2008.08.06
シュメールの余剰穀物、どこと交易してた?
ちわわさんの7月8日の記事で、シュメールが灌漑技術で手に入れた余剰穀物
によって発展した様子がわかりました 😀
この地域は降水量
は少ないのですが、
温暖
なため用水が確保されれば驚くほどの収量を上げることが出来たのです

このように、水をコントロールしたことで手に入れた大量の余剰穀物を手に、シュメール人は交易を始めます。
さて、その大量の余剰穀物、一体どこでどのようなものと交換されていたのでしょう

続きはいつものクリックの後で・・・・

posted by pingu at : 2008年08月06日
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2008.08.05
文字の誕生②~トークンから絵文字へ【前編】~
こんばんは、カッピカピです。
みなさん、お待たせしました。文字の誕生シリーズの第2回目です。タイトルはズバリ、『文字の誕生②~トークンから絵文字へ~』です。
第一回を見逃してしまった人は、ぜひ、『文字の誕生①~記録の必要性から文字が生まれた~』を読んでから、今回の記事を読んで下さいね。
それでは、はじまりです。っとその前に、いつものポチッをお願いします。
続きを読む "文字の誕生②~トークンから絵文字へ【前編】~"
posted by hi-ro at : 2008年08月05日
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2008.08.02
人格神信仰の始まり~古代中国~
中国最古の都市国家が成立していた紅山文化では、大規模な祭祀センターの形跡があり、遺跡からは、女神像と、熊、猪、巨鳥崇拝を表す塑像や、大規模で複雑な建築物も発掘されています。
それぞれの信仰対象から、その宗教的特徴を取り出してみると、
女神 → 母系集団
熊、猪 → 狩猟民族
鳥 → 天・太陽への信仰
これだけ見ると、なんでもありな感じで、なんだかよく分りませんね。
実は人類の信仰対象は、段階的に移り変わっていく様です。
諏訪春雄さんのHPに、こんな記事があったので紹介します。

この写真は、現在の中国内モンゴル自治区に位置する紅山遺跡のものです。
posted by maeyan at : 2008年08月02日
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2008.08.01
新説「古墳はビビらす為に作られた!」
こんばんわ!
古墳は何の為に作られたのか? ![]()

古墳は3世紀後半から7世紀まで北海道、東北地方、沖縄を除く各地に作られました。
その数は夥しく近畿、関東、九州と凡そ人の居たところには古墳ありという状況です。
またその形も方形、円形、前方後円とさまざまで同じように古墳文化が発達した中国、朝鮮に比べてその数も規模も形態も著しく突出しているのです。
これは何を示すのでしょうか?なぜこんなに古墳が作られたのでしょうか?
①中国、朝鮮の文化伝来説~古墳は日本で作られる前から中国、朝鮮にあった!
②日本オリジナル説~前方後円墓は中国にも朝鮮にもない!
しかし
これは現在の考古学の世界でも諸説がありまだ明らかになっていません。
というかこの時代にこれだけの古墳ができたのは謎であるとさえ言われています。
ではなぜ古墳はこれほどまでに作られたのでしょうか?
今日はこの問題に切り込んでいきたい 8) と思います。
ランクアップの為に↓応援クリックよろしくお願いします。
posted by tano at : 2008年08月01日
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2008.07.31
弥生・古墳時代頃までの朝鮮の概況
こんばんは。
最近、弥生・古墳時代についてのエントリーが増えてきていますが、朝鮮から日本に渡って来た人達を知る上で、同時代までの朝鮮の歴史について、少し調べて紹介しようと思います。
■考古学上の時代
●前期旧石器時代
出土品の年代測定から、最も古い旧石器時代の発見は、約30万年前の全谷里(チョンゴンニ)遺跡といわれています。しかし、さらに遡る55万年前の石器が万水里(マンスリ)遺跡から見つかっています。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/071124/acd0711242200003-n1.htm

<発見された石器>
上記記事にも書かれていますが、推定年代が正しいとすると、北京原人と同時代ということになり、かなり古い時代から朝鮮半島に人類が進出していたことになります。この時代に日本が大陸と陸続きではなくなるのが、およそ50万年前だから、食料となる大型動物等を追いかけて、陸続きの日本列島にもやってきた可能性もありそうです。
●後期旧石器時代
3万5000千年前~1万年前までの期間。現代の人類に繋がる人類が登場してきた時代。この時代の遺跡は朝鮮半島でも多く存在するようです。
様々な石器が発見されているが、特に日本との関係で言うと、日本では主に北で見られる湧別技法と同じ技法で作られた細石刀が、約1万4000年前頃、朝鮮半島でも発見されています。
湧別技法で作られた替え刃式の石器とは
北海道が完全な島となる以前,14000年ほど前になると,細石刃とよばれる,新しい石
器が,作られるようになります。
細石刃とは,長さ3~4cm,幅5mmほどの,剃刀のような鋭い刃の小石器で,木の棒や
動物の骨で作った軸に1列に埋め込み,ひとつの大きな刃とするもです。
細石刃が作られるようになると,同じ大きさの原石から沢山の細石刃を作ることができ,と
ても効率がよくなりました。
それに,それまでの石器は,刃こぼれすると,使えなくなるが,細石刃だと,刃こぼれした
部分だけ新しいのと取りかえれるから,また使える。
細石刃の製作は,西日本でもはじまったが,中心は北海道だった。北海道には,石器の原材
料となる黒曜石が豊富にあったからだと考えられます。
特に湧別川流域では,高度な細石刃製作の技術が発達し,これを湧別技法という。
湧別技法とは,まず長さ10cmの黒曜石を,木の葉や鰹節のような形にととのえる。それ
を縦の方向に2つに割り,船底型の石核を作る。それを薄く打ち割って,いくつもの細石刃を
作りだすというものです。
http://x.iwa.hokkyodai.ac.jp/~kamisibu/katudo/kyousitu/6/gaku/akih/ainu_j.html#05
さらには、朝鮮半島の南内陸部の谷沿いにある古礼里遺跡からは、剥片尖頭器が発見されている。同じものは日本の九州で集中して発見されていることから、朝鮮半島から渡った石器であると推定されています。
噴火後の九州では,新たな石器として剥片尖頭器という槍状の石器が登場します。南九州でも近年数多くの遺跡からこの剥片尖頭器が出土しており,前山遺跡からも相当数出土しています。そしてこの石器は,朝鮮半島にそのルーツが求められるともいわれ「海を渡った剥片尖頭器」とも呼ばれています。
シラスの上層から出土する剥片尖頭器は,海水面が低くなり幅が狭くなったとはいえ海流が激しく荒ぶる朝鮮海峡を,旧石器人達が勇敢に丸木舟を操って行き来したあかしなのでしょうか。
http://www.jomon-no-mori.jp/no25.htm

<前山遺跡の剥片尖頭器>
約2万5000年前、朝鮮半島から剥片尖頭器の制作技術を持った人々が、九州や本州西端にやってきて伝えたもものと考えられています。
次は、古朝鮮についてです。
続きは、クリックの後で!!
posted by yuyu at : 2008年07月31日
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2008.07.30
縄文土器の変遷 その1
縄文時代は土器の様式により草創期・早期・前期・中期・後期・晩期に区分されています。
当ブログでも「 縄文時代はなんで土器で区分されているの? 」で投稿されています。
この投稿に各時代の代表的な土器と写真がありますのでご覧下さい。
今回は各時代をもう少し詳細に見ていき、土器の変遷とその時代の生活様式にも迫って見たいと思います。(この投稿は主に 比較文化史 というサイトから引用させて頂きました。)
ランキングアップにご協力願います。

posted by mukai at : 2008年07月30日
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2008.07.29
縄文~現代:日本が誇る13,000年の精霊信仰
今晩は、さーねです 😮 前回の縄文の精霊信仰~山岳信仰に引き続き、日本の精霊信仰に迫ってみたいと思います 
同じく、原初的山岳信仰の変遷を参考にしました。

秩父の神奈備山”武甲山”
応援よろしくです

続きを読む "縄文~現代:日本が誇る13,000年の精霊信仰"
posted by sawatan at : 2008年07月29日
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2008.07.27
インカの支配体制は?
ウィキペディアからお借りしました
婚姻制度の話から支配体制は
と問いかけがありました。
あれだけの広大な地域を支配したインカ。一体どのように支配したのでしょうか?
探ってみました。
さてどんな体制であったのか 
その前に
posted by dokidoki at : 2008年07月27日
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2008.07.26
インカの婚姻様式②~庶民の婚姻様式は?
こんばんは、saahです。前回のインカの国王の婚姻様式(リンク)に続き、今日は一般庶民の結婚についてみてみたいと思います。

とはいってもインカ帝国自体はもともとのインカ族のほかに、後にインカによって征服された他部族も多くいる為、ここでは『正当インカ族』の庶民(市民)の婚姻に絞ってみたいと思います。
今日も応援よろしくお願いします。
posted by saah at : 2008年07月26日
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2008.07.23
シュメール人の宗教って?~その1
こんばんは!
古代メソポタミアにおいて、人類最古の文明を築いたとされるシュメール人。
その彼らの、文明を築くほどの原動力とは何だったのでしょうか?
その原動力の一旦を垣間見るために、彼らの日常生活を調べていくうちに、宗教がかなりの影響を与えている可能性があり、そのため、彼らを取り巻く外圧と、それに対して彼らのとった行動を追いながら、“シュメール人の宗教”について調べてみることにしました。
続きは、下をポチッとして進んでください 
posted by jomon10 at : 2008年07月23日
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