2007.04.30
中国文明:支配は食にも及ぶ!?~中華料理の起源とは?
今晩は、さーねです 😮
今日は、先日のラーメン文様の秘密!?に続き、”食
”のネタです 
たまたま、ネット探索中に東京対馬館さんで面白い”食ネタ”に出会いました
😛
今日のネタはとても簡単です。
GW連休中、中華料理を楽しむ方達もいるでしょう。食を楽しむだけではなく、なんでこんな食文化になったんだろう
ちょっと考えてみると、また食事も楽しくなるのではないでしょうか
😀

2000年前の中華料理??中国古代文明料理より
知りたい人はぜひ応援をー
![]()
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posted by sawatan at : 2007年04月30日
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2007.04.29
中国と日本の死生観の違いって?
お墓の話題が続いていますね、こんばんは。
今回は中国文明からアプローチして、死生観のサワリに触れてみたいと思います。
日本の諺に、
「人生は夢のごとし」、「生ある者は死あり」などありますね。
いずれも人生の無常を説いたものですが、これは仏教が伝わって以降です。
一方で、日本には儒教の教えも影響していますね。
>死者の魂はこの世のしがらみから解放されれば一応成仏したというが、その後も定期的にこの世へ戻ってくる(あるいはわれわれが招き寄せる)と考え、その時に備えて死体の一部を墓に納めて管理し、招かれた魂と死体が依りつけるようにと位牌を用意する。そもそも丁重な祖先祭祀の出発点として、盛大な葬儀を催す。(『沈黙の宗教―儒教』と宗教の本質より)
それよりも、儒教や仏教が伝わる前から、
>日本人は死を意識しながら生きている民族であり、日常的に経験する死の場面を文化にまで昇華させているように思われる。自然の摂理に融け込みながら、死を生活の一部として淡々と取り入れ、自分が人生の最終局面に向かい合うときにはいかにしてきれいに死ぬのかを考えているようである。(やまさんのブログより)
このような日本人の死生観は、もっと追及していきたいところです。
さて、一方の中国では、
死刑囚の臓器売買を行なったり、皮膚から化粧品を作ったりと、日本人の感覚からは考えられないようなことを平気で行なっていますが、ここには死生観の違いが影響しているようです。
では儒教の強い中国では、どのような死生観なのでしょうか?
その前に、応援ヨロシクです!
![]()
posted by nishipa at : 2007年04月29日
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2007.04.29
古代の墓の変遷~集団統合から、支配・国家統合の為の装置へ
こんにちは、simasanです。
お墓についての話題で盛り上がっていますが、ここでちょっと、古代の墓の変遷について、時代背景と墓の特徴を整理してみました。
以下、一部
「お墓の歴史 縄文時代」
「日本社会システムの起源」 から引用させてもらってます。
知りたいっと思った方は、ポチッとお願いします。
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posted by simasan at : 2007年04月29日
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2007.04.26
弥生~古墳時代 一般人の墓事情

「方形周溝墓」
画像は発掘情報いばらき さんよりお借りしました。
こんばんは
bunchanです。今日もお墓の話題です。
646年。「薄葬令」っていう御触れがだされています。墓や葬るにあたって、簡素化しなさいってことのようです。・・・てことはそれまでは華美だったってことですよね。
時代は大化の改新の翌年。その前は古墳時代でした。中国・魏文帝の節喪令の影響が見られるそうです。
『史記』、孝文帝紀には次のように書かれています。
『今日では、世の中の人々は生を喜び死を憎み、過剰な葬儀を営まんが為に仕事も出来ず、しかも喪に服する期間が長い為に皆痩せ細って今にも死にそうである。このような現状を自分はとても受け入れる事が出来ない。しかも余は不徳で人民の生活を助ける事も出来なかった。今、自分が死んだ後、三年にも及ぶ長い期間このようなことをさせる訳にはいかない。天下の君主になって二十余年になるが、その間天地の祖霊と皆々のお陰で戦争さえなかった。さぁ、天下の官吏民衆に告げよ。この令が届いたなら、会葬すること三日で喪服を脱ぎ、娘は嫁にも出してやれ。神と先祖を祀り、酒を飲み、肉を食する事も許し、会葬に臨む者は裸足でなくてもよい。喪服の帯は三寸を超えてはならない。車・兵器は布で覆わず、宮殿の中で泣くのは朝夕二回、各々十五回声を出せばよい。棺を墓に納めたなら、大功の喪服の者は十五日、小功の者は十四日、麻の喪服の者は七日間で喪服を脱げ。この令にないことはこれに準じて行なえばよい。天下に布告して私の気持ちを知らせよ。山河の自然はそのままにし、後宮の女官は一人残らず家に帰してやるがいい。』
薄葬令では、墓の大きさ・造営期間・そのための人員等が細かく規定され、また殉死の禁止も定められています。
例えば、皇族以上に対しては
墓の内は長さ約2.7メートル、幅1.5メートル。
外域は縦横とも15メートル、高さ8.5メートル。
工夫1000名、工事期間は7日。
葬礼の垂れ帛は白布。
一般庶民は
死者は一日も留めることなく土中に埋葬すること。
垂れ帛は粗い布。
また、葬り場所は決められた場所のみとし、方々にみだりに埋葬してはならない。
宝物を納めたり、哀悼の為に髪を切るなどしてはいけない。
等の規定があった。
以上参考、「お墓の歴史」
皇族以外の一般庶民にもこんなおふれがだされるとは・・・当時の墓事情ってどうだったのでしょうか。
続きにいくまえにぽちっと・・・おねがいします 
posted by bunchan at : 2007年04月26日
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2007.04.25
縄文人にとってお墓とは何だったのか?
旧石器時代には見ることのなかったお墓。
縄文人にとって、お墓とは何だったのでしょう?
「大湯環状列石」 より
《引用開始》
集団墓としてかなり明瞭な性格を示す環状土離に対し、大湯環状列石はその性格をめぐって論争を引き起こしたことはよく知られているところである。
この配石遺構をめぐる論議の一つは、その機能が共同墓地であるか、或いは“まつり”にかかわる施設であるかという点に集約される。
この調査では約100基の組石の中から任意の14基についてその下部が調査され、その多くから幅1×0.7m、深さ約0.7mほどの比較的小さな小判型をした土坑が検出されたが、それらの土坑からは、人骨や埋葬用の副葬品は発見されなかった。
周辺からの出土した土器から、縄文時代後期につくられた可能性が高くなったが、墓である確証は得られず、それが積極的に墓地説を推進する上でブレーキになったのである。
ポチ・ポチしてから、続きをどうぞ 🙄
posted by naoto at : 2007年04月25日
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2007.04.24
屈葬とベンガラについて~その2
前回は、屈葬とベンガラの意味について、胎児の姿勢をまねて再生を願ったとする説を中心にした紹介でしたが、では、実際にどこからベンガラが使用された遺跡が見つかっているのかについて、少し調べてみた内容と、別の説を補足として、エントリーしておきます。

<屈葬:縄文文化の超自然観より>
http://www.kisc.meiji.ac.jp/~hirukawa/anthropology/area/ne_asia/Jomon/index
実はあまり全国的には発掘事例は多くはないようなのですが、日本では、北海道から東北部にかけて、また縄文後期から晩期にかけて、ベンガラがまかれた遺跡が発掘されているようです。
その内、代表的なベンガラがまかれた遺跡は、北海道の恵庭市カリンバ跡(縄文時代後期後半(約3500年前))のようです。
続きの前に↓もよろしく
posted by yuyu at : 2007年04月24日
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2007.04.23
彩文土器の色々 ホント色々ですよ
縄文土器の話ではなくメソポタミアの土器の話です。 ![]()
皆さんもご存知のように彩文土器ですが、有名なウバイド土器を始まりとして、世界各地に広がっています。広まった原因は侵略と交易によるものでしょうが、どこまで広がったと言うと
>地中海のミノス文化からミケーネ文明、エジプト、メソポタミア、インダス各文明、ルーマニアやハンガリーなどドナウ川流域、ドニエプル川やトルキスタンなどに分布。日本では弥生式土器のなかにこの形式が残っている。<と南風博物館にありました。
最後は日本の弥生式土器にも繫がっているとのこと。ちょっと驚き。 🙄
そこで今日は写真で変遷を紹介したいと思います.
その前に
posted by dokidoki at : 2007年04月23日
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2007.04.22
農業と文明と環境の関係
農業は産業革命と並んで文明発展の転換点となったといわれていますが、「人類は何故農業を始めたのか」、またその「農業が生んだ古代文明はその農業の失敗によって滅んだ」という視点から「ユーラシア1万年の農業史から人類の未来を考える 」取り組みをしている人を紹介しよう。
佐藤洋一郎
文明と農業に興味ある人、下のバナーもクリックよろしく
![]()
posted by ryujin at : 2007年04月22日
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2007.04.22
十字軍って実は侵略軍だったって・・・ホント!?
突然ですがみなさん、十字軍
って知ってますよね 
私の記憶では、十字軍といえば「少年十字軍」が印象に残ってます。
聖地を奪還するために、平均年齢12歳の少年少女が命を顧みず集結した
な~んてとってもウツクシ~イ
物語だと思っていたのですが・・・・
トンデモナイ

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posted by pingu at : 2007年04月22日
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2007.04.20
文字の不思議
文字の起源っていつごろか知ってますか? 🙂
世界最古の文字は、古代メソポタミアのシュメールの絵文字と言われているそうです。
メソポタミアの楔形文字も最初は象形文字(絵文字)が出発点だったと言うのが、現在では定説らしいです。 🙄
古代の文字が実際にどんな文字だったのか覗いてみませんか? 😀
By ヒロシ
posted by hiroshi at : 2007年04月20日
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