8 responses

  1. 99
    2008年11月11日

    「ケガレのない」状態を続けることなんてできるはずがない。つまり幻想である。だから、ケガレを清めるという役割は永久に必要となるため、身分制度へも組み込まれることになった。
    永久に解決できない問題を持ち出して何かを支配する考え方は昔から現在に至るまで、支配階級の必殺技であるようだ。

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  2. ないとう
    2008年11月11日

    >永久に解決できない問題
    確かにそうですね。古来、日本ではこの「永久に解決できない問題」を相手に投げつけることを「呪い」と言います。被支配層は一貫して「呪いを掛けられ続けている」とも言えそうです。

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  3. 中年のおじさん
    2008年11月13日

    ケガレのない状態を続ける事ができない。この点を利用して人を支配する。
    興味のある発想ですね。
    ところで以下のような記述もされています。
    >「銭」に対する呪物視(ケガレ視)から、現世とは縁の切れた場(”無縁”の場)での市場が誕生し、市場が発展していきます。鎌倉新仏教の誕生→普及を経て、全国各地に広がっていった市場経済にも、ケガレ意識の影響は強く存在しています。
    「銭」が穢れているという意識は、奥深いとこれでみんなが持っている感覚だと思います。が市場が「銭」に対する穢れから発生したとは思えないのです。「銭」を効率よく稼ぐ為に市場ができ みんな「銭」を有り難い物と思うようになったような気がします。

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  4. 匿名
    2008年11月13日

    『ケガレ』とは人間と自然の均衡のとれた状態に欠損が生じたり、均衡が崩れたりしたとき、それによって人間社会の内部におこる畏れ、不安と結びついています。
    とありますが、人間と自然が均衡がとれている状態が仮にあったとしても、それはわずかの時間か、又は無理やりそう意識させていたのではないでしょうか。
    自然は常に変化します。それに人のほうが均衡するのも難しい
    、又人は生活する限り、死と誕生とは切り離されません。その死と誕生の両方とも穢れとするのは、何か力が働かないと意識されないのではと思います。
    述べられているように、律令制といった強い制度を強制出来るようになった基盤がそこのあるのだと思います。

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  5. 怒るでしかし~
    2008年11月14日

    ん~、わかるんだけど、タイトルにある「タタリ」と本文の中心テーマである「ケガレ」の関係が??

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  6. ないとう→中年のおじさんさん
    2008年11月14日

    >中年のおじさんさん
    市場の発展とは、欧州がそうであるように、”金貸し”の存在がカギを握ります。「カネを貸し付けて利子を取る」ことから、市場は近代市場へと徐々に移行し拡大していきます。
    日本では興味深いことに、寺社が金貸し業を始めました。
    寺社に金が集まる文化的基盤は、
    ・元々、銭はケガれたもの
    ・だから、一旦、寺社に預ける
    ・寺社からの銭が、神からの贈り物として貸し付ける
    だと考えています。
    これだけではまだまだ不十分なので、中世の封建社会の下で、ケガレ意識が何を作り出したのか、引き続き追求し続けます。ご期待ください!

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  7. ないとう→Anonymous
    2008年11月14日

    >Anonymousさん
    縄文時代の日本人は、元々、人が死ねば貝塚に捨てていました。
    人間の死を他の生物の死と同等に扱っていたとも言えますが、死をできるだけ遠ざけようとしたからという捉え方もできます。
    なぜ、遠ざけるのか? 実態的には、疫病が蔓延するのを防ぐため、など考えられますが、それが共同体の規範となるにつれ、ケガレの概念の中に生死が入ってきたのではないでしょうか?

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  8. ないとう→怒るでしかし~さん
    2008年11月14日

    >怒るでしかし~さん
    ・・・すいません、タイトル付け間違っていました・・・。
    ので、タイトル変更します。
    「タタリ」意識を基盤に形作られた律令制度

    「ケガレ」意識を基盤に形作られた律令制度
    ケガレとタタリの関係については、もう少し整理してからアップします。

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