2007.09.05
火山活動から日本列島の成り立ちをみる~続編
さて、前稿に続き火山の歴史です。
火山のHPを回って検索してみました。
少しまって↓ポチッ
posted by tano at : 2007年09月05日
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2007.09.05
火山活動から日本列島の成り立ちを見る。
: こんばんわ。tanoです。
前回、3万年も前に神津島と伊豆半島で交易があったってホント?を投稿した際にmさんから>では火山活動のデータなどを探索してみる価値はありますね!というコメント(課題)をいただきました。 🙂
そこで今回は標題のテーマでひとつ投稿してみたいと思います。 
日本には火山が200あります。活火山はその内100ほど、(活火山とは1万年以内に火山活動があったという定義になっています)実に多くの火山を持つ日本列島はその形成の歴史は火山と共にあるとも言えます。まずは日本列島の形成過程と火山活動の歴史を追いかけてみます。

少しまって↓ポチッ
posted by tano at : 2007年09月05日
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2007.09.04
もう一つの日本列島史
北海道においては、縄文時代→続縄文時代→擦文時代→アイヌ文化の流れをたどったと理解していたのですが、それだけではないと分ってきました。
もう一つの日本列島史より

本州では、弥生文化が全国に広がり、縄文時代が終わりを告げました。
一方、北海道では、本州の古墳時代の終わり頃、突如として「オホーツク文化」が姿を現し、忽然と姿を消していきます。
「オホーツク文化」って何?と思われた方は、ぽちっとお願いします。
posted by naoto at : 2007年09月04日
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2007.09.02
ユダヤ5000年の教え:“お金”のことわざより
こんばんは、Hiroshiです。
今日は、お金のことわざについて。それも、世界の富を動かすユダヤの人々のお金に関することわざについて調べてみました。彼らのお金への意識が見えてきます。

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posted by ihiro at : 2007年09月02日
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2007.09.01
教科書では教えてくれない中国年表
るいNETWORK掲示版の「黄河文明と長江文明」の有用な投稿を、頭を整理する為に1枚の年表にまとめて見ました。各々時代の投稿内容が、実に良く連関していることが分かってきました。
中国の歴史を知りたい方は是非、見てください!!!みたい方はポチッと押してね!
![]()
posted by sakashun at : 2007年09月01日
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2007.08.28
日本の神道や仏教が根底に持っている思想とは何か②
どーも、○です 
以前、ちわわさんが投稿されていた『日本の神道や仏教が根底に持っている思想とは何か。』に、気づかされたことがありまして、今回は勝手ながら続編を投稿しようと思います 
さて、ちわわさんの投稿に
「その原型を見ることが出来るアイヌでは、人間と動物に本質的な区別はなく、動物も植物も天の世界では人間と同じ姿格好をして、人間と同じ生活をしており、動物も植物もたまたま人間の世界に現れたときに、熊は熊になり、木は木になるに過ぎないといいます。本来皆平等なのです。人間同士の平等どころか、人間と動植物も平等なのです。」
とありましたが、日本人は動植物ばかりでなく、命なき物にも魂があると考えていました。
例えば、雷
が鳴れば
「誰かの怨念だ」
(菅原道真公の話は有名ですね)
とかね。
それ以外にも、あらゆる自然災害を神(精霊)の仕業としたり、とにかく何でもかんでも「人間以外の何者か」の存在を意識していたんですね。
・・・とまぁ、これまでは読者の皆様なら誰もが
「何を今さら
」
と思われることだと思います。
でも
それだけじゃないんです・・・
続きの前にポチッとな 
![]()
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posted by maru at : 2007年08月28日
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2007.08.26
東インド会社:インドや中国という古代的国家を収奪・解体した怪物会社
やや近代に深入りしていきます。インドや中国という古代文明的な国家が、欧米の商人勢力に安々と侵食され、植民地化されていった事実を探ってみたいと思います。
大英帝国の基礎を築いた海賊の続きです。
大英帝国は、イギリス女王お墨付きの海賊が、スペインの無敵艦隊などを追い払い、世界の海の制海権を握っていきます。
その後インドやアジア方面で、実際に交易を行っていったのは東インド会社などの商業会社でした。その今で言えば商社が、アジア方面の植民地化の端緒を開いていきます。
まずは、応援お願いします。

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posted by ihiro at : 2007年08月26日
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2007.08.25
縄文人の故郷、スンダランド
😀 くまなです。
縄文人のふるさとと思われるスンダランドについて調べていたら、日本人の起源についての記述がありましたのでご紹介します。
まず、予備知識として…
縄文人の遥か祖先、始原人類は500~700万年前に出現し、180~150万年前にはユーラシア大陸に進出し、40~50万年前には北京原人やジャワ原人として存在しています。その頃、旧人がアフリカを出て、10万年前頃には東アジアまで到達します(図1)。ただし、それら原人や旧人は絶滅しています。縄文人につながる現生人類(新人)は15~10万年前頃にアフリカを出ます。
図1:原人・旧人の拡散

(九州大学ミュージアム「モンゴロイドの形成」よりお借りしました。人類発祥は最大700万年前に遡る可能性があります。)
図2:現生人類(新人)のスンダランドへの道のり
(サイトJOURNEY OF MANKINDよりお借りしました。なお、新人の骨は南アフリカから発見されている⇒参照日本人はるかな旅展)
図2によると、現生人類の祖先(新人)は9万年前頃に紅海を渡り(既に船を利用か)、海岸線沿いに移動し、8~7万年前頃には東南アジア(スンダランド)から東アジアに到達します。 彼らがモンゴロイドを形成します。モンゴロイドは、北方に移動する人々とスンダランドにとどまる人々に別れ、それぞれの気候・風土に合わせて適応します。北方適応した人々を新モンゴロイドと呼ぶのに対して、南方にとどまった人々を旧モンゴロイドと呼びます。
図3:スンダランド

(図はサイト米と酒と鳥と貝よりお借りしました)
スンダランド(Sundaland)とは、現在タイの中央を流れるチャオプラヤー川が氷河期に形成した広大な沖積平野で、現在ではタイ湾から南シナ海へかけての大陸棚として海底に没している。72000年~16000年前頃の氷河期には海面が100メートル程度低く陸地で、14000年前~6000年前にわたる海面上昇により海底に没した。
スンダランドのモンゴロイドが、数万年に亘っていくつかの経路から日本列島に到達し、混血してできたのが縄文人といわれています。
続きの前に、
ポチっと応援よろしくお願いします。
posted by kumana at : 2007年08月25日
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2007.08.24
琉球の交流の歴史~概要編
少し前、etoさんも取り上げられていましたが、本土とは違った歴史を歩んできた琉球について、なかなか面白そうなので、少しだけ紹介してみようと思います。
http://www.kodai-bunmei.net/blog/2007/06/000234.html
琉球というと、古琉球という時代区分に当たる、琉球王国の時代に象徴されるように、中国(明)との朝貢貿易を主軸に、北は日本、朝鮮から、南はシャム・マラッカ・ルソンなど東南アジアの港史国家との中継交易を盛んにおこなっていたことが思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
http://www2.ocn.ne.jp/~bunmei54/jyankkoekitoriyukyu.htm
このように、地理的には、199余りの島々から構成される琉球弧とよばれる地域には、連なる島々を行き交うように、琉球王国以前からも、周辺地域との交流の歴史があったようです。

<琉球弧の島々>
簡単に、時代を遡る形で、その痕跡の歴史を振り返ってみたいと思います。
ぽちっとしてください。
posted by yuyu at : 2007年08月24日
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2007.08.23
旧石器時代に使われた磨製!?石斧
こんばんは
bunchanです
今日は石器のお話です。 
旧石器時代には打製石器 http://db.gakken.co.jp/jiten/ta/303850.htm
新石器時代には磨製石器 http://db.gakken.co.jp/jiten/sa/219320.htm
石器を磨くようになったのは単純に新石器時代からなんだ~
と理解していました。そして旧石器時代と新石器時代の分かれ目は12000年前です。http://ao.jpn.org/kuroshio/widechrno.htm
と こ ろ が です・・・
1968~70年頃から東京・武蔵野台地を中心に、旧石器時代遺跡の大規模発掘が頻発し、1973年(昭和48)栗原遺跡で刃部を研磨した立派な磨製の斧形石器が発掘された。出土層準は立川ローム第X層中であった。同じ頃、千葉・三里塚55地点遺跡でも同層準から磨製例が出土し注目された。この厚く堆積した関東ローム層準から、確かな年代的裏付けをもって発見された「磨製石器(斧)」の登場で、旧石器時代に磨製石器が存在する事実は疑う余地がなくなってしまったのである。
日本の旧石器文化の磨製石斧は、不思議なことに3~4万年前に集中し、その後は草創期にならないと出現しない。つまり現在「世界最古」の磨製石斧であり、さらにこの磨製技術は日本で独自に発明された可能性もある。

旧石器時代の磨製石斧(小田静夫)より参照・引用させていただきました。
なぜ石斧は磨かれたのでしょうか? 🙄
ぽちっとしてから次にいきましょう~
posted by bunchan at : 2007年08月23日
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