2008.06.10

最古の戦争跡地!ガウラ遺跡

こんばんは~
最近の若者は、「戦争はダメ !」で思考停止 するのではなく、「戦争はやめることができると思う」、だから、「どうして戦争が始まったのか?そこが知りたい 」 そうストレートに発信してくれます。
いったいいつから、略奪闘争が始まったのでしょうか?
それは、どのようなきっかけからなんでしょうか?
どの民族(?)からなんでしょうか?
以前、hiroshiさんが、メソポタミアでの戦争の起源について書かれた記事がありましたね 😉

・ガウラではXⅡ層(ウバイド終末期※約6200年ごろ)から、XIA層(ウルク前期併行※約5800年前)にかけて、ウバイド期の平和的あるいは平等的性格とまったく異なり、争いや対立という面が強くでてくる(Tober 1950)。
ガウラXIA層の集落北端の施設からは、大量の土製投弾が出土していることから、この施設は集落北端の入り口を防御するための見張り台とされる。さらに別の円形の施設からは、多くの石斧、棍棒頭や石鎚などが出土しており内城とされる。

この、テル・ガウラ遺跡について今日は紹介します。応援お願いします
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posted by mituko at : 2008年06月10日 | コメント (4件) | トラックバック (0) List  

2008.06.07

中国、母系→父系制への転換期③:強大な母系集団“三苗古国”vs父系集団“竜山文化”のせめぎあい

 中国古代は、強力な母系集団(特に長江文明の三苗)が残り、黄河流域の中原に依拠した父系集団の竜山(龍山)文化と対峙し、数百年に渡って緊張した関係にあった。紀元前3000年~2500年前ごろのことです。
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長江の中央部あたりに見える、屈家嶺文化のあたりが三苗と長江文明の中心部。石家河文化もこのあたり。
(図は、古代であそぼさんからお借りしました)

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posted by ihiro at : 2008年06月07日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2008.06.03

マヤ文明の婚姻制度

マヤ文明も、他の4大文明と同じく父系と嫁取り婚であった。
しかし、かなり緩い父系制度の様である。
マヤの場合、強力な支配者が現れてその全域を掌握し、単独支配するのでなく、紀元300年から900年の間各地にそれぞれの王を頂点とする「約40の王朝」が興り、それぞれは、互いに交易や戦争などの接触を保ちつつ推移した事が解っている。王朝間は同盟や敵対、服属などの複雑な関係によって結ばれていた。その中には、ティカルやカラクルムのように属国を従える大国があった。
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『マヤの宮廷写真』ナショナルジオグラフィック様よりお借りしました。
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/0708/feature01/gallery/22.shtml
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posted by ryou at : 2008年06月03日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2008.06.02

時に協力、時に対立していた渡来系弥生人集団

どのように縄文から弥生に時代的に連続していったのだろうか。?
前回、「縄文と弥生の境目:共存のディテール」で、近畿地方では縄文晩期の土器を使う縄文人系の集落と遠賀川系弥生土器を使う渡来系弥生人の集落が100~150年間併存していたことを紹介しました。
今回も同様に他の地域ではどうか見ていきたい。今回も産経ニュースの-文化-学術-に「試行私考 日本人解剖」と言うシリーズの中からお借りして届けします。
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水稲農耕を取り入れた地方毎の「弥生」の始まり
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posted by mukai at : 2008年06月02日 | コメント (6件) | トラックバック (0) List  

2008.06.01

マヤ文明「国内での“お家騒動”」はあったのかどうか。あったとしたらその結果どうなっていったのか。

お家騒動というと、江戸時代の大名家の家督争いのことですが、
マヤの都市国家においても、どうも似たような事が起こったようです。
270px-IMG_2314.jpgコパンの石碑 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%91%E3%83%B3
マヤでは、優越国家、従属国家の存在が知られています。都市国家の数は最大80にもなったこともあります、確かに群雄割拠の言葉がぴったりですね。
さぞかし派手にやっていたのでしょうか?そしてその結果は?
その前に
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posted by dokidoki at : 2008年06月01日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2008.05.31

木を通じて縄文気質を考える

縄文時代の気質とは何か?
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「国際派日本人養成講座」の「国柄探訪:地球を救う自然観」の抜粋の中の木を巡る意識を通じて縄文時代の気質とは何か?を考えて見ます。以下は抜粋です。尚、この抜粋先の投稿は日本人の気質を示しており全文を一読して見て下さい。
■4.木も人も自然の分身■
 木が命を持ち、その命を大切にしようという姿勢は、木も人も、
自然の中で生かされている「生きとし生けるもの」の同じ仲間だと
いう考え方に基づく。
🙄 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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posted by sakashun at : 2008年05月31日 | コメント (10件) | トラックバック (0) List  

2008.05.30

マヤの国家間の闘争形態とは?

マヤ文明には、数多くの遺跡が残されていますが、その政体や規模や統治の仕組みについては、長年学者の間で議論されてきました。すなわち、広域的な都市国家連合のようなものが在ったのか、また、多数の小国が乱立していたのか・・・275px-Tikal.jpg
しかし、マヤ人自身が残した碑文の解読により、その政体が少しづつ解ってきました。例えば、古典期のマヤの王国は、複雑な階層序列や親族の絆を持ち、同盟との戦いを繰り返していたようです。
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posted by hiroshi at : 2008年05月30日 | コメント (6件) | トラックバック (0) List  

2008.05.30

縄文:祭りが生産活動=食の確保を確実にした!

先日投稿しました縄文:祭りは、集団を統合し集団を超えた?!のtanoさんからのコメント
>祭りって見るもの、楽しむものという解脱というイメージがありましたが、本来は生産なんですね。
実は、祭りそのものが生産活動=食の確保を確実にした?そんなネタがありました。
今日も先日と同じNPO法人国際縄文学協会カミの発生と縄文時代(萩原秀三郎先生)の論文を参考に投稿したいと思います
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秋田県大湯遺跡の日時計状組石
byさーね
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posted by sawatan at : 2008年05月30日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2008.05.29

“縄文気質”を考えてみよう-3

縄文気質”を考えてみようシリーズ、久しぶりの投稿になりますが・・・
過去2回の投稿
“縄文気質”を考えてみよう-1 (2008年04月18日)
“縄文気質”を考えてみよう-2 (2008年05月01日)
から、本日は日本人気質として呼べるであろうキーワードを整理してみました。
128.jpg
↑これ なんで屋カード工房からお借りしました。おもいやりって大切ですね!
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posted by mrran at : 2008年05月29日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2008.05.25

縄文時代:共生と循環の文明

こんにちは。縄文文化に興味があって勉強してみました。
共生と循環の文明と言われているようです。以下は共生と循環の縄文文明から引用させていただきます。尚、ここで記載されている内容は実に興味深いことが多く是非とも全文を読んでいただければと思います。
画像の確認
以下引用
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縄文文化が自然との調和の中で、高度の土器文化を発展させ、一万年以上にわたって一つの文化を維持しえたことは、驚異というほかはない。 縄文文化が日本列島で花開いた頃、ユーラシア大陸では、黄河文明、インダス文明、メソポタミア文明、エジプト文明、長江文明など、農耕に基盤を置く古代文明がはなばなしく展開していた。
東アジアの一小列島に開花した縄文文化は、こうした古代文明のような輝きはなかった。しかし、これらの古代文明は強烈な階級支配の文明であり、自然からの一方的略奪を根底に持つ農耕と大型家畜を生産の基盤とし、ついには自らの文明を支えた母なる大地ともいうべき森を食いつぶし、滅亡の一途をたどっていく。 🙄
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posted by sakashun at : 2008年05月25日 | コメント (2件) | トラックバック (0) List  

 
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