2010年9月18日

2010年09月18日

シリーズ「日本人の“考える力”を考える」第5回(後)~神話を国家起源に持つ日本の可能性と限界性

●漢帝国に伍しようと「易姓革命」を志向した天武天皇が「記紀編纂の勅」を下した。
孫族と国神族は融和し大きな部族連合を作り出した日本ですが、朝鮮半島の動乱を受けて、百済系、新羅・高句麗系の落ち武者たちの間で、百済復興を巡る路線対立が先鋭化し、磐井の乱、壬申の乱を契機として、事態は抜き差しならない、緊張状態へと移行していきます。しかも、朝鮮半島の動乱の原因をなした中国では漢が大帝国として確立、圧倒的な脅威として存在するようになります。そんな中、律令制度の導入と、歴史書の編纂により、統一国家を作り出し、中国に伍する力をつけたいと願ったのが天武天皇でした。
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写真は天武天皇

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投稿者 staff : 2010年09月18日  

2010年09月18日

シリーズ「日本人の“考える力”を考える」第5回(前)~神話を国家起源に持つ日本の可能性と限界性

●大陸渡来の私権闘争圧力を受けて日本人はどのように「ものを考えた」か?
縄文文明は日本人の考える力の基盤をなしており、とりわけその自然の摂理に対する謙虚な自然観、そしてその自然にいかされる範囲内で助け合って生きていこうという人間観にこそ、今後の日本人の考える力の原点があると考えられます。しかし日本が高度な縄文文明を開花させていた一方、大陸では、農耕文明が始まり、とりわけ遊牧民族たちによる農耕地帯への侵略を契機に、部族間の争いが激化していきました。そして部族レベルで生じた集団自我(自分たちさえよければいい)という意識は家族レベル、個人レベルの自我(自分さえよければそれでいい)へと拡大していきます。そして日本にも大陸難民を媒介に私権意識が混入しはじめ、日本も私権闘争をどう止揚するか、という課題に直面していくことになります。そんな中、日本人は、どのように「ものを考えた」のでしょうか。その思考の足跡について、記紀を中心とする神話から考察してみたいと思います。
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写真はオオクニヌシとナヌカワヒメ

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投稿者 staff : 2010年09月18日