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2009年09月14日

万葉集と親しもう 入門編 2

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前回に引き続き、NHKアンケート「好きな万葉歌ベストテン」より、トップ5を紹介します。
楽しみにしていただいた方も :D 、忘れていた方も 応援よろしくお願いします。
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5位
田子の浦ゆ うち出でて見れば ま白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける 山部赤人
わかりやすいですね~。見たまんま。解説不要。ひとつだけ説明しておくと、「ゆ」というのは「より」という意味だそうです。山部赤人は柿本人麻呂より少し後に出てきたひとで聖武天皇時代(白鳳時代)の歌人、美しく雄大な風景を詠んだ叙景歌を多く残しています。この歌は、「田子の浦に打出て見れば白妙の富士の高嶺に雪はふりつつ」と少し変化して、百人一首にも採られていますね。
「赤人のものは、総じて健康体の如くに、清潔なところがあって、だらりとした弛緩がない。ゆえに、規模が大きく緊密な声調にせねばならぬような対象の場合に、他の歌人の企て及ばぬ成功をするのである。」斎藤茂吉「万葉秀歌」より
4位
春過ぎて 夏来るらし 白たへの 衣干したり 天の香具山 持統天皇
「春が過ぎて、もう夏が来たと見える。天の香具山のあたりには今日はいっぱい白い衣を干している」という意味です。これもわかりやすいし、百人一首に「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふあまの香具山」として採られています。なじみぶかい。持統天皇は天智天皇の娘で天武天皇の第一夫人。母親は蘇我氏の出身で、自身も推古・斉明(皇極)に次ぐ、3人目の女帝になったという、血筋は第一級のひとです。そんなひとが、こんな風景を見るの?見たとして詠むの?という疑問は残りますが、単純に、夏が到来したよろこび、毎年同じように巡ってくる平和な風景への感謝が伝わってきます。持統天皇は、天武の遺志を継ぎ、飛鳥浄御原令の制定と藤原京の造営という大事業を成し遂げましたが、後世への影響という視点で捉えると、「藤原不比等の重用」というの見逃せないと思います。
3位
新しき 年の初めの 初春の 今日降る雪の いやしけ吉事(よごと) 大伴家持
「新春の今日降り積もる雪のように、良い事も積重なってゆけ」

正月の大雪は、豊年の瑞兆とされたそうです。
この和歌は、家持が明らかな左遷人事で因幡国に国守として下って約半年、天平宝字三年正月一日の饗宴で詠まれました。万葉集の掉尾を飾る、家持にとっても最後の和歌です。この後亡くなるまでの26年間、和歌は一首も残されてません。ちなみにこの時の家持は42歳です。

http://waka.or.tv/utae/sin1.html
万葉集4500余首のうち、1割以上の473首が家持の歌です。また、この歌が万葉集の〆を飾ることから、編纂の中心人物であったとみなされています。前期万葉の代表が柿本人麻呂だとしたら、後期は大伴家持、ということで異論はないと思います。おめでたい歌ですね。
2位
石走る 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも 志貴皇子
このブログにいつもコメントをいただくタツさんもそのようですけれど、志貴皇子(しきのみこ)の歌のファンは多いようです。何を隠そう、わたしもこのお歌は大好きです。まず、何といっても語感が最高、日本らしい静かで清潔な情景がすぐ目にうかぶ、なにげない自然をみて「春がきた」という日本人共通の静かな喜びが伝わる。清澄な大吟醸のような歌だと思います。そして、何よりも、歴史の表舞台から一歩引いた志貴皇子の佇まいが、のちのひとの共感を呼ぶように思います。
志貴皇子は天智天皇の第3皇子(一説には第7皇子とも)。壬申の乱で天武に敗れた大友皇子の義弟に当たります。政権が天武系に移った時点で、皇位継承の目はなくなり、政治ではなく文学に生きたひとです。しかし、世の中はわからない。聖武→孝謙(称徳)で途絶えた天武系に代わり、再度、天智系に皇位は移ります。光仁天皇は彼の息子。つまり、志貴皇子は桓武天皇のおじいちゃんに当たる訳です。
1位
あかねさす 紫野行き 標野(しめの)行き 野守は見ずや 君が袖振る 額田王
人気がありますね。意味のわからないひとでも、美しい色彩が目に浮かぶのではないでしょうか?「あかねさす」という枕詞は、ひとを一気にロマンティックな気分に引き込む力があるように思います。茜というのは最も古い染料のひとつだそうで、小さな白い花をつけます。額田王は、もともとは大海人皇子(天武天皇)と結ばれていましたが、後に兄である天智天皇の妻になります。今風に言えば、三角関係。兄の略奪婚。その後、天皇の御料地=標野(現在の東近江市)で、貴族たちの一大行事=狩が行われます。男は鹿狩り、女は薬草採り。当時の天皇・貴族が集まった雄大な野原で、向こうの方から、自分に向かって、一生懸命無邪気に袖を振る天武。額田は「もう、あなたったら、そんなに袖振ったら、野守(番人)に気づかれてしまいますよ」と、うれしそうにたしなめる額田。道具立てとしては最高です。これに対しての天武の返歌「紫の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに 我恋ひめやも」とのセットで、「万葉随一のラブアフェア」なんて言われています。狩猟後の宴会でみなの前で交わした座興という説もありますが、うたがいいのには変わりありません。
という訳で、2回に分けて紹介しましたベストテン。さすがに上位はメジャーな歌で占められています。今後は、もう少しマイナーな歌の紹介、歌人のプロフィール、万葉研究者の業績、そして初期~後期の万葉歌の推移を概観し、歌(言葉)に込められた日本人の精神に立ち返っていきたいと思います。
お楽しみに!
うらら

投稿者 urara : 2009年09月14日 List  

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