2008.12.31
2008年 縄文ニュースを振り返って2(下半期)
2008.8.4

前回の記事に続いて、2008年下半期の縄文関連ニュースを振り返って紹介したいと思います。
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posted by dai1028 at : 2008年12月31日
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2008.12.30
2008年 縄文ニュースを振り返って Vol.1 (平成20年1月~6月)
今年一年を振り返って縄文に関して考古学会で何があったかトピックを集めてみました。
来年の追求テーマにつながれば・・・と思います。
九州大ミニミュージアム・倭人の形成」が掲載している図
ブログランキングUPに協力願います。

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posted by mukai at : 2008年12月30日
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2008.12.29
坂東は出雲国?(2)
いよいよ今年も押し迫ってきましたが、前回に引き続き、今回は紀伊国を追われた毛野族の秘密に迫ります。
坂東千年王国論【抜粋・一部加筆】
【毛野族の系譜】
記紀の皇統譜欠史八代の倭国とは、元出雲国だったのではないか。
だから「出雲の国譲り」とは、山陰出雲のそれではなく、倭国内の出来事であり、それまでの倭国=元出雲国を構成した成員たちは何処かへ退去、移住する他なかったのである。毛野族が紀伊国から移住し、それまで祭っていた出雲神を聖地ニ荒山に遷したのもその結果であった。
とはいえ、元出雲国の成員の全てが倭国から退去したわけでもない。
例えば、毛野族が東の国へ移った後の紀伊国には、後の紀伊国造族がいた。
葛城高尾張から尾張族が退去しても葛城族は残り、後の蘇我氏となった。
彼等は倭国の新たな倭王権の元でそこに居着いたのである。
同じことは毛野族の内部でもおきたようで、撤退組と居残り組に分れた。
posted by naoto at : 2008年12月29日
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2008.12.28
新大陸の文明を作った人々~この1年のテーマを振り返って・・・
こんばんは、saahです。
当縄文ブログでは、日本の縄文に限らず世界の「古代文明」も扱っていますが、その中でも私たちは数人で「新大陸」における文明を築いた人々について、この1年いろんなテーマを設定し、追求してみました。
戦争発祥の元となる意識はどこから芽生えたのだろうかを探る為、旧大陸の文明との比較の意味で昨年から続いて新大陸の3大文明である、「マヤ」「アステカ」「インカ」において、いろいろな側面から調べてきました。
時々過去の投稿を振り返ってみることで改めて全体のテーマがはっきり見え、追求の視点に抜けがないかなどがわかりますね。
その意味で今日はこの1年間の投稿を振り返ってみたいと思います。
一緒に振り返ってくれる人は応援よろしく!
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posted by saah at : 2008年12月28日
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2008.12.27
番外編 DNAから人類の拡散を探る
さて、これまではミトコンドリアDNAからの研究をもとに、新大陸への人類の拡散を探ってきました。すでに紹介はしていますが、同様の研究でY染色体による、人類の拡散を探る研究が行なわれています。
今回は、番外編として 紹介します。
その前に・・・・
posted by dokidoki at : 2008年12月27日
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2008.12.26
ユダヤ教が誕生するまで
カッピカピさんが「なんでユダヤ人を追及するのか?」を投稿してくれました。今回は、ユダヤ民族の原点であるユダヤ教ができるまでの過程を確認したいと思います 😀
BC2000年頃、古代メソポタミアのウル王朝が滅ぼされ、ハランへと北上しカナンの地を目指すセム系半遊牧民族の中にアブラハムの一家がいました。アブラハム一家はカナンに半定住 
族長の位はアブラハムから子供→孫へと受け継がれて行ったが、孫のヤコブ(後にイスラエルと改名)の子ども達はそれぞれが部族を作り、イスラエル12部族と呼ばれるようになります。
その一部族であるのヨセフ族は、飢饉のためエジプトに移住。この頃エジプトを支配していたセム系遊牧民ヒクソスが倒されて新しい王朝に捕まり、この時からヨセフ族の奴隷時代が始まります。
ここからユダヤ民族波乱の歴史がはじまるのです。

応援クリックお願いします。
posted by pingu at : 2008年12月26日
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2008.12.25
なんでユダヤ人を追究するのか?
こんばんは、カッピカピです。【チーム・ユダヤ】も宗教チームに続いて始動です!
一発目は、『なんでユダヤ人を追究するのか』です。

アウシュビッツ収容所。
第2次世界大戦時にヒトラー率いるナチス・ドイツが作った殺人工場です。死者の数について正確な数字は残されていませんが、収容所の所長ルドルフ・ヘスは、「少なくみても150万人」とのちに証言しました。犠牲者は、多くのポーランド人、捕虜になったソ連兵、宗教者、共産主義者、障害者、ロム(ジプシー)、同性愛者たちですが、85パーセントを占めていたのはユダヤ人でした。アウシュヴィッツは、ホロコースト(全部焼かれたという意味)とよばれるヨーロッパ・ユダヤ人虐殺の象徴です。
ユダヤ人は、なぜ差別され、迫害されるのでしょうか?なぜ、多数のユダヤ人が虐殺されてきたのでしょうか?ユダヤ人の受難はいつまで続くのでしょうか?そして、この問いは、ユダヤ人と対立するパレスチナ人にとっても、同じ意味を持っています。ユダヤ人国家イスラエルと、アラブ諸国との紛争は、4度の中東戦争をへて、いまだに終結していません。
さらに、今世界で起こっている金融危機もユダヤ人とは無関係ではありません。
続きは、ポチッと押してからお願いします。
posted by hi-ro at : 2008年12月25日
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2008.12.24
稲の歴史(日本の稲作の起源は熱帯ジャポニカだった)
世間はすっかり
クリスマスモード

ですが 
こんな時は思い切って日本回帰してみましょう
私は最近おもちについてしらべているのですが、今回はちょっと寄り道で稲の歴史について調べました。 
皆さんはお米はいつ日本に伝わったと習いましたか?弥生時代に渡来人によって水稲がもたらされたと習いませんでしたか?
実は縄文時代の後期にも稲作はあったんです
狩猟と採集で暮らしていたなんとなく野蛮な感じのイメージの縄文人がちょっと変わるかもしれません 
ということで、今回は日本での初期の稲作について考えてみます。

ポチっとクリックお願いします 😀 
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posted by kana0444 at : 2008年12月24日
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2008.12.22
憲法十七条とはなにか?

聖徳太子の功績を語るとき必ず出てくるのが冠位十二階、遣隋使の派遣、そして憲法十七条。学校のテストの基本、必ず点がとれるところでしたネ。でも、その中身は?となると、案外知らないひとが多いように思います(受験勉強の弊害)。冠位十二階はすでに論考がでていますので、ここでは憲法十七条について考えてみたいと思います。
では、まずいつものポチっと 
posted by urara at : 2008年12月22日
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2008.12.21
支配部族と被支配民の織り成す二階層国家:日本
僕は、日本人の起源は、いろんな民族が混交しながらも長い時間をかけて、話し合いをもとに融合してきたのではないかといままで自分なりにイメージを作っていた。
しかし、いろいろ調べてたり投稿を読んでいるとそれは大きな間違いで、日本は支配部族と被支配部族にほぼ固定された二階層国家ではないか?と思うようになった。
参照:日本人の起源の解明これまでの成果と残課題
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posted by ihiro at : 2008年12月21日
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