賀を送らせていただきました。
http://joumon-juku.com/
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あけましておめでとうございます。
縄文通信、いつも楽しく拝見させていただいています。
今年は9のつく年という事で変革の年になると某新聞でも特集を組まれていましたが、いずれにしても市場原理主義の崩壊がさらに進行して、新たな時代が到来するものと思われます。その時代の到来とはどのような形でやってくるのでしょうか?
市場原理主義を牽引し未だ延命を図っている西欧、アメリカ、中国といった諸国からその原型が現れる事は期待できず、消去法的に登場したのが日本だと思います。今年の日本で起こるさまざまな変化の事象、傾向をつぶさに取り上げながら新時代の胎動に期待を馳せたいと思います。
先生の背中におられる魔女はその後いかがでしょうか?
どうか無理をなさらずに、季節を過ごしてください。
私もブログ「縄文と古代文明を探求しよう」を開設して3年が経過しました。徐々に歴史仲間が増えておりますが、遅々としております。今年もどうかよろしくお願いします。

投稿者 tano : 2009年1月4日 13:51

日本史探求さんに年賀を送らせていただきました。
http://j-history.cocolog-nifty.com/misakijapanhistory/2009/01/post-4b7d.html?cid=34654792#comment-34654792
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2009年がようやく明けました。
喪中との事ですので、新年の挨拶だけにさせていただきます。
いつも楽しく読ませていただいています縄文ー古代ブログの管理人のtanoと申します。
私どもの「縄文と古代文明を探求しよう」では昨年の夏以降、日本人の起源をかなり深く追求しています。
記紀の分析を始め、DNAによる分析、ことばによるもの、神社の歴史、日本人の心の中に残る縄文体質など多方面に追求しておりますが、いまだ、天皇家の尻尾すら掴む事ができません。
この国の歴史書にはそれらは巧みに姿を消し、表舞台には登場しません。年末に女房に天皇家は朝鮮半島から来ているのを知っているか?と聞いたところ、さして興味が無いという風情で「それがどうしたの」と言われてがっくりしています。
というように日本人の起源は日本人にとってそれほど興味がないように思われるのですが、昨年の未曾有の経済危機によって、欧米の市場主義の見直しが叫ばれています。と同時に日本への期待や可能性も日増しに高まっているように思われます。
そういう中で、日本人って何?日本の歴史はどうなってきたのか?この疑問への需要は今年は必ず大きくなっていくものと思われます。
「日本史探求」さんのご活躍も大いに期待しております。
今年もどうぞよろしくお願いします。

投稿者 tano : 2009年1月4日 14:13

今回も貴ブログにおいて『日本史探求』を紹介してくださって本当にありがとうございます。
『日本人とは?』という文字としては抽象的でありつつも、日本史上最大の謎に挑む姿勢にはいつも驚嘆と尊敬の連続です。
先日、近畿地方の古墳から鉄器製造の痕跡が発見されましたが、鉄が日本をどう変化させたのかを知る興味深い発見です。
今後の活動も期待しております。

投稿者 Mr.Misaki : 2009年1月13日 23:25

misakiさん、コメントまで覗いていただいてありがとうございます。
>先日、近畿地方の古墳から鉄器製造の痕跡が発見されましたが、鉄が日本をどう変化させたのかを知る興味深い発見です。
るいネットにその分析を試みた記事を掲載しました。もしよければ、参考に読んでみてください。masakiさんが仰るように、この時代を読み解くには鉄の歴史を追いかけていくことが有効です。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=197320

投稿者 tano : 2009年1月15日 21:47

邪馬台国を調べていたら面白いブログに出会いました。
「推理で解く日本の歴史」↓
http://blog.livedoor.jp/tennmutennnou/archives/44962.html#comments
今年の1月から始めたばかりの新しいブログですが、今後に期待です。応援クリックもしてあげてください。
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蘇我入鹿さん、はじめまして。
ブログ村から来ました~
上記ストーリーは、整合性が高く、とても興味深く読めました。
また、宮崎の西都古墳群は知りませんでした。とても興味深いですね。
これからの投稿になるのだと思いますが、上記ストーリーの背景にある事象や遺物等について、お示しいただけると、さらに説得力が増すのではないかと思います。
そのあたりを期待しています。

投稿者 くまな : 2009年1月15日 21:53

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