2009.08.05

キリスト教を爆発的に広めたパウロ

今日はキリスト教の発展に重要な役割を果たしたパウロについて触れたいと思います 😀
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パウロは紀元前後に現在のトルコで誕生し(生年は定かではない)、律法遵守を重視する代々のファリサイ派ユダヤ人でした。
したがって、当然イエスの教えを敵視
それだけでなく、イエス達を律法をないがしろにする集団と見て、進んでキリスト教弾圧の先頭に立っていた人物です
それがなぜ、キリスト教発展の立役者に 🙄
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posted by pingu at : 2009年08月05日 | コメント (2件) | トラックバック (0) List  

2009.08.03

「ことむけやわす」~東北開発の本当の目的とは・・・。

奈良時代から平安時代にかけての最大の騒乱が蝦夷討伐です。
実は歴史書を読んでもこの討伐が何の為に行われたのかしっくりきません。
中国に倣って辺境を夷荻として攻め込んだという説もあります。
また東国に豊かにあった鉱山資源を朝廷が手に入れるためという説も有力です。
今日紹介するブログ「郡山の歴史」さんはそれに対する一つの回答をいただいています。
蝦夷討伐は農地略奪であるとしています。それも、農地に適さない関東地方の移民が朝廷の威を得て開発略奪民に転化したという説を展開されています。
このブログはおそらくは郡山に在住の方が地元の歴史を古代から近代まで俯瞰するという試みをされており、歴史書にない視点が加わっています。少し長いですが、読みやすいのでぜひ一読ください。
付録として巻末に古代蝦夷関連年表をお付けしておきます。(これもネットの他の方のHPから借用させていただきました)
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posted by tano at : 2009年08月03日 | コメント (1件) | トラックバック (0) List  

2009.08.02

武士の起源とは? それは蝦夷なのか?それとも俘囚か?

未分類

群盗海賊討伐における俘囚の戦い方は、個人騎馬戦、騎乗しての弓射、騎乗しての反りの入った片刃刀による斬撃ということになり、これは後世の鎌倉武士の戦闘スタイルの基本的要素と同一です。この俘囚戦法が更に発展して武士の戦法になったのです。
この文章はKNブログからの抜粋です。俘囚とは?そして武士との関係は?
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posted by sakashun at : 2009年08月02日 | コメント (1件) | トラックバック (0) List  

2009.08.02

古代の染脳工作+秘密警察機関~修験道登場の背景

日本の歴史は、実は征服者と被征服者の歴史である。
「修験密教」と言う独特の信仰・・・それは、列島の新支配者達の権力闘争と占領政策だった。
我が国に限らず、いくら建前の奇麗事を言っても、国家の本音には「諜報工作機関」は欠かせない矛盾として存在する。

  (思いつくままウエブログ)より 
ということで今回は、後の忍者~隠密などへと繋がる修験道の始まりについて紹介します。
修験道が何の為に登場したのか?、何を担ったのか? について、
『思いつくままウエブログ』さんを参考に、簡単に図解化してみました。
が、うまく描けなかったので、コチラ↓↓をご覧ください。(
■■修験道の始まり■■ 
ポイントは、
・あからさまな武力支配ではなく、ゆるやかな共認支配戦略をとったこと。
・その為に、支配者自らを正当化する観念(古事記や日本書紀の神話)が
 必要だったこと。
・その神話の共認形成を担ったのが修験道師たちで、神楽舞などで伝播。
・修験道師は剣術にも長け、時には武力行使も行ない、後の武士団に影響。
・武士団(警察力)の登場は、建前として国家制度に軍事組織を組込まな
 かった為に、地方も含め軍事力(警察力)が弱体化した為と考えられる。

引き続き、忍者へと繋がる道を調べてみたいと思います。
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posted by nishipa at : 2009年08月02日 | コメント (2件) | トラックバック (0) List  

2009.08.01

民俗学からみたアラハバキ(1)

未分類

日本各地には、小さな社として、あるいは末社としてアラハバキを祀る神社があります。
しかし、アラハバキは『記紀』および『風土記』などにはまったく登場しません
この、アラハバキ神とは、いかなる神なのでしょうか?
○アラハバキ(荒覇吐、荒吐、荒脛巾)信仰は、東北地方一帯に見られる民俗信仰。その起源は不明な点が多く、「まつろわぬ民」であった日本東部の民・蝦夷(えみし、えびす、えぞ)がヤマト王権・朝廷により東北地方へと追いやられながらも守り続けた伝承とする説が唱えられている。歴史的経緯や信憑性については諸説ある。縄文神の一種という説もある。また、古史古伝・偽史的な主張と結びつけられることも多い。
アラハバキを祀る神社は東北地方に多く見られるが、関東以南でもみることができる。ただしそれは主祭神としてではなく、門客神(もんきゃくじん)として祀られているケースが多い。門客神とは、神社の門に置かれた「客人神(まろうどがみ)」のことで、「客人神」は地主神がその土地を奪われて、後からやって来た日本神話に登場する神々と立場を逆転させられて、客神となったと考えられている。アラハバキが「客人神」として祀られているケースは、例えば埼玉県大宮にある「氷川神社」で見られる。この摂社は「門客人神社」と呼ばれるが、元々は「荒脛巾(あらはばき)神社」と呼ばれていたとのことである。(wikipediaより)
アマテラス(天津神)やスサノオ・オオクニヌシ(国津神)より古くから祀られていたのだとしたら、日本人の気質形成にも深く関わっていた可能性があります。
そこで、まずは、民俗学においてアラハバキ神はどのように理解されているかを2回に分けて、詳しく紹介したいと思います。
謎の神 アラハバキ より引用させていただきました。
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posted by naoto at : 2009年08月01日 | コメント (1件) | トラックバック (0) List  

2009.07.30

朝鮮半島の支配の歴史


 一見、統一新羅、高麗王朝、李氏朝鮮と、朝鮮半島において独立した王朝が成立しているように思われるが、実態をつぶさに見ていくと、どうもそうではない感じがする。
 そこで、各王朝の支配者層の変遷を見ていきたいと思う。
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posted by jomon10 at : 2009年07月30日 | コメント (1件) | トラックバック (0) List  

2009.07.28

古代人の食卓~調味料の歴史

mrranさんが「ハマ貝塚って何?」 で干し貝による塩分摂取の話を紹介いただきました。
続けて今回は古代の調味料についての豆知識を紹介します。 
平安時代の宮中貴族の饗宴では高杯(たかつき)と呼ばれる置き台に皿を置いて食材を盛り付け、その手元には4種類の調味料「酢・塩・醤・酒」が小さな器に盛られ、好みの味付けをして食されていたようです。
これらの調味料は「四種器(よぐさもの)」と呼ばれ、高貴な位の人々だけのもので 庶民の調味料は塩と酢であったといわれています。
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posted by nishipa at : 2009年07月28日 | コメント (3件) | トラックバック (0) List  

2009.07.27

縄文時代~水運が集団間の交流を促進した?

縄文時代に運ぶと言えば、獲物を人がかついで運び,採取した木の実を抱えて運ぶ。そういうイメージをしていました。なので、船着場や丸木舟が縄文遺跡から出土すると、なんでこんなものが必要なの?と感じていました。
ところが、「水運」と捉えれば、それが一転します。
今日は縄文の水運という視点で、切り口投稿をしたいと思います。
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縄文時代の丸木舟(出土品でホンモノ)
byさーね
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posted by sawatan at : 2009年07月27日 | コメント (1件) | トラックバック (0) List  

2009.07.25

シャーマニズムの誕生~鍛冶集団と占集団

未分類

『三国志』において陳寿は「(卑弥呼は)鬼道を事とし、能く衆を惑わす。」と記している。律令国家、官僚政治(法制統合)の途上にある当時の中国知識人は既に、シャーマニズムを「詐術」として排除にかかっていたのであろう。勿論、その後にも道教としてシャーマニズムは民間信仰の中に残っていったし、日本においては修験道の中に、その伝統は継承されていった。
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シャーマニズムは、アミニズム段階から私権闘争を経て、法制統合へと至る中間段階において、重要な位置をしめている。そして、シャーマニズムの時代は、青銅器文明、鉄器文明の時代と期を同じくしている。シャーマニズムについて調べていくと、青銅器、鉄器を作り出す「鍛冶師」とのつながりが浮かび上がってきた。以下、参考図書「古代製鉄物語」浅井壮一郎著。

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posted by staff at : 2009年07月25日 | コメント (1件) | トラックバック (0) List  

2009.07.25

「東南アジアの文明を探る」

皆さんは東南アジアというとどんなイメージを抱きますか?
タイ、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー、マレーシア、インドネシアなどは、日本人にとってもなんとなく親近感を覚える国々であり、また、何か共通点を感じる人々です。
それが何なのか一言ではいえませんが、勤勉な国民性やその本源性にあるのではないかと思います。
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かつて、イラン高原あたりで略奪闘争が勃発し、それが世界に波及していきます。シルクロードというとなにやらエキゾチックなイメージと浪漫をかきたてますが、ローマと西安を結び、市場(私権拡大)を波及させていった道とも解釈できるかもしれません。
今回から、そのシルクロードから少し外れた東南アジアの文明にスポットを当ててみたいと思います。

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posted by hiroshi at : 2009年07月25日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

 
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