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2008年08月22日

インカ帝国内における土地の所有形態から、蓄財意識は芽生えたのか?

今日はインカ帝国内における土地の所有形態と、そこから所有意識→占有意識、→蓄財は発生したのか?この点について再整理してみました。
ポイントは、土地の所有形態と、税の徴収の状況などから、支配層、庶民の蓄財や収奪の事実はどうだったのか、をみて行きたいと思います。
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(空中からみたマチュピチュは、総面積が5Km2。その三分の二が山の斜面を利用した農地で、3mずつ上がる段々畑が40段あり、3,000段の階段で結ばれている。遺跡に残る石造りの建物は、200戸を数える。
この段畑で、ジャガイモ、トウモロコシ、ユカ、キノア、コカの葉など200種類以上の作物を生産していたという。)
「和田フォトギャラリー」よりお借りしました)
インカ帝国内では土地は下記の3つに分配される。
「インカの支配体制は」より)
  ・太陽の土地
  ・王の土地
  ・住民の土地
住民に与える土地は、その家族の人数を養うのに必要な土地が与えられ、家族が成人して独立したり、娘が嫁いだりして養う人数が減ると土地は減らされる。また耕作人が死亡したりした場合は土地は共同体に返却される。
このように、住人へどのくらいの土地を分け与えるかは、毎年見直され、その根拠となっていたのが“キープ”による住民情報の把握である。つまり“戸籍”代わりの情報を元に分配量を決めていた。
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このような、「必要な分だけ土地を分配し、必要がなくなれば共同体に返却する」システムは、インカ以外にも似た事例があります。
たとえば中国の均田制やそれをまねた班田収授法なども同じようなシステムです。

戸籍・計帳に基づいて、政府から受田資格を得た貴族や人民へ田が班給され、死亡者の田は政府へ収公された。こうして班給された田は課税対象であり、その収穫から租が徴収された。この制度は、当時の中国で行われていた均田制の影響のもとに施行されたと考えられている。

(「Wikipedia」より)
つまりこれらはみな徴税の為のシステム=『効率よく収奪する』為のシステムといえます。 :cry:
ではインカの場合はどうなのか?
 ・住民に与えられた土地で取れたものは住民のものである。 :P
  =そこで取れたものは何も上納する必要がない。
上納するのは、
 ①王および太陽の土地を耕す「労役」。かつその土地に蒔く種は王が与える。
 ②戦争の為の武器、衣類、履物。
   武器はその材料となるものが取れる土地から上納する。
   衣類や履物は、その材料となる獣毛を王が与え、民が機を織り衣服を作る。
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(「和田フォトギャラリー」より)
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「天野博物館」より)
そのほか臨時の租税として、
 ③道路や宮殿などの建設の為の「労役」
すなわちインカにおける土地の分配は「収奪」の為ではなく、あくまで養うべき人数に応じて必要な分を分配するという、調整分配、均等分配の為のものといえ、同じ分配システムであっても他の事例のように民からの収奪を目的とはしていません。
また、耕地を増やす方法は、あくまで灌漑により土地を耕し、耕地に変えることでその面積を増やしていった。(因みに新たに征服した地方の土地も同様にインカ王の手によって耕地に変えられ、それを非征服民に再分配し耕作させているので、略奪とはいえないでしょう)
つまり支配者たるインカ王は、支配部族からも、あるいはもともとの臣下である住民からも収奪は行っておらず、したがって王自身も私有財産として蓄財はしていないようです。
(王や太陽の土地から取れたものは王族の食べ物になるだけではなく、戦争時の食糧や、飢饉の時の住民への非常用の配給に回されていた
住民自身も必要がなくなれば土地を共同体に返さなければならなかった為、私有は認められていなかった。また家や家財道具などもすでに投稿(「インカの婚姻様式②」)したように、結婚後共同体の長から必要なものを配給されていたことから、私財として貯めこんでいたわけでもない。
このように、土地の所有形態と徴税の状況を見る限りは、支配層も庶民も、財の私有化→蓄財→財の多さの競い合い=私権闘争といった意識へ繋がる傾向はなさそうですね。

投稿者 saah : 2008年08月22日 List  

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コメント

縄文の模様と、時間・空間の概念の関連性…すごく難しい話で、正直よくわからないところもありました。
でも、とても興味深いテーマと思います。
…なんだか稚拙ですみません…。
最近、縄文に興味を持ち始めました。
サイトやブログを探しているうちに、ここにたどりつきました。皆さん、研究者ですよね、きっと。ちょっと場違いかも…。
私は、最近書店でみつけた「縄文遺跡ガイド 北海道・北東北」という本を入門書として購入しましたが、
これらの遺跡がちょうどこのあいだ、世界遺産候補になったので、ますます興味がわいてきたところです。
また、ブログをのぞかせていただきます。

投稿者 しばっち : 2008年10月10日 21:27

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