2007.11.01
縄文人は自然と一体だった
😀 くまなです
これから数回にわたって「縄文人の精神世界」をテーマに、そこから派生するであろう思想、言語、祭り、土偶などに関して追求し、その全貌を明らかにしていきたいと考えています。
縄文時代は1万年ものあいだ続きました。その基底部には、自然を畏れ敬う精神世界があったと言われています。
現代人は、自然の摂理を冒涜し、地球環境を破壊し続け、滅亡の道へまっしぐらです。
そのような現代人が、自然の摂理に適った生き方・考え方をつかむ上で、縄文人の精神世界が参考になるのではないでしょうか。

縄文人は、どんな世界観を持っていたのか?
そこに同化し、つかむことが出来れば、すべてが繋がっていく可能性があります。
精神世界をつかむ上で重要なのが、置かれた外圧状況の把握です。
その前に、ポチっと応援よろしくお願いします
posted by kumana at : 2007年11月01日
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2007.10.31
縄文の超集団統合は、北方民族から取り入れられた手法か?
三内丸山遺跡などでも有名だが、ストーンサークルと呼ばれる遺構は、北海道から東北地方に集中している。
図・写真は「大湯ストーンサークル館」より引用

これらの遺跡は約3,500~4,000年前にできたと言われているが、何故、この時期に現れ、しかも、北方にしか発達しなかったのか?
また、当ブログでもnaotoさんが「縄文人にとってお墓とは何だったのか?」でも述べていますが、
>彼らが望んだのは、集団の永続的な安定と繁栄。成員の死に際しても、個人の死→埋葬という行為を超えて、集団の共同行為として墓制をとったのではないでしょうか?
と言うように、何故、この時期に集団統合力を強める必要があったのか?
考えれば考えれ程、ますます疑問が湧いてくるばかりです。
なんで?と思った方はポチッとお願いします。
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posted by simasan at : 2007年10月31日
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2007.10.30
マヤ・アステカの生贄は、なんで? パート2
前回の記事で、マヤの生贄はメキシコのトルテカ族によってもたらされたものらしいという事がわかってきましたが、そもそも一体なぜ生贄なのか?ここに迫ってみたいと思います。 🙄

マヤ・アステカの生贄の特徴は、
1.血液を放出する事(王族の放血儀礼:王は性器、王妃は舌を傷つけて同時に血を流す)
2.心臓を抉り出す事(生贄:生きたまま心臓を抉り出し、神殿の階段の上から血の飛び出る心臓を転して落とす)
このように、血液を重視した彼らの精神世界が垣間見れる「神話」をたどってみる事にします。
posted by nandeya at : 2007年10月30日
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2007.10.30
著書『縄文「ムラ」の考古学』からの新たな視点
こんばんわ 😀
縄文担当のtanoです。
このブログも最近マヤ、中国に押されて日本(縄文)の影が薄くなってきています。 🙁
ということで、私のグループではしばらく縄文時代を分野毎に追求していくことにしました。 
今日はその第1弾です。

最近読んでいる本で縄文「ムラ」の考古学という著書があります。川崎 保氏という長野県立歴史館専門主事学芸員の方が執筆・編集されています。⇒一部をネットで見れます
この本は長野県の縄文遺跡を長く調査してきた川崎氏がご自身の研究成果としてまとめられただけでなく、縄文時代のムラを長野県の遺跡を下敷きにして道具、居住、交流、男女の役割等の観点で再現しようとする壮大な試みです。
この書の優れている点は考古学的データーだけでなく考古学に長年触れてきた著者の直感や仮説が各所に展開されている点です。今日は考古学資料の転載まではできませんが、著者の捉えた縄文時代のムラのありようについて連続シリーズでいくつか紹介してみたいと思います。(著者の川崎氏には大変申し訳ないのですが、紙面の都合で一部私の文章でまとめなおしている部分があります)
「縄文ムラの誕生」
定住とはなんだろうか?竪穴式住居跡があってもそこに連続して住んでいたという根拠がなくてはならない。住居の中に石や炉があったとしても定住化への発展的段階である可能性も残る。やはり定住的という以上は住居跡群に明確な特徴が必要になる。直線的や環状配置など明確な意図をもって人間集団が構成されていることを定住的と呼べなくもない。しかし最も目安となるのが「モニュメント」や「ランドスケープ」を持ってムラが形成されている場合である。
モニュメントって何?と思った人ポチッと。
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posted by tano at : 2007年10月30日
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2007.10.29
マヤに統一国家が存在しなかった理由~逆の理由から検証してみる
![]()
前回(リンク)マヤにおいて2000年もの間統一国家が発生しなかった原因と思われる説を5つあげました。 
今日はその続きです。
前回の原因の中でも特に、地理説、私権性が弱い、外圧が弱かった等の理由の重なったものあたりが有力な気がします。 
そこで、今日は一転統一国家が出来上がる要因は何か、逆の過程を考えながら、統一国家が出来たメソポタミアと、中南米では何が違ったのかを比較検証してみたいと思います。 
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posted by saah at : 2007年10月29日
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2007.10.28
マヤ・メキシコの「生贄」は、なんで?パート1

(チチェン・イツァー 出典:ラテンアメリカ博物館)
こんにちは 
生贄にはまりつつあるbunbunです 
いままで、マヤの生贄について見てきました。生贄文化未経験の私としましては、なんで生贄?
・・・という疑問が常にあるのですが・・・改めて生贄が行われたのはなんで?を追いつつ更にはまって生きたいと思います。
はまりつつある方は(そうでない方も)是非、ポチットお願いします

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posted by bunbun at : 2007年10月28日
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2007.10.27
縄文:東北の華やかさの裏には「豪雪」という外圧があった
”日本列島の冬は、太平洋側の晴天とからっ風、日本海側の豪雪
に特色づけられる「トンネルを抜けるとそこは雪国」という風景が出現したのは、どうもこの一万年前の頃であるらしい”(環境考古学事始 安田喜憲著 洋泉社より)
今晩は、さーねです 😮 今回は「
雪
」。どうも、日本で豪雪地帯が出現したのは一万年前。ちょうど、縄文草創期にあたります ![]()
自然現象の中では、今も「雪」は結構な外圧。(東京ではすぐ電車が止まっちゃったりしますね 😡 )
一方、東北の縄文文化はこのブログでも取り上げられているように、時折すごいっ
と思わせるものがたくさんありますね。そんな文化の背景である外圧を前回に引続き、環境考古学的視点で迫ってみようと思います 😀

雪の三内丸山 
当時の人々の意識に迫ろう
😛 
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posted by sawatan at : 2007年10月27日
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2007.10.25
太古から希少価値の金
世界で始めて貴金属として扱われ、装飾品に使われてきた金。最古の歴史にあるものでは、古代シュメール人が紀元前6000年頃、すでに金装飾を用いていました。歴史上最も有名だと思われるものは、ツタンカーメンの墓 でしょうが、これは紀元前1300年代に作られたものとされています。
古代エジプトでは昔 から「金は高価で尊いものである」として珍重し、金は神が王に遣わしたものだとして、一般市民が金のかけらを持つことさえ禁じました。国民はたとえわずかでも、全てファラオに差し出すものと決められていたのです。
インカ帝国を支えていたのが、金の採掘ですが、スペインに滅ぼされてしまいました。 スペインは金を奪いつくして去っていき、その莫大過ぎる量(一説に5トンとも)が一気にヨーロッパに流通したおかげで、インフレを引き起こし、スペインの国力を弱めることになってしまいました。
基本的に、金というのはいつでも不足していて、希少性の高い金属です。なにしろ、金の埋蔵量は極端に少なく、1トンの金鉱石から3グラムも取れれば上出来という世界です。そこで、中世ヨーロッパでは他の金属から金を生み出す研究が盛んに行われました。これが有名な錬金術というものです。
残念ながら、金を作り出す事はできませんでしたが、錬金術から生まれたさまざまな技術が、現在の科学の始まりとなっています。
金ほしい!と思った方↓↓ぽちっと!
posted by tiwawa at : 2007年10月25日
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2007.10.25
縄文の宗教

「自然人は、どこでもアニミズム、つまり超自然的存在、霊的存在への信仰をもっている。」と、言われているように、彼等の一切の行為は、経済的行為にせよ、政治的行為にせよ、芸術的行為にせよ、呪術・宗教的行為との混融を示し、宗教は未開人の生活の根幹をなすとされている。
では、縄文の宗教観はどういったものだったのでしょうか??「縄文文化と現代」に詳しく紹介されていますので、抜粋します 😀
↓↓↓クリックして続きを読んでね。
posted by dai1028 at : 2007年10月25日
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2007.10.21
中国の特有の人間関係 「幇」
>・なぜ中国人は自己中=個人主義が強いのか?・・・・・ちょうどるいネットでも紹介されていますが、中国人は血縁の結束力は強いが、他に対しては出し抜くことばかり考えているという。その源流はどこにあるのでしょうか?中国文明のなんで?
こんにちは、Hiroshiです。
中国人の身内での結束力と、身内や親しい人以外に対しての割り切り、非情さ。その性質を巡って中国人に対する評価が、大きく分かれているように思います。
それを解く鍵・キーワードは、「幇」(“パン”または“ほう”)という言葉にあるようです。
★中国社会の構成は極く簡単にまとめると、
縦軸(血縁のつながり)として父系集団としての「宗族」があり。
横軸として仲間や連帯の契りを結んだ「幇」がある。
宗族についてはとりあえず、 「中国社会の基本構造:宗族と祖先崇拝・儒教」を参照してほしい。ここでは、主に「幇」について調べてみたい。
みなさん「幇」ってご存知でしょうか?僕なんかどうも青幇・紅幇なんかの秘密結社?とかを思い出してしまうのですが、どうも中国人至るところ「幇」ありという感じらしい。
たとえば、世界中に進出している華僑。華僑より>
華僑は「幇(パン)」という同郷同胞の連帯組織を作り、相互扶助を行う。
「幇(パン)」には次の2種類ある。
・郷幇(きょうばん)……籍貫(しゃくかん)(=出身地)に基づく地縁的集団。会館(同業・同郷・同族者らが集会用に異郷に建てた施設)、義塚または義山(共同墓地)、学校、病院などを建て、相互扶助を行う。 主な郷幇は、福建幇、潮州幇、客家幇、広東幇など。
・業幇(ぎょうばん)……同業者で作る職業的連帯集団。仕事上の便宜を与え合う。
・・・地域生活や仕事の共同組織としてかなり生活に根をおろしている様子がうかがえます。

posted by ihiro at : 2007年10月21日
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