| メイン |

2012年05月27日

始原の言語・日本語と、日本語に見る言語の本質・起源 プロローグ

1146489637.jpg
これまで、日本人の起源シリーズを扱ってきましたが、これに引き続き、次なるシリーズのテーマは「日本語」とします。
日本語を含めて「言語」には、共認機能や観念機能の構造との密接な関係があるはずで、これを追求することには、大きな可能性があると思われます。
言語追求といえば「文法」「語彙」などと、やや堅苦しいイメージがありますが、今回は、日本語の「音韻(おんいん)体系≒発音体系」に絞って追求します。具体的には、るいネットでも紹介されている(リンク)(リンク)(リンク)黒川伊保子氏の「日本語はなぜ美しいか」を扱い、紹介して行こうと思います。
黒川氏はマーケティングの現場で、ことばを研究して来た人で、言葉の「語感」研究は突き抜けたものを持っておられる方です。現場で磨いた感性を基盤にした、言語の本質研究、そして日本語の音韻体系の本質追求は非常に優れた認識を生んでおり、言語追求に留まらず、日本語の特質からみた「日本人論」は秀逸なものがあります。
ポチッと応援お願いします。
にほんブログ村 歴史ブログへ

 にほんブログ村 歴史ブログへ

この世のことばを、母音と子音に分けたとき、忘れてはならないことがある。それは、日本語が、母音を主体に音声認識する言語であるということだ。、、、、、日本語の一音一音を成り立たせているのは、母音の存在感である。
母音は息を制動せずに声帯振動だけで出す、自然体の発生音である。母音そして母音を多く含む日本語は、心を無防備にし、相手の心を開きやすい言語である。
すなわち、潜在意識で母音骨格をつかむ私たち日本人は、話しているうちに、無意識レベルで相手と融合してしまう。(黒川伊保子著「日本語はなぜ美しいか」より引用、抜粋)

日本人は、その歴史から見ても、共同体性を強く残しているといわれますが、言語自体も、他者と融和するのに相応しい音韻体系を持っているということですね。さらには、日本人の高い技術力さえも、母音言語を操る日本人が人や自然だけでなく、あらゆる対象、精密機械とさえ融合してしまうためだと展開されています。
日本語(母音言語)は日本人の民族性の根幹にさえ関わっているというのですね。
そして、もう1つ、上記認識の前提となっている認識なのですが、「ことばの本質は発音体感である」という認識が示されています。「発音体感」とは言い換えれば「語感」といった所でしょうか。
例えば、「木(き)」という言葉を例に取ると、「木」を、teでもmeでもなく、kiと発音するのは従来ただ偶然と思われていました。しかし、対象(実態)と言葉(発音)の間には深い関係がある。「k」の音は硬口蓋といって、口腔のなかでも硬い部分ではじく様に出す音、そして、「I」の音は他の母音と比較するとはっきりするが、「喉の奥から舌の中央に向けてぐっと力が入る音で、前方へ体を運ぶ→尖った体感を伴う。
「k」は堅さ、「i」は尖った感じ。「ki」は木を形象する言葉として必然性がある。言語の本質・起源はこのような「発音体感」だと言うのです。
以下、別の例を引用して紹介します。(黒川伊保子著「日本語はなぜ美しいか」より引用)

発音体感がことばの本質である・ことばは音韻の並びであり、発音体感が、潜在脳にしっかりとことばの象を作り上げる。
例えば、「大きい」「多い」のオオは、口腔内に最も【大きな空洞】を作り、そこにこもった空気を振動させる母音オの重ねである。動物園でゾウ舎の前に連れてこられた幼児を観察していると、多くの子が「おー」と言って喜んでいる。幼児が興奮したときによく口にする「あ―」や「きゃー」ではない。私たち大人だって、巨大なもの、偉大なものを眼前にしたら、思わず「おー」「ほおー」と感嘆してしまう。
「おー」は、口腔とともに胸郭に深く響く母音のため、身体全体が振動した感じがする。身体全体を音響振動が包みこむように感じ、大きさや包容力を感じる音なのだ。だから、大きなものに意識で共鳴するとき、「おー」は最もしっくりする発音体感なのである。これに対し、退く意識が生じた時、すなわち客観性や揶揄の意識が混じると、退く発音体感を持つ「へえー」になる。

これらは一例に過ぎませんが、K、S、T、、、、それぞれの音素に渡って、その音を発する時の口腔内感覚→発音体感が、それが指し示す対象(実態)の様子と密接に関わっていることが、整然と述べられます。
そして、このような発音体感と対象(実態)の一致は、日本語に顕著であり、日本語こそが「始原の言語」、太古よりこの土地で育まれた言語であると述べられています。
全く新しい地平の認識ゆえ、具体的な事例を長めに紹介しました。言語の本質、起源追求のきっかけとなり、また、日本語とは一体どういう言語で、日本人の精神性をどのようなものにしているのか、今まで知られていなかった切り口が示されると思います。
予定しているシリーズ投稿です。
1.プロローグ
2.「日本の爽やかな朝(アサ)」と「英国の穏やかな朝(morning)」
3.実体と発音が一致している美しい日本語
4.子音の感性、母音の感性。日本語は心開く母音言語
5.自然と同化する母音語人
6.外圧は言語を作り、言語は人を作る
7.日本語の形成過程を歴史でたどる
8.日本語の危機~早期英語教育の危険性~
9.共認言語としての日本語の可能性
以上、ご期待ください。

投稿者 fwz2 : 2012年05月27日 List  

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://web.joumon.jp.net/blog/2012/05/1403.html/trackback

コメント

徐福は3000人を引き連れた一大勢力です。さらに秦の始皇帝を騙して渡来した確信的な策士です。決して弱者とは思えません。縄文人を利用する事はあっても、江南人のように縄文人と融合という事はなかったのではないでしょうか?
むじろ徐福で興味深いのが葛城ー徐福の繋がりかたです。
同一と見るか、手を結んだと見るべきか、ここがポイントだと思います。また、1点物部が尾張に拠点があり、そこに蓬莱山があります。物部と徐福の関係も何かありそうです。水面下で在来の豪族と手を結んでいたのは確かだと思いますので、そこを掘り起こしたいですね。
また、上記で書かれている氏族のうち大伴は高句麗系で蘇我氏はかなり後発のおそらくは百済系だと思います。
その辺の豪族の整理も必要かと思いますがいかがでしょう?

投稿者 関西の通りすがり : 2013年4月18日 01:02

 徐福を「策士」とみるか「始皇帝からの逃避」とみるかで随分、ことなるかと思います。
私は、どちらかというと、始皇帝に取り入っているところからかなりの策士であったと見るべきではないか?と思います。
また、3000人の勢力が、葛城ネットワーク(神社ネットワークなど)の全国情報網をなぜ、作ったのか?始皇帝を恐れて動機付けだけか?見ておきたいと思います。
 また、徐福を語るとき、どうしてもきになるのが、物部氏、秦氏、鴨氏などの祭祀豪族の影がついて回ります。また、どうしても葛城氏という豪族とのつながりが明確になっていかないのでここのところを解明する必要があると思います。
 また、朝鮮半島の勢力とも関係があり、新羅、百済、高句麗、伽耶(大伽耶、安羅などの小国)(その前代の馬韓、弁韓、辰韓など)の関係が、徐福つながるのではないか?と思います。半島にも伝説があるようで、特に、秦王国などは、注意かも知れません。伽耶と新羅と百済勢力との関係も分析したいところです。
 特に、葛城、物部、秦、鴨氏の祭祀族が絡んでいるのではないだろうか?と踏んでいますが、結構、謎です。
 さらに、海部氏、忌部氏、息長氏、漢氏、紀氏などその他の豪族がどう関係しているのか?みていきたいと思います。
 今後、追及していきたいですね。 

投稿者 2310 : 2013年4月18日 06:33

コメントしてください

*