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木を通じて縄文気質を考える

縄文時代の気質とは何か?
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「国際派日本人養成講座」の「国柄探訪:地球を救う自然観」 [1]の抜粋の中の木を巡る意識を通じて縄文時代の気質とは何か?を考えて見ます。以下は抜粋です。尚、この抜粋先の投稿は日本人の気質を示しており全文を一読して見て下さい。
■4.木も人も自然の分身■
 木が命を持ち、その命を大切にしようという姿勢は、木も人も、
自然の中で生かされている「生きとし生けるもの」の同じ仲間だと
いう考え方に基づく。
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木は物やありません。生きものです。人間もまた生きもので
すな。木も人も自然の分身ですがな。この物いわぬ木とよう話
し合って、生命ある建物にかえてやるのが大工の仕事ですわ。
木の命と人間の命の合作が本当の建築でっせ。
 わたしたちはお堂やお宮を建てるとき、「祝詞(のりと)」
を天地の神々に申上げます。その中で、「土に生え育った樹々
のいのちをいただいて、ここに運んでまいりました。これから
は、この樹々たちの新しいいのちが、この建物に芽生え育って、
これまで以上に生き続けることを祈りあげます」という意味の
ことを、神々に申し上げるのが、わたしたちのならわしです。
[7,p53]
 こうした大工達によって、法隆寺として生まれ変わった檜は、1
300年以上もの長きにわたって、人々から仰ぎ見られ、仏教学問
の中心として活躍したわけである。檜もさぞや本望であろう。
 それに比べ、現代の車やテレビは、せいぜい10年、ビルなども、
数十年程度で壊され、廃棄物として土中に埋めてられてしまう。人
間の勝手次第で、どれだけの自然の命が粗末にされている事か。


■5.神々の立ち並ぶ姿■
 巨大な木造建物には、大きな檜がいる。薬師寺の伽藍を再建した
時にも、直径2メートル、長さ15~20メートルの原木が必要と
なった。これだけの大きさになるには、樹齢2千年以上を要する。
西岡棟梁は言う。
 今から二千年、二千五百年前といいましたら神代の時代で
っせ。
 こんな樹齢の檜は、現在では地球上には台湾にしかありま
せんのや。実際に台湾の樹齢二千年以上という檜の原生林に
入って見ましたら、それは驚きまっせ。それほどの木が立ち
並ぶ姿を目にしますと、檜ではなく神々の立ち並ぶ姿そのも
のという感じがして、思わず頭を下げてしまいますな。
[6,p25]
 おそらく、古代の日本もこのような姿であったのだろう。我々の
祖先達は、棟梁と同様に、神々しい檜の原生林に頭を垂れ、同様に
祝詞をあげて、法隆寺や伊勢神宮、出雲大社などの建設にかかった
に違いない。
 最近、縄文時代の巨木遺跡が各地で発見されて話題となっている。
縄文の人々が、単に木の実や貝を拾って食べていたというイメージ
は大きく転換され、巨木建築を中心に大規模な集落を作り、また遠
地との交易も発達していたことが明らかになってきた。
 考えてみれば、法隆寺や出雲大社のような高度な木造建築が出現
するには、数百年、数千年という長年の技術蓄積があったはずであ
る。縄文時代の巨木文化が、そのまま継承されて、法隆寺などの木
造建築に生かされ、さらに現代日本人の自然観のバックボーンとも
なっていると考えてよさそうである。

■6.地球を救う自然観■
 世界有数の近代科学技術大国が、同時に世界第二位の森林大国で
あり、同時に古代からの自然観をいまだに根強く持っている、とい
う事は、世界史における奇跡と言ってよい。
以降は省略
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抜粋終わり。
精霊と共に活きて来た縄文人=日本人が見えて来ます。

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