2008.12.09
縄文の文明原理
こんばんわ 😀
歴史を学ぶとは・・・自然の摂理と歴史事実の因果関係を探る事
に続いて安田先生の著書から今日は縄文の文明原理をお届けします。
縄文時代を読み解く一つのガイドラインにもつながると思いますので全文を投稿します。
縄文の文明原理
縄文文明における永続的な固有の技術や装置・制度系・組織化された生活システム・精神世界とは何であったのか。1万年以上にもわたって一貫した文化的共通性を支えた文明原理とは何であったのか。
今後の研究においていくつもの縄文文明の文明原理が発見されるであろうが、現時点において、とりあえず以下の8点が縄文の文明原理として指摘できるであろう。
ポチッとお願いします。
posted by tano at : 2008年12月09日
| コメント (4件)
| トラックバック (0)
TweetList
2008.12.08
縄文時代 大陸から渡って来たお墓
こんにちは。
Hiroshiさんが『前方後円墳は、出自の異なる古代部族の和合・合体の証し?』 にて古墳の成立過程を投稿いただきました。
前方後円墳の元となった円丘墓や方丘墓を調べるうちに、そもそもお墓がどのように変化していったのか、縄文時代まで遡って調べてみました。
まずは、縄文編を紹介します。
応援ヨロシクです。
posted by nishipa at : 2008年12月08日
| コメント (8件)
| トラックバック (0)
TweetList
2008.12.07
天皇制と道教の関係とは?~支配層の思惑~

みなさんこんばんは☆
前回の記事、『日本になぜ天皇制が確立されたのか?』に引き続いて、
今回は天皇制と道教の関係について追求してみます。
まず天皇と道教の関係について挙げてみます。
(1)天皇大帝(天皇)
道教において天皇大帝(天皇)とは、もともと北辰の星、すなわち北極星を神格化したものです。だいたい紀元前三世紀、中国の戦国時代の終わりごろから発達してくる星占術的な天文学のなかで、天体観測の最高基準になる北極星(=天の周りの中心)が神格化されて天皇大帝が出現しています。
(2)天皇即位と三(二)種の神器
天皇の位を象徴するものを三種の神器と呼んでいますが、日本書紀や養老令によると古い時代には鏡と剣との二種の神器であり、皇位を伝えるときには、その璽(しるし)として鏡と剣とが授与されると記されています。(ちなみに三種の神器は、八咫鏡(やたのかがみ)・天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま))道教では宇宙の最高神である天皇大帝の聖なる権威を象徴するものとして、鏡と剣の二種の神器があるとされています。
(3)皇室が尊重する紫色
日本では古くから紫色が尊重され、紫色が現在に至るまで皇室の色とされています。道教では、天皇大帝は天上世界の宮殿である紫宮に住んでいるとされ、紫色は中国→日本で重用されるようになっています。
(4)四方拝の儀式
元旦に天皇が宮中で行っている四方拝の儀式は、中国における道教の宗教儀礼をそのまま日本の宮廷に持ち込んだものとされています。四方拝とは、四方を拝して一年間の無病息災を祈るものですが、これは道教の経典に具体的な記述がなされています。
このように天皇と道教には深い関係があるようです。
ではここから、なぜ天皇と道教はこれほどの
関わりを持っているのか?を考えてみたいと思います。
続きの前に、応援
っとよろしく☆
posted by staff at : 2008年12月07日
| コメント (5件)
| トラックバック (1)
TweetList
2008.12.06
神社とお寺の関係とは、敵対関係か?それとも・・
古代日本の社会構造を押さえていく上で、現在も形があり、古代史の痕跡を残している神社を研究することは極めて重要性が高い。神社の起源、変遷を追求していくことで、古代日本の社会構造を徐々に明らかに出来れば。という仲間との会話で

神社と寺との関係はどうなっていたのだろう?
という疑問が出ました。 🙄
先に渡来した神社派の朝鮮系の豪族と、後から渡来した寺派の豪族の象徴・砦という趣旨から敵対関係という説が出ました。しかし、同じ豪族が両方を持っているので簡単に分けられらない。一体どうなっているのか?となっています。この疑問を追いかけてみます。 😀
興味のある方はポチッとお願いします。
続きを読む "神社とお寺の関係とは、敵対関係か?それとも・・"
posted by sakashun at : 2008年12月06日
| コメント (0件)
| トラックバック (0)
TweetList
2008.12.05
蘇我氏は何をやったのか?
こんばんは。
日本の古代史で最大の悪者
とされているのは、何氏か?と聞かれたら、なんと答えます?
日本史を学んだ人なら、大概は「蘇我氏」と答えるでしょう。
では、一般的に、朝廷に弓を引くとんでもない悪役となっている蘇我氏ですが、彼らは一体何をやったのでしょうか?
結構、「蘇我は悪い奴」というのは皆さん知っているのですが、なんで悪者なのか?を語れる人は少ないと思います?
そこで、今回は日本書紀に記述がある範囲で、蘇我氏が歴史に登場してから、どんなことをやっていたのか?記紀に記述のある範囲で調べてみました。
見えてきたのは、実は彼ら(蘇我氏)こそが、日本の律令制度を作り上げた(日本に改革をもたらした)一族であったということです。
続きは↓をポチッと押してからお願いします 
posted by jomon10 at : 2008年12月05日
| コメント (4件)
| トラックバック (0)
TweetList
2008.12.04
歴史を学ぶとは・・・自然の摂理と歴史事実の因果関係を探る事
こんばんわ。
今年ももう後1ヶ月、「光陰矢の如し」とはまさに今年の事ですね。
安田喜憲さんという方をご存知ですか?
縄文学の世界ではかなり著名な方で環境考古学なる学問の大家です。
実は私が今から7年前にある本を手にした事をきっかけに縄文の世界に魅せられてしまったのですが
その時に手にした本が↓なんです。

これは今でもバイブルとして偶に読んだりしています。
私が縄文時代を考えるとき今でも、この本との出会いがスタート地点にあります。
今日はその中から少し扱ってみたいと思います。この本が初版されたのは97年の事です。
それから10年後、まさに今年起きた欧米の市場破綻(=私権原理の崩壊)と破綻後の可能性まで示唆してます。
ポチッと応援お願いします。
続きを読む "歴史を学ぶとは・・・自然の摂理と歴史事実の因果関係を探る事"
posted by tano at : 2008年12月04日
| コメント (0件)
| トラックバック (0)
TweetList
2008.12.03
12月の優良ブログ・HPの紹介ページ
11月の探求活動で出会った優良ブログ・HPへコメント又はトラックバックを入れた方はこの記事のコメント欄に報告をお願いします。
尚、今月からはコメントを入れていなくても「これぞ紹介したい」というお勧めサイト・記事をここに紹介していただいてもOKです。みなさんの投稿をお待ちしています 
posted by tano at : 2008年12月03日
| コメント (1件)
| トラックバック (0)
TweetList
2008.12.02
無土器~縄文草創期~縄文早期 の 婚姻様式
縄文時代の婚姻様式について、兄弟ブログである知られざる人類婚姻史と共同体社会が先行して追求しておりますので、そちらを数回に分けて投稿してきます。
まずは、無土器~縄文前期の婚姻様式(族内婚)です。
もう少し厳密に言えば、無土器~縄文草創期(10000年前)を経て縄文早期(7000年前)の婚姻様式です。
本文にも記載しておりますが、族内婚を明らかにするのは記録がない為難しようですが、遺跡や遺物、遺語、招婿婚(婿入婚)から類推できるそうです。高群逸枝著『日本婚姻史』からポイントを抜粋して紹介してくれています。
(写真は「縄文のビーナス」)
先に進む前に本日もコレ↓お願いします。
posted by mrran at : 2008年12月02日
| コメント (0件)
| トラックバック (0)
TweetList
2008.12.01
縄文時代の婚姻を解明するには?
今日のネットサロンにて、縄文時代の婚姻形態について調べていました。ネットを一通り探ってみたのですが、婚姻形態だけを捉えてしまっていると気付きました 🙁
概ね、縄文人の婚姻形態といえば「母系」で男側が婿入りするという形態でしょう 
では、その形態をとっていたのはなんで?
そんな風に考えながら、記事を書いてみました(かなり直感です^^;)

女性器の形?
byさーね
応援よろしくです

posted by sawatan at : 2008年12月01日
| コメント (0件)
| トラックバック (0)
TweetList
2008.11.30
DNAから、人類の拡散を探る~その5
従来の考古学的な研究からは、新大陸への移住のルートやその年代について様々な意見が出されているようです。
これに対し、アメリカ先住民のDNAのハプログループの分析によって、その祖先、移住のルート、その時期が分かってきました。
今日はいよいよその部分に言及してみたいと思います。
いつものように応援、よろしくお願いします。
posted by saah at : 2008年11月30日
| コメント (1件)
| トラックバック (0)
TweetList