2010.03.20

私権文明を問い直す(シリーズ総集編)

未分類

現代社会の崩壊(私権社会の崩壊)を目前にして、不安が募るばかりでしたが、突破口はどこかにあるはずだと思い
私権時代を問い直す(シリーズ1~7)では、
西洋と東洋の違い、なぜ欧米人はキリスト教に収束してきたのか?を念頭に置きながら、「欧州発の近代化」の基底構造を明らかにしました。
その結果、縄文体質を残す日本に可能性があることが解りました。
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広島原爆(敵は皆殺し)           日本人気質(集いと自然との一体感)
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posted by ryou at : 2010年03月20日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2010.03.18

中央集権から封建制へ(武士の台頭)

「ポスト近代市場の可能性を日本史に探る」シリーズ8回目です。今回は、日本の中世の大きな体制の転換期であった『武士の台頭』について迫ってみたいと思います。

院政期、日本史上最大の「政と性の退廃・乱倫」を経て、新しい政治体制が生まれます。言うまでもなく武士の台頭、幕藩体制の登場。次回は、そこから始めます。

「政と性の退廃・乱倫」の背後にあった諸外国からの侵略圧の衰弱は、朝廷の武力を解体していき、結果、朝廷の腐敗体制・受領の暴走を招くことになります。

中央集権国家の最大の特徴は、最終的な徴税権は中央朝廷が持っており、地方の徴税官(地方官僚)も中央から派遣された者という所にある。国司(その中の受領)=地方徴税官は、徴収した田租を中央朝廷に送る任務を負っているが、その特権的な立場を利用して私服を肥やす国司(受領)も多かった。

では、王朝の腐敗体制でもあった受領の暴走は、どのような体制の変化をもたらしたのでしょうか

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posted by yoriya at : 2010年03月18日 | コメント (4件) | トラックバック (0) List  

2010.03.15

王権の生産 3

 こんにちは~『王権の生産』シリーズ3回目です 。
 前回は、倭国が大規模内乱を収束するために、連合体を組織して、それを決定付けるために王を誕生させるという、稀な手順によって誕生したのがこの国の王であるということを示しました。
 縄文の共通意識が働いた末の産物で、評価できるという立場で記述しました。
 それでは次にくる課題『王権の移行』(次期王の選出)、つまり王の再生産はどのようにして行われたのでしょうか。ちょうど『国家意識』・『国家観』の成立過程に平行していた時代に焦点をあてて、3回にわけて記述したいと思います。
 充分知りえていることのおさらいになるかとは思いますが、ここを押さえること無しに『天皇家』の存在意義について考えることはできません。
 その後の長い歴史を知っているわたし達は、簡単に善悪をつけるとができますが、当時の意識や思考の成り立ちを考慮しながら(繰り返しますが、学習歴のない部分に思考は届きません)判断していく必用があると思っています。
 それではよろしくお願いします♪
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posted by milktea at : 2010年03月15日 | コメント (1件) | トラックバック (0) List  

2010.03.13

私権文明を問い直す シリーズ7 私権の共認と一対婚の特殊性

こんにちはsaahです。
前回、私婚の共認からいかにして私権の共認に繋がってゆくかを投稿しました。
今回もう少し、その因果関係を補足してみたいと思います。
■ポイントは、本源集団の解体により婚姻規範が消滅して私的な婚姻関係(私婚)になったこと。
○私婚関係から性権力の共認へ
 女:本源集団を失った女が性を武器に存在権確保に向かう
   →男を挑発しつつ供給制限⇒性の幻想化
 男:(農耕で)生産基盤の安定=外圧低下⇒解脱収束→性欠乏上昇
   →女の挑発と供給制限でますます性欠乏上昇
両者が重なって「性的商品価値の共認」が成立。
それを手に入れる為に男は女に迎合せざるを得ない
∴「私的な男女解脱共認が成立」=「性の権力化」
こうして性権力の共認が成立します。
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posted by saah at : 2010年03月13日 | コメント (7件) | トラックバック (0) List  

2010.03.12

「贈与」に何を学ぶべきか!~8.共生するための贈与☆

こんにちは 😀 「贈与」に何を学ぶべきか!」シリーズもいよいよ8作目です
前回は、カッピカピさんが①人口増加と生存域の拡大が、同類緊張圧力を生み出し、それによる同類間の闘争を回避するために贈与が始まったこと、②豊かさによって徐々に失いつつあった縄文人の『活力源』であることまでを解明してくれました
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それでは、引き続き「贈与」の追求です★★★
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posted by pingu at : 2010年03月12日 | コメント (7件) | トラックバック (0) List  

2010.03.11

宮廷サロンをつくった商人とそれを支えた受領

「ポスト近代市場の可能性を日本史に探る」シリーズ7回目です。今回は、平安時代、宮廷サロンの背後構造に迫ります。
前期平安京の人口は、貴族・官人約1万2000人、職人が1万5000人、一般市民9万人と算出され、これに実数不明確な奴婢などを加えると、合計12万人前後~13万人だと推定されています。米・塩・布などの生活必需品を商う官営市場以外に、武具や錦を扱う民間の市場が現れ、平安中期には、現在も地元のひとや観光客でにぎわう「錦小路市場」の原型が登場。894年に遣唐使が廃止され、「主体的外交」として国を閉ざした日本は、外圧を憂う必要もなく、京の都は、活気をきわめます。
一方、中国の東北部、朝鮮半島よりさらに北の旧満州国のあたりに建国された渤海国は、当時、隣国の新羅とは緊張関係にあり、それだけに大唐国や日本との外交を積極的に展開することで、文化的な国家を維持しようとしていました。渤海国からの使節の来訪は、727年~919年まで、34回にも及んでいます。
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                                    「源氏物語絵巻」柏木二 徳川美術館蔵
「源氏物語」の冒頭は、それが書かれた一条朝より約百年前(900年前後)に時代設定した作品といわれていますが、その当時の交易事情を意識してか、「唐物(からもの)」とよばれる舶来品が多く登場しています。「唐物」とは、中国に限らず朝鮮(渤海国を含む)からの輸入品全般をさす言葉。具体的には、沈香・麝香をはじめとする香料、白檀・紫檀などの木材、蘇芳・丁子といった染料、銅黄・紺青といった顔料、綾や錦といった衣料、瑠璃壺や呉竹。
物語では、「唐物」をいかに多く所有しているかが、権力や文化的性の問題と密接にかかわってきます。特に第一部では、最も価値ある唐物は、光源氏が財力ではなく、その才能と魅力によって獲得したという描かれ方がなされることが多く、光源氏を箔づけようとしている。唐物の質と量は、光源氏の魅力と権力の「喩」として機能しているのです。
源氏物語から100年下った、1000年前後の摂関期貴族社会においても中国文化、唐物への憧憬、需要はきわめて高かったといえます。
ところが当時はすでに建前は鎖国。そこで形式的に登場するのが「宋人定」です。
※宋人定とは・・・宋商人が九州沿岸に来着すると、大宰府が検査を行なう。その内容を見て中央政府が帰化か、追い返すかを裁定する。帰化、交易が許可されると、まず中央から唐物使が派遣され、民間にさきがけて、商客の持ってきたすべての物品を一時的に差し押さえ、朝廷が必要な物品を確保して京へ進上する。残りが民間取引に委ねられた。
貴族たちは独自のルートで唐物を入手しましたが、形の上では、天皇=国家による買い上げが中心。貿易統制の場として、大宰府とその長官は実質的に大きな機能を果たすことになります。 国は閉ざした、にもかかわらず国をあげて私的交易を支援した。ここに、公然と認められた市場の抜け道がつくられます。
平安の中央貴族が、これらの貴重品・ぜいたく品を望んだのは、外圧のない成熟社会の必然構造ともいえますが、より実体的には、自分の娘を少しでも上の貴族(その最高位は天皇)に嫁がせるためには、十二単で着飾らせ、唐物を持たせ、清少納言や紫式部のような優秀な女官を身の回りに置く必要があった、ということでしょう。つまり、男をひきつけるため、挑発するためには性の幻想価値を演出する必要があった。逆に言えば、そこまでの資力がなければ中枢貴族として君臨できなかった、ということです。
では、その実現基盤=お金の出処はどこでしょうか?
後半に入る前に、応援、よろしくお願いします。
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posted by urara at : 2010年03月11日 | コメント (5件) | トラックバック (0) List  

2010.03.07

王権の生産 2

こんにちは~♪
『王権の生産シリーズ』パート2です
前回は、天皇家の存在意義について、という問題提起と
今回のテーマの序論を書いてみました。
今回からぼちぼち『心理』についても触れていきますが、
これにはもちろん個人差があり、「大抵は~」といった
全体像と捉えてくださいね。よろしくお願いします♪
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posted by milktea at : 2010年03月07日 | コメント (3件) | トラックバック (0) List  

2010.03.06

私権文明を問い直す シリーズ6 私婚関係から私権の共認へ

そもそも「権力」はどこから生まれたのでしょうか?
学校では、富が蓄積され、持つ者、持たざる者が生まれたことから「権力」が生まれたと習ったように記憶しています。
 しかし、なんで持つ者持たざる者が生まれるのか考えて見るとどうも腑に落ちません。インカ帝国などでは、耕地は、王から与えられた物で、そこで生産される物は王の物であり、そこから生活に必要な生産物を分け与えられているというような意識だったかと思います。
通常、共同体社会であれば、土地から生み出された物は、皆の物(or王の物)であり、私有物では無かったと思います。個人が私有し貧富の差が出るというのは、現代的(私権時代的)発想ですよね。
そこで、「権力」の原点について、「るいネット」からの引用を紹介し、少し踏みとどまって追求してみたいと思います。Blog Ranking にほんブログ村 歴史ブログへ

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posted by hiroshi at : 2010年03月06日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2010.03.05

「贈与」に何を学ぶべきか!~7.贈与の意義とは・・・

こんにちは。最近では、すっかり贈与気分のカッピカピです。 😀
これまでの贈与シリーズの記事で、贈与の実態が、おぼろげながら見えてきたのではないかと思います。簡単にまとめると、生存圧力の低下よって引き起こされた、人口増加と生存域の拡大が、同類緊張圧力を生み出し、それによる同類間の闘争を回避するために贈与というシステムが発生した、となります。
そこで、第7回では、この贈与の意義を、再度固定する意味で非常に参考になる投稿を、るいネットの記事から紹介したいと思います。
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posted by hi-ro at : 2010年03月05日 | コメント (4件) | トラックバック (0) List  

2010.03.04

「私権文明を問い直す」シリーズ5 ~私婚関係から私権の共認へ~

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月を見ているのはお馴染みの「かぐや姫」ですが、帝まで夢中にさせたその力とは?
(図はこちらからお借りしました)

当シリーズ5回目は、前回の「私権文明を問い直す(西洋と東洋)」から、さらにその本質を掘り下げていきます。
シリーズ2回目で、性闘争の顕現=「500万年に亙って封印してきたパンドラの箱を開けた」とありますが、ここから掠奪闘争が勃発し、その玉突きによって本源集団が解体されて私権文明が成立した構造が明らかになりました。
ところで、現在、(私権文明の世界では)空気にようなあたりまえのものとして共認されている「私権」とは、いったいどのように成立し、共認されるようになったのか?
「私権」は、ある日突然誰かが独占を主張してもそれが共認されるハズもなく、私婚関係が(それが社会的に共認された事が)下敷きになってはじめて成立しています。

この構造を、シリーズ2の「性闘争の発現」と、シリーズ3の「本源集団の解体」によって、(原猿以来の)集団の最基底部をなす「男女解脱共認」がどうなったのか?から見ていきます。
今回も、るいネットの「実現論」から引用させていただきます。
by tamura
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posted by nandeya at : 2010年03月04日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

 
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