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土器の文様は共認を表現したのではないか?

Posted By tano On 2007年5月17日 @ 6:20 PM In 縄文人の集団統合,縄文土器・土偶 | No Comments

縄文土器と言えばその豊富な文様に注目されます。
しかし、その文様の意味は学術的にはいまだ明らかになっていないそうです。
縄文心象のHPを見ていく中で、ふと気が付くものがありました。これだけの土器の複雑な文様は何の為にあったのでしょうか?無文字文化であった縄文人は文様で何かを伝えたかったという事はほぼ間違いないでしょう。
しかし、縄文人の文様は誰が誰に何を伝えたのでしょうか?
縄文時代の文様の意味を考える中で、文様自体が持つ普遍的な必然性についても触れてみたいと思います。

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縄文中期にそれまで単調だった文様が突然複雑化していきます。(なぜ複雑化していったかの追求は後の投稿者にまかせます)
縄文時代の土器の文様のデザインは現代に近い繰り返しのシンプルな柄から時代を経るにつれて一つ一つの造形が異なり、下から上へ右から左へと何かストーリーでもあるような動きや変化を土器自体が持つ様になっていきます。それまでの食料を調理する目的の土器が、意識を伝えたり共有する為の祭器へと変わっていったのだと思います。
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ある土器は土器の一番上に巫女の顔を表現しています。また蛇の表現が度々登場します。火焔土器にいたってはほとんど使われた形跡がなく、何か祭事の時に用いられた可能性が高いと言われています。つまり縄文時代中期以降のの土器は日常使うものと祭事に用いる土器に分かれていた可能性があり、祭事に使われた方の土器はまさに集団の意識の結晶物となっていたのだと思います。
誰が誰に伝えたかったのかに戻ると以下の3つが考えられます。
①集団の人数が増えていき、意識の統合を図る必要が出てきた。つまり首長から全員に伝えた
②集団の人口が増え分割して離れていった。母集団で共認されてきた内容を分派した子集団に失わず伝えていく為。
③集団の人口が増え、規模が大きくなって隣接集団と接するようになった。隣接集団と接して緊張感が高まり、その緊張を緩和させる為に土器を贈与した。その際に自集団の最も大切にしている意識を造形として相手に伝達した。

いずれにしても集団としての意識の統合を維持する為に土器の表現は使われたのだと思います。
さて最後ですが、何を伝えたかったのでしょうか?
何だと思います?ネットで検索してもこれだけはネタはありません。ここで縄文心象さんのHP [3]から「縄文人の見ていた世界」という記事を転載します。ちょっとヒントにして考えていただきたいと思います。

%E4%B8%96%E7%95%8C.gif文様はどのようにして誕生したのだろう。哲学者であり心理学者であるG・Hリュケは原始絵画と現代の子どもの絵を比較研究してこう述べている。『この子どもは眼に見える馬鈴薯の葉っぱを描かず、眼に見えないものを描いている。土中に埋もれている球根、客観的現実ではなく抽象的観念、畑をとりまく境界線などを描いている。』『目の前にある実際の対象やあまり見たことのないものを再現しないで、むしろ心の中で見る対象、すなわち内的なイメージをあらわしている。』
縄文人はただ眼に見える物を再現するのではなく、心にうかんでいる像を文様に再現するのである。
実物の特徴を表現し、イメージに代表させる
『内的イメージは対象の可視的属性から自然的、心的にひとつの選択を行うことによって成立する。われわれは心的な眼の存在、すなわち視覚にもたらされる諸要素からひとつの選択を行うことによって、一種の比喩を作る…』 子どもの絵と同じであるから幼稚ということではない。表現方法の一つなのだ。このような手法を重ねて伝達・記録手段の究極の形として象形文字や文字が存在するのだ。

縄文人の内的なイメージとは何なんでしょうか?
おそらく現代の言葉にするとずれてしまうように思います。
山や川・石・木といった精霊だったり、自然現象だったり、仲間の存在だったりするんでしょうが・・・。それらは否定すると生きていけません。たぶん、それを肯定視して集団を統合する軸にしていったのだと思います。
よく現代でも相手の思っていることがわからなくてもやもやしたり、それがわかってすっきりしたりすることがありますよね。
相手の思いがわかるという事は、その人間関係をスムーズにするだけでなく、前へ進む力となっていきます。規模が小さいとはいえ、法律も文字もない中で、集団共認だけで社会の統合を実践していたのが縄文時代の人々だったのだと思います。その時に土器の表面の文様は集団の人々の意識を統合する為に必要な言語だったのでしょう。
改めて文様とは・・・
文字のない社会での意識を表わす言語だったのだと思います。その言語とはまさに集団言語としての”共認”のようなものではないかとおもいます。
縄文人はただ眼に見える物を再現するのではなく、心にうかんでいる像を文様に再現するのである(縄文心象)
文様がその後さまざまな意識を表現する文字になっていった。「文」様と「文」字が一致していますが、あながち異質のものとは言えないように思います。
%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E6%A8%A1%E6%A7%98.jpg←アイヌ文様  %E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%88%E6%A8%A1%E6%A7%98.jpg←ケルト文様


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[3] 縄文心象さんのHP: http://www.joumon.jp/tips/tips2/tips2.htm

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