2007.05.22
道教~母系氏族社会を源流とした共同体規範
こんばんはetoです。
前に「中国と日本の死生観の違いって?」において道教に少し触れましたが、今回はその起源について紹介します。

ご存知、なんで屋カードですね。
“女は慈愛にあふれた素晴らしい存在”、、、いい言葉ですね。
実はこれ、道教の教えと関係しているんですね、
ホント?と思われた方は、ポチっと押しながら次を読んでね。
posted by nishipa at : 2007年05月22日
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2007.05.21
世界文明 vs 縄文・・・・そして反転がはじまる!?
この↓図版をみて、驚いた。1万年が一目瞭然!注目です。

※この図は佐原真氏の作成らしい、秀逸です。図は「国民の歴史」より
スキャンしたので、傾いて粗っぽい画像ですみません。
↓1万年の解明、応援よろしくお願いしま~す
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posted by ihiro at : 2007年05月21日
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2007.05.21
縄文土器の文様が中期に多様化したのは...
縄文土器の話が盛り上がっていますね。
私も、みなさんが、紹介されている「縄文心象」のHPを手がかりに考えて、見たいと思います。
まずは、問題提起の一文の紹介から。
いったい縄文時代前期と中期の境の時間帯で何が起こったというのだろうか。そして何故縄文文様は突如として複雑になったのだろうか?
考古学に詳しい人間であれば誰でも知っているこの事実。しかしこの謎は未だに誰にも確定的に解明されてはいないのだ。
(「縄文心象のHP」-謎-縄文時代中期の大きな変化より引用)
http://www.joumon.jp/kaidoku/kaidoku1/kaidoku1.htm
中期の複雑化は、縄文土器ファンの間では、有名な話。しかし、その謎は、未だ解明されていなかったとは...
確かに、中期に土器の種類が増え、文様も複雑になっているようです。





(岩手県立博物館HPより)
http://www.pref.iwate.jp/~hp0910/korenaani/a/031.html
では、なぜ縄文中期に土器の種類が増え、文様も複雑になっていったのか、少し考えて見たいと思います。
続きの前にいつもの↓ポチットもよろしく!
![]()
posted by yuyu at : 2007年05月21日
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2007.05.20
中国文明【殷】:十干(⇒十二支)は王の称号だった!?
今晩は、さーねです 😛
やはり中国古代王朝の成立に迫るには、殷の甲骨文字に迫る必要があるのではないか
最近調べる中で、皆さんもよくご存知の十二支の元である十干が、甲骨文字発祥であることを知りました 
なんで十干をつくり出したのか
一般に、十干は以下のように説明されます。
十干(じっかん)は、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10の要素の順列。天干(てんかん)とも言う。…古代中国で考えられ、日本に伝えられた。十二支と合わせて干支(「かんし」または「えと」)といい、暦の表示などに用いられる。
ウィキペディア

説明の通り、暦にも使われる干支という意味で、僕らにもなじみの深いものです。その起源である十干=甲骨文字にこめられた秘密に迫りたいと思います
😀
今日はこんなサイトを参考にさせて頂きました。改めて歴史の奥深さを感じます 
「十干・十二支」の成り立ちと 3300年前の甲骨文を読んでみましょう
十干⇒十二支の意味するところは
ぜひクリックしてから

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posted by sawatan at : 2007年05月20日
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2007.05.19
縄文時代、既に農業(稲作)はあったが、普及しなかった訳
こんにちは、simasanです。
今日は、日本での農業(稲作)の起源の話です。
戦後まもない頃に発掘された静岡県登呂遺跡からは水田跡や炭化米、農具が発見され、これにより稲作は弥生時代になって初めて日本に伝えられたと考えられていました。しかし、弥生時代以前にもイネの栽培が行われていたという確かな裏づけが、昭和35年以降、九州地方の縄文遺跡から発見され始め、今から約3000年前の縄文時代後期にはすでに大陸から稲作が伝わっていたことが明らかになっています。
さらに、岡山の朝寝鼻貝塚の土の中からは、6000年前のもの最も古いプラントオパールが検出され、それよりも古い時代に原始的農耕が行われた可能性さえ出てきたのです。

注:プラントオパールとは、植物の細胞にたまる0.05・程のガラス状のケイ酸の塊が地中に残ったもののことで、このプラントオパールにより過去の植生や栽培植物の種を判別することができるそうです。
では、何故、縄文時代は稲作が普及しなかったのでしょうか?
知りたいっと思った方は、ポチっと お願いします!
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posted by simasan at : 2007年05月19日
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2007.05.17
巨大噴火がひき起こした円筒土器文化
火焔土器が話題になっているようですね。
私には、あれは、とてつもなく大きな炎=火山噴火あるいは火砕流による大火災を表しているように見えてしかたありません。
そこで、縄文時代の火山噴火を調べてみました。
「変転する大地が生み出す新しい文化」 リンク より引用させて頂きました 
《引用開始》
三内丸山からの大量の土器発掘で明らかになった円筒土器文化は、縄文前期の中頃、突然現れ、東北地方北部から北海道南西部に広がった。津軽海峡による分断もものともしない広がりである。
円筒土器に先行してその地域に存在したのは、表館(おもてだて)式や早稲田6類、大木1式など、それぞれ互いに関連性をもちながらもまとまりのない土器群であり、どれも円筒土器へ直結するような形跡は認められていない。
円筒土器の不可解な出現は、長い間問題にされずにきたが、三内丸山遺跡の発見も一つのきっかけとなり、円筒土器と大木式土器が並存する岩手県を中心に、これまでに集積された考古学の資料が見直された。
その結果、最初の円筒土器である円筒下層a式土器が大木2a式土器の直後に現れること、二つの土器型式の間に十和田火山の巨大噴火による火山灰(十和田中せりテフラ)が挟まっていることが確かめられた(下図)。

噴火によって広域におよんだ山林火災が、周囲の生態系を壊滅状態に追いやり人間社会に甚大な影響を与えたことは間違いない。一次生産者である植物に依存する動物社会にとってもその存続を脅かす大事件だったろう。いわば東北北部の広大な地域の生態系の構成員であるさまざまな生物の様相が災害で変化し、それが人間の暮らしに影響を与えていく状況が読み取れる興味深い事例である。
ぽち、ぽちしてから続きをどうぞ 🙄
posted by naoto at : 2007年05月17日
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2007.05.17
土器の文様は共認を表現したのではないか?
縄文土器と言えばその豊富な文様に注目されます。
しかし、その文様の意味は学術的にはいまだ明らかになっていないそうです。
縄文心象のHPを見ていく中で、ふと気が付くものがありました。これだけの土器の複雑な文様は何の為にあったのでしょうか?無文字文化であった縄文人は文様で何かを伝えたかったという事はほぼ間違いないでしょう。
しかし、縄文人の文様は誰が誰に何を伝えたのでしょうか?
縄文時代の文様の意味を考える中で、文様自体が持つ普遍的な必然性についても触れてみたいと思います。
どんどん盛り上げていきましょう!クリックお願いします。
posted by tano at : 2007年05月17日
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2007.05.16
縄文土器に見る雌雄和合の模様
こんばんは 😉 bunchanです。今日は縄文土器の文様から、縄文人の世界観を垣間見てみたいと思います。「縄文心象」よりの引用を紹介します。
雄と雌の和合
地球上の原子がプラスとマイナスで安定しているように、彼らは世界のすべてが雄と雌の霊魂が和合してできていると固く信じていた。この和合を示す『交合文(和合文)』は、対で構成されていることが特徴である。 『交合文』は雄を意味する三角・菱形・十字・矢印と、雌を意味する渦巻・円・二重円から各々1つないし1つ以上が対(ペア)になってつくられる。それらは一見ただの装飾文様のようだが、それは彼らの心の世界『雌雄和合』そのものなのだ。
←←← 
そういわれるとそんな気が・・・♂♀記号にもにてますよねっ 
んん~でも♂が三角・菱形・十字・矢印で♀が渦巻・円・二重円なのはどこからきてるの?? 🙄
気になる人はぽちっと押してもらって、続きをどうぞ

posted by bunchan at : 2007年05月16日
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2007.05.15
燃え上がる?火焔土器の意味
😀 くまなです
Hiroshiさんの投稿を受けて、縄文土器の中でも、ダイナミックでエネルギッシュな、通称「火焔土器」について紹介したいと思います。とくにその文様の意味について、ネット上で、さまざまな説が展開されているので、それを紹介してみます。
火焔土器

みなさんも、この魅力的な形態や文様が何を表すのか、製作者の意識に同化してみましょう。
その前に
ポチっと応援よろしくお願いします。
posted by kumana at : 2007年05月15日
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2007.05.13
火炎土器の国から
Hiroshiです。今日は縄文番外編。
連休の間、火炎土器の国、越後の中越地方・魚沼へ行ってきました。・・・と言っても実家のある生まれ故郷ですが。この地方は、長い冬の間、深い雪に閉ざされますが、4月になると雪が解け、山々に一斉に緑が吹き出し、野山に草花が咲き乱れます。あちこちでカエルが合唱しています。
山々には雪がまだ残って、白い山々と新緑がすごい鮮やかな季節です。そういえば、風景の写真とってくるの忘れてしまいました。残念。花の写真があったので添えときます。
裏山で撮ったカタクリ なんの花かな??
火炎式土器見たい方、ポチッと↓
posted by ihiro at : 2007年05月13日
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