2008.09.11
古代日本人の意識:「分け命」を示す 「まがたま」
「ヒスイ」は古代から象徴的なものに使われてきました。中国では代々の皇帝の象徴としての指輪に、マヤ文明では王のデスマスクに。序列のトップ=唯一人の「王」を示すものがほとんどでした。 

では日本はどうだったのでしょうか?写真の「まがたま」に秘密がありそうです。「まがたま」にはどのような意味があったのでしょうか?どうも「まがたま」が糸に結ばれていることが大切なようです。興味のあるかたはポチットお願いします。 ![]()
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posted by sakashun at : 2008年09月11日
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2008.09.09
埴輪の種類と役割
埴輪は古墳の上やまわりにたて並べられ、古墳を飾りました。種類も多くあり、役割もそれぞれにあったようです。
(参考サイト:芝山町立芝山古墳・はにわ博物館)

posted by dai1028 at : 2008年09月09日
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2008.09.08
長江文明崩壊の時⇒日本へ渡来?!
最近、るいネットでは「日本人の起源」についての追求が盛り上がってます
その中で、こんな投稿がありました。
世界規模の気候変動が4200年前に起きている。~この時期の流民が縄文人を形成した!?
安田 喜憲氏の著書「環境考古学が示唆する気候変動と人類の歴史・文明の興亡」を参考に書かれた投稿ですが、加えてこんな可能性もるいネットでは示唆されています。
江南人と日本人:::倭人とは何者か?1
江南人といえば、長江下流域にいた人々のことを指します。
今日は、気候変動の文明史
(同じく安田先生の著書より)から、長江文明で何が起こったか?調べてみました。
byさーね

日本人の可能性を探求しましょう! 
posted by sawatan at : 2008年09月08日
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2008.09.06
恐るべき弥生人の技術力
みなさん、かつて奈良盆地は湖だったというのをご存知でしょうか?
弥生人は、湖さえも農地にしてしまう恐るべき技術力を備えていたようです。
今回はそのすごさを紹介してみたいと思います。
縄文~弥生時代の奈良湖推定図を参照させて頂きました。

黒い家マークは縄文集落、白は弥生集落
黄色の円マークは古墳類、逆Uマークは銅鐸出土地。
標高から、青は古墳時代でも池であったと思われる部分です。
(その真ん中に「島の山」という古墳があります)
濃い青は飛鳥時代あたりでも湖であったと思われる部分です。
大和川への出口部分の1kmほどの河底が現在よりわずかに高かったとすれば、周辺から流れ込む小河川の水は奈良盆地に貯まって湖(水色部分)となります。
posted by naoto at : 2008年09月06日
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2008.09.04
シュメールの交易は神殿が牛耳っていた
前回、『シュメールの余剰穀物、どこと交易してた?』という投稿をしましたが、そこで「穀物は強制的に神殿に集められたものでしょう」というコメントをいただきました。
(ありがとうございます
)
そこで、今日はそのあたり調べてみました 😀
続きにいく前に応援クリックお願いします。

posted by pingu at : 2008年09月04日
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2008.09.03
文字の誕生③~絵文字から楔形文字へ~最終章
こんばんは、カッピカピ 😀 です。
ついに文字の誕生シリーズも最終回を迎えることになりました。
テーマはズバリ、「絵文字から楔形文字へ」です。なお、記事の本文及び画像については、古代オリエント文化を分かりやすく解説してくれている「オリエンタリア」というサイトから引用・要約して作成しています。
オリエンタリアさん、事後報告になりましたが、引用の許可をして頂きありがとうございました。この場を借りて、深く感謝いたします。

↑粘土板に描かれた楔形文字。
↓楔形文字だけを取り出すとこんな感じ。

画像は、オリエンタリアさんからお借りしました。
この三角と棒のかたまりが、ちゃんと文字になっているなんて不思議ですよね。ちなみにこの楔形文字、見た目がくさびに似ていることから「楔形文字」と名がついたそうです。(くさびとは材木を縦に割る道具のことです。↓)

楔形文字に慣れ親しんだとこで、本編のスタートです。
っと、その前にいつものポチッをお願いします。
posted by hi-ro at : 2008年09月03日
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2008.08.30
ミトコンドリアDNAとは【基礎知識】
人類や縄文人の起源を探究していると必ず出くわす『ミトコンドリアDNA』ですが、今回はこの基礎知識を押さえなおしておきたいと思います。
ミトコンドリアが明かす-ヒトの起源とアイスマンの子孫-を参照させて頂きました。
ヒトの体は、およそ60兆個の細胞で構成されているが、その細胞の一つ一つに核があり、核の中には両親から由来する二組の染色体が収められている。染色体は23対46本あり、DNA(デオキシリボ核酸)と各種タンパク質から出来ている。
posted by naoto at : 2008年08月30日
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2008.08.22
インカ帝国内における土地の所有形態から、蓄財意識は芽生えたのか?
今日はインカ帝国内における土地の所有形態と、そこから所有意識→占有意識、→蓄財は発生したのか?この点について再整理してみました。
ポイントは、土地の所有形態と、税の徴収の状況などから、支配層、庶民の蓄財や収奪の事実はどうだったのか、をみて行きたいと思います。
いつものように、しっかり応援ボタンを押してから次に進んでください♪
続きを読む "インカ帝国内における土地の所有形態から、蓄財意識は芽生えたのか?"
posted by saah at : 2008年08月22日
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2008.08.21
古代オリエントの交易 海上編
こんにちわちわわです。
古代オリエントの交易編!今回は海上交易に焦点をあててみます。
アッカド王朝がメソポタミアを統一した前2300年頃から、「ディルムン」「マガン」「メルッハ」という国の名前がさまざまな文書に登場するようになります。
たとえば、初代サルゴン王の碑文には「メルッハの船、マガンの船、ディルムンの船をアッカドの波止場に停泊させた」とあります。「ディルムンの舟をその土地まで動かした、マガンの舟に天高く荷を積んだ」「メルッハから金、銀、銅、紅玉髄、黒檀などがもたらされた」などと記した文献もあります。

3つの国のうち、ディルムンは、「下の海」とよばれたペルシア湾に浮かぶバーレーン島。マガンはさらに東、現在のアラブ首長国連邦やオマーンにあった諸都市。ここでは銅を産出していました。メソポタミアからの距離は、ディルムンは700km、マガンまでは1300kmもあります。
そしてメルッハ国は、ペルシア湾を出てさらに東、インダス川流域やアラビア海沿岸の都市だとみられています。メソポタミアからは実に3000kmも離れています。
はたして、当時の船や航海術で、これほどの遠距離航行が行えたのでしょうか?
おもしろい実験をした人がいます。その前に↓↓ぽちっと!
posted by staff at : 2008年08月21日
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2008.08.20
シュメール人の宗教って?~その2
こんばんは!!
前回からだいぶ日が経ってしまいましたが、シュメール人の宗教観について、その1で、彼らは自然の中に神々を観、その神々の意思を探り始めるまでを追ってきました。
今回は次いで、彼らが自然の中に神々を見出して、たどり着いた先とは?
について追っていきたいと思います。
続きは、下をポチッとしてからお願いします 
posted by jomon10 at : 2008年08月20日
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