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2009年01月21日

武器の変遷~実用品から祭祀具へ~

るいネットに弥生時代から古墳時代までの武器の変遷が投稿されてあったのでまとめて見ました。

武器は渡来人よって水稲農耕文化と共に伝来してきたと考えられています。
当時、九州北部に伝来してきたものが、西日本を中心とした各地へ伝播・拡散するとともに、形態の変容が進み、実用的でないものが表れ始めます。

渡来人の多かったであろう九州北部においては、人骨嵌入や折損、磨ぎ直しの例からも武器が実用されていたことは間違いないと思われますが、争いの少なかった他の地域では実用品でなく、次第に祭器として使用されるようになります。

以下に年表を作成しています。

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時 代武 器 様 式 等その他



紀元前10~
紀元前6世紀?
○有柄式磨製石剣と有茎式磨製石鏃及びそれを付けた弓矢
 ⇒衝撃武器(短兵のみ)+投射武器>
○朝鮮半島から九州北部に石製武器の伝来
 ⇒日本最初の武器
○水稲農耕文化の伝来
紀元前6?~
紀元前1世紀
○新たに青銅製の短剣及び長兵である矛と戈が加わる
 ⇒衝撃武器(短兵+長兵)+投射武器>
 ⇒列島内での生産が始まる
○石製武器に加え青銅製、鉄製(鏃)武器の伝来
○多彩な地域的武器様式が並立
○後半以降の青銅器は、全体の肥大化と重量増加、刃部の鈍化、
 着柄部や把部の非機能化が顕著
 ⇒実用からかけ離れた祭祀具として特化
 
紀元前1~
  3世紀前半
○矛と戈が祭器として特化
 ⇒衝撃武器(短兵)+投射武器
○武器の金属化
 ⇒石製武器は減少
○木製の甲や置き盾の出土例が増加
 ⇒本格的な野戦の可能性有り
○共通の形態を持った鉄剣など普遍的な武器様式が広範囲に
 ⇒地域ごとの多様性が薄れる
 
時 代武 器 様 式 等その他



1期3世紀中葉○弥生時代後期以来の衝撃武器(短兵)+投射武器という形に、
 長兵の衝撃武器であるヤリが加わる
○定型化した前方後円墳の出現
○長大な木管と竪穴式石室の確立
2期3世紀後葉○武器様式は1期のものに、投射武器の弓矢が加わる
○規格的な有稜系鏃に代表される、列島独自のシンボリックな
 武器が、威信財的な色彩を帯びた器物としてますます顕在化
○埴輪や鏡、碧玉製品などの威信
 財的器物の創出
3期4世紀前葉○武器様式は基本構成は2期とはほぼ同じ
○上位の有力者を中心に鉄製単甲の着用
○鉄製の実用的武装の充実が副葬儀礼に反映され始める
○倣製の三角縁神獣鏡の制作開始
4期4世紀中葉○武器様式は前の時期から大きな変化はない
○碧玉製有稜系鏃等の飾り矢の衰退とともに、実用的な細根系の
 鉄鏃が副葬品の比重を増す
○碧玉、メノウ、水晶といった各種
 材料の勾玉と滑石製品の出現
5期4世紀後葉○武器様式は衝撃武器の主体が長刀・長剣という長い刀剣類にな
 り、長兵の主流もやりから矛へと変わり始める
○長方板皮綴単甲、三角板革綴短甲という新型式の短甲2型式の
 出現
○武器を豊富に副葬する事例が急増
 
6期4世紀末~
5世紀初頭
○衝撃武器の主流は、完全に長刀・長剣となり、長兵は矛が中心
 的な位置を占める。
○かろうじて細々と残っていた有稜系の銅鏃はこの時期を最後に
 完全に消滅し、矢尻は鉄鏃のみとなる。
○三角縁神獣鏡や倣製の大型鏡、
 碧玉製品など威信財的器物が、
 ごく少数を除いてほぼ途絶
7期5世紀前葉○衝撃武器の主体が短兵の長刀に一元化される傾向
○鉄鏃は機能的よりも新たなシンボリズムに基づく意匠性が発達
○初期の馬具が登場
○定型化した最初の須恵器である
 TK73型式の段階
8期5世紀中葉○武器様式の構成は変わないが、機能的な面で発達
○鉄鏃である長頸鏃の確立
○個人使用を超えた多数の甲冑が副葬・埋葬
 ⇒一般的な戦士の階層にまで鉄製甲冑が行き渡る
 
9期5世紀後葉○武器様式は8期に確立された様式の発展系
○矛を中心として新型ヤリを加えた長兵の比重が再び増す。
○馬具・挂甲の普及が本格化
 ⇒長兵の増加は、騎馬を用いた戦術に移行した可能性有り
 
10期6世紀前葉
  ~中葉
○武器様式は、挂甲・長刀及び矛をもち、飾り馬具をつけた馬に
 騎乗する有力者の兵装が復元
○歩兵の武装である単甲が急減する
⇒騎兵を核とする戦術に沿った武器様式が定着しつつあった
○鐘形・花形の鏡板・杏葉など、装飾性の高い馬具の種類が充実
 
11期6世紀後葉○武器様式は、実用的馬具の普及、射程距離の増大を示唆する
 鏃の軽量化
 ⇒騎馬を用いた戦術への適応が想定される
○装飾的馬具と実用的馬具、装飾大刀と通常の長刀などの階層的
 格差が、それを副葬する古墳の規模と比例する形で顕在化
○群集墳と呼ばれる小型規模古墳
 が急増
12期6世紀末~
7世紀前半
○武器様式は、構成や階層性の点でも、前段階の傾向を引き継ぎ
 ながらも、鏃や挂甲の形態が改良され、律令期段階の武器の
 技術的原型がほぼ確立
○武器や武具の副葬例が減少。高位有力者の装飾性の高い馬具
 に比べ、中位クラスの実用的な馬具が急増
 

 

参考投稿
『古墳に副葬された武器の変遷1』
『古墳に副葬された武器の変遷2』
『弥生時代の武器の変遷1 弥生時代早期~前期前半』
『弥生時代の武器の変遷2 弥生時代前期後半~中期』
『弥生時代の武器の変遷3 弥生時代後期~末期』
『弥生時代の武器の変遷4 武器組成と地域色からの全体のまとめ』

投稿者 yoriya : 2009年01月21日 List  

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コメント

なるほど。
国家や宗教といった、いわばお国を統合しているものの姿を直接見る以前に、人々の生活に密着した生産様式の中心をなすものを見ることで、それに見合った統合様式が生まれる必然が分かってくるわけですね♪
参考になりました。

投稿者 戌年 : 2009年2月19日 21:46

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