2007.08.22

3万年も前に神津島と伊豆半島で交易があったってホント?

こんばんわ。黒曜石のtanoです。
黒曜石は生産地が限られており、貴重な贈与品として古来から集団間を行き来してきました。
その最古の記録が3万年以上前に伊豆諸島にあります
。「黒潮圏の考古学」さんに掲載されていました。伊豆諸島の中に黒曜石の有名な産地として神津島があります。
神津島産黒曜石の交易:約3万2千年前頃、東京・武蔵野台地の旧石器遺跡から、約180Km南の太平洋上に浮かぶ伊豆諸島・神津島産の黒曜石を使用した石器類が発見されている。本州島(伊豆半島)と神津島の間には海深200m、幅30Km以上の海が横たわっており、この島の黒曜石を入手するには渡航具(筏、丸木舟)を使用した海上航行が必要であった。
エッ、まさか3万年前に既に黒曜石が流通していたの? 神津島の黒曜石は交易なのか贈与なのか?
はたまた単なる採掘なのか?3万年前に遡って検証してみたいと思います。 😀
%E7%A5%9E%E6%B4%A5%E5%B3%B6.png
少しまって↓ポチッ
Blog Ranking にほんブログ村 歴史ブログへ

 にほんブログ村 歴史ブログへ

続きを読む "3万年も前に神津島と伊豆半島で交易があったってホント?"

posted by tano at : 2007年08月22日 | コメント (5件) | トラックバック (0) List  

2007.08.21

縄文の土笛

縄文というと「まつり」のイメージが強いのですが、縄文人はどのように楽器を使っていたのでしょうか?
私の縄文音楽雑記より
《抜粋》
土笛は、土器鼓、土鈴とともに「縄文の三種の神器」だそうですが、どんなに優れた笛だとしても、しょせん土笛は土笛。
素朴で温かみがある音色だとしても、演奏すれば、こもった音の単調な調べが繰り返されるだけだろうと想像していました。
%E7%B8%84%E6%96%87%E7%AC%9B.jpg
応援よろしくお願いします 🙄
Blog Ranking にほんブログ村 歴史ブログへ

 にほんブログ村 歴史ブログへ

続きを読む "縄文の土笛"

posted by naoto at : 2007年08月21日 | コメント (2件) | トラックバック (0) List  

2007.08.19

縄文ー古代通信NO5(19年8月号)

みなさん、こんばんは。Hiroshi :roll:です。
8月に入って、やたら暑い 日々が続きましたが、みなさんお元気でしょうか?ボクは、くそ暑さからアイスクリーム やら冷たい飲み物の誘惑に負けて、パクパク摂っていたら、おなかをこわしてしまいました 😥 。
まずはポチッ→
  Blog Ranking   にほんブログ村 歴史ブログへ

 にほんブログ村 歴史ブログへ

続きを読む "縄文ー古代通信NO5(19年8月号)"

posted by ihiro at : 2007年08月19日 | コメント (4件) | トラックバック (0) List  

2007.08.18

雑誌ソトコト 9月号p107-9

4-5月に南アフリカのクラシーズ河口洞窟にいってきた写真と記事を、現在発売中の雑誌ソトコト 9月号に掲載してもらいました。
写真もたくさん使ってもらいましたので、どうかご一読ください。
得丸公明

 にほんブログ村 歴史ブログへ

続きを読む "雑誌ソトコト 9月号p107-9"

posted by tokumaru at : 2007年08月18日 | コメント (1件) | トラックバック (0) List  

2007.08.17

インカの国家統合(武力・信仰・性)

これまでの記事で、インカのミイラと精神世界、国家統合がおぼろげにわかってきました。
インカ部族が諸部族を統合する際に、武力による統合ばかりでなく信仰を統合したという事ですが、実はもう一点気になりはじめた事があります。
インカは諸部族集団の統合の要である性関係にまで立ち入っていた点です。

↓ポチッとお願いします。
Blog Ranking
にほんブログ村 歴史ブログへ

 にほんブログ村 歴史ブログへ

続きを読む "インカの国家統合(武力・信仰・性)"

posted by nandeya at : 2007年08月17日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2007.08.17

縄文時代“塩”はどこからどうやって採取してたのか?

いやー、ここ数日ホントに暑いですね~。北海道では建物の(防災機器)熱感知器が数百件も誤作動したそうですね。また15日には群馬県の館林で40℃を超えたとか・・・。全国では毎日数百件も熱中症で病院に運び込まれている患者がいるそうです!みなさんも熱中症にはくれぐれも気をつけてください。
032.jpg
ちなみに・・・、熱中症対策としては“失った水と塩分を取り戻す”ことが重要ですよ。
汗は体から熱を奪い、体温が上昇しすぎるのを防いでくれます。しかし、失われた水分を補わないと脱水状態になり、体温調節能力や運動能力が低下してしまいます。暑いときにはこまめに水分を補給しましょうね。また、汗からは水と同時に塩分も失われてしまいます。塩分が不足すると熱疲労からの回復が遅れますから水分と同時に塩分の補給が必要ですよ!覚えておいてくださいね!!
と、前置きが長くなりましたが、そろそろ本題に入りましょうか・・・。
その前に、これ↓クリックお願いしますね!
Blog Ranking にほんブログ村 歴史ブログへ

 にほんブログ村 歴史ブログへ

続きを読む "縄文時代“塩”はどこからどうやって採取してたのか?"

posted by mrran at : 2007年08月17日 | コメント (1件) | トラックバック (0) List  

2007.08.16

大英帝国の基礎を築いた海賊

 ちょっと唐突かもしれませんが、今回はいきなり15~16世紀のイギリスにやってきてしまいました。
イギリスは、7つの海を支配したと言われましたが、当初は海賊を利用して世界の海に乗り出し、そしてスペイン無敵艦隊を撃滅して制海権を握っていきました。
・・・・“ヨーロッパの基層:ヴァイキング=海賊が支配層を形成した”の続編です。以前中途になっていた市場の主役と形成史を扱いつつ、折を見て中国の記事も書きたいと思います。
→まずは、 Blog Ranking   にほんブログ村 歴史ブログへ
%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%AF%EF%BC%881543%E9%A0%83-1596%EF%BC%89.jpg
フランシス・ドレーク(1543頃-1596)

 にほんブログ村 歴史ブログへ

続きを読む "大英帝国の基礎を築いた海賊"

posted by ihiro at : 2007年08月16日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2007.08.16

弥生時代の戦争は、近隣の集団どうしが戦った

😀 くまなです
前回の投稿弥生時代の戦争は、北部九州から玉突き的に各地に広がったの続きです。
戦争による遺物(刺さった武器とその産地)から、各地で戦ったのは、同じ地域の集団同士であることがわかります。そこからは、一部の集団が侵略したのではなく、戦争の圧力が玉突き的に各地に広がっていったということを示します。

九州北部の場合、遺骸に突き刺さった武器は、ほとんどが磨製石剣・石戈(か)、または青銅の短剣などの金属製武器だ。磨製の石剣や石戈は、材質から形から、まずまちがいなく九州北部産といえる。青銅の短剣は、中国・四国や近畿にもあるが、圧倒的に普及率が高いのは、やはり九州北部だ。首を切るときに使ったと思われる鉄の刀も、この時期には、おそらくこの地方にしかないものだろう。九州北部の戦死者・戦傷者は、九州北部の人間の手によるものと結論できる。
他の地方はどうだろうか。岡山市清水谷遺跡の木棺に眠る人物に射ち込まれたらしい二十本の打製石鏃は、柳の葉の形になかごがついたタイプで、香川・金山産のサヌカイト製であることから、岡山平野で作られたものとわかる。射ち込んだのは、おなじ岡山平野の人間だろう。
大阪府四條畷市の雁屋遺跡の木棺から出た十二本の打製石鏃も、この地方によくあるタイプで、二上山のサヌカイトでできている。奈良市に四分遺跡の女性に刺さった打製石鏃もそうだ。さらに、京都市の東土川遺跡の遺骸に刺さっていたと思われる七~八本の磨製石剣は、指した相手の出どころを、さらに細かくしぼりこめる資料だろう。磨製石剣を多く使うのは、近畿でも京都盆地あたりにほぼ限られるからだ。東土川の交戦相手は、おなじ京都盆地にいた可能性が高い。
このように見てくると、弥生時代の第二期抗争は、おなじ地域内、ことによっては同じ平野や盆地のなかの、ごく近いところに集落を営んだ集団どうしの争いだったと考えられる。同じ知己の中の利害を争う、近隣どうしの戦闘だったのだ。

では、戦争に際して縄文人はどうしたのでしょうか?
続きのまえに ポチっと応援よろしくお願いします。
Blog Rankingにほんブログ村 歴史ブログへ

 にほんブログ村 歴史ブログへ

続きを読む "弥生時代の戦争は、近隣の集団どうしが戦った"

posted by kumana at : 2007年08月16日 | コメント (4件) | トラックバック (0) List  

2007.08.15

現代における縄文人、弥生人のDNA分布

こんにちは!ベジ紀です
今回は縄文人、弥生人と同じDNAをもつ人々が現在はどのあたりに多く住んでいるのか?がちょっと気になりましたので調べてみました。

現在はまだ、縄文人と弥生人を合わせて100体あまりのDNAしか解析されていませんが、その現状の結果を知ることができましたので、お伝えします。
続きはポチッと押してからヨロシク!↓
Blog Ranking
にほんブログ村 歴史ブログへ

 にほんブログ村 歴史ブログへ

続きを読む "現代における縄文人、弥生人のDNA分布"

posted by jomon10 at : 2007年08月15日 | コメント (7件) | トラックバック (0) List  

2007.08.14

インカにおけるミイラの役割-ミイラシリーズのまとめ-

こんにちわ 😀
今回はインカのミイラシリーズについて、そのまとめをしてみたいと思います
%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3.jpg
 インカのミイラシリーズ1.2.3と探索してきましたが、これらは一つの精神世界として繋がるようです 🙄
今回も、ポチットお願いします
Blog Ranking にほんブログ村 歴史ブログへ

 にほんブログ村 歴史ブログへ

続きを読む "インカにおけるミイラの役割-ミイラシリーズのまとめ-"

posted by bunbun at : 2007年08月14日 | コメント (1件) | トラックバック (0) List  

 
Secured By miniOrange