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2010年09月18日

シリーズ「日本人の“考える力”を考える」第5回(前)~神話を国家起源に持つ日本の可能性と限界性

●大陸渡来の私権闘争圧力を受けて日本人はどのように「ものを考えた」か?
縄文文明は日本人の考える力の基盤をなしており、とりわけその自然の摂理に対する謙虚な自然観、そしてその自然にいかされる範囲内で助け合って生きていこうという人間観にこそ、今後の日本人の考える力の原点があると考えられます。しかし日本が高度な縄文文明を開花させていた一方、大陸では、農耕文明が始まり、とりわけ遊牧民族たちによる農耕地帯への侵略を契機に、部族間の争いが激化していきました。そして部族レベルで生じた集団自我(自分たちさえよければいい)という意識は家族レベル、個人レベルの自我(自分さえよければそれでいい)へと拡大していきます。そして日本にも大陸難民を媒介に私権意識が混入しはじめ、日本も私権闘争をどう止揚するか、という課題に直面していくことになります。そんな中、日本人は、どのように「ものを考えた」のでしょうか。その思考の足跡について、記紀を中心とする神話から考察してみたいと思います。
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写真はオオクニヌシとナヌカワヒメ

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● 神話世界を排除して歴史を始める帝国。神話と地続きな日本。
部族同士の熾烈な争いが起こったユーラシア大陸では、まず部族間での戦争が勃発、それに伴って、まずは自集団を正当化する守護神信仰が登場します。しかし力が拮抗している以上、次第に各部族は、部族同士の連合によって、より強い兵力を形成しようとするようになります。そして1部族の守護神を超えて、連合を形成する以上、神話の世界観も次第に多神教の世界へと変化していきます。この部族連合、多神教の世界は極めて、「ごった煮」の世界で、裏切り、暗殺が横行する時代です。従って、神話世界の神は、聖人君主は極めて稀で、極めて人間くさい神様が多く登場し、自我や共認の喪失を巡って、複雑な葛藤や激情が描かれています。
古事記・日本書紀に描かれた神話世界も「極めて人間くさい神様」が繰り広げるドタバタ劇にこそ、その本質があります。例えば、スサノオはヤマタノオロチに酒を飲ませて殺します。あるいはオオクニヌシは兄弟からいじわるをされ続けます。ヤマトタケルは戦争にいくことを嫌がってダダをこねたりします。
しかし、このような「極めて人間くさい神様」では権威性がなさすぎて国家統一などおぼつきません。従って、一般には、多神教世界から古代宗教へと統合観念が移行すると同時に、国家の側では神を排除した「人間の歴史」編纂に着手することになります。中国漢代において司馬遷が編纂した史記がその代表です。これら帝国の歴史書においては「怪神乱力を語らず」(儒教)といったように、「神話の世界」は古めかしい思想として蔑視され、排除されるようになります。
しかし、史記が編纂された同じ時期に、それに対抗せんがために編纂されたとされる古事記・日本書紀は、あえて「神代」に膨大な記述を行っています。しかも、「一書にいわく」と複数の伝聞を多く記載しており、思想統一がなされたとは言い難く「歴史書」というにはあまりにも「神話的なごった煮さ」を残しています。記紀は世界中を見渡しても極めて不思議な「歴史書」なのです。
●母系集団こそ日本社会の基層
とりわけ目に付くのが、神々の結婚に関する神話です。朝鮮半島からの落ち武者たちは、記紀神代が描くように、山陰地方及び九州地方に「天下り」、そしてその多くは、正面からの武力対立ではなく、渡来の最新技術(水田土木工学と製鉄技術及びそれらの貿易利権)を用いた殖産興業によって、縄文人の世界に浸透し、混血していったと考えられます。オオクニヌシとヌナカワ姫の結婚や、ニニギノミコトとサクヤコノハナヒメとの結婚は、渡来の父系豪族と縄文の母系豪族との間で婚姻関係が結ばれ、日本における天孫系氏族と国神系氏族が結合して言ったことを今に伝えています。そして、神話の中には、農耕起源神話や人間の寿命の起源神話など、母系集団が継承してきたより基層の神話もごった煮のまま継承されています。
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写真はニニギノミコトとサクヤコノハナヒメ
有名な農耕起源神話であるオホゲツヒメの話は、同時に「神と人が協働する農耕」という世界観を今日に残してくれていますが、これは西洋の「神が与えた罪としての労働」とは正反対の世界観を示しており、日本人の勤勉性の原点を垣間見せてくれます。
こうした、神代のごったにの世界を媒介に縄文以来の母系集団の歴史的基層へとつながる神話を国家の歴史書の原点に持つことで、私たち日本人は、そのDNAは極めて雑多であるにもかかわらず、日本人としかいえない共通の基盤を持っているように感じることが可能になっています。この日本神話が伝える母系集団が育んだ安定や勤勉を旨とする女原理的な思考こそが日本の社会統合の基礎をなしているのです。
(怒るでしかし~)

投稿者 staff : 2010年09月18日 List  

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