2010.09.04

シリーズ「縄文時代の基礎データを探求する」

未分類

こんにちわちわわです。
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今まで、ゆとり教育の犠牲となって教科書から縄文時代から削除されていましたが、ゆとり教育の見直しが行われ、教育内容のボリュームが増加したのに伴い、次年度以降の教科書からついに縄文時代が復活する事になりそうです。
縄文時代は日本人の基礎を作り上げた歴史上最も重要で価値のある時代です。
当ブログではこれを期に、学校教育に携わる方々並びに、ファンタジ-あふれる縄文ファンの期待にそえるよう、縄文時代の基礎となるデータを、今まで蓄積してきた記事を再整理し、また、新たな視点を加えながら、簡潔にまとめていきたいと思います。
以下シリーズ「縄文時代の基礎データを探求する」の項目(暫定版)です。
1)縄文時代の気候、風土、人口推移
  ~本当に西日本の縄文人は少なかったのか?
2)縄文時代の食べ物(東日本編)
  ~豊富な採取技術の裏側にある食の改革
3)縄文時代の食べ物(西日本編)
  ~栽培に特化した西の食糧事情
4)縄文人の衣装と装飾
  ~縄文人はいつから服を着たのか?
5)縄文時代の生産技術(漁猟・採取編)
  ~卓越した漁猟技術
6)縄文時代の生産技術(栽培・狩猟編)
  ~縄文人は農業をしたのか?
7)縄文時代の生産技術(加工業編)
  ~縄文時代に既に工場があった!
8)縄文時代の建築
  ~竪穴式住居は理想の住居形態?
9)縄文時代の道具
  ~土器と考古学
10)縄文時代の道具
  ~縄文土器を総括する
11)縄文時代の肉体改造
  ~なぜ抜歯をしたのか?
12)縄文時代の生死観
  ~生と死を尊ぶ意識と行動
13)縄文時代のお墓の変遷
  ~葬送と埋葬の変化
14)縄文時代の祭り
  ~ハレとケの誕生と祭りの関係
番外編)縄文犬
    ~縄文時代、犬は家族の一員だった
サブタイトルは仮定です。記事の内容によってその都度改定してゆきます。
内容があり、誰もが便利に活用できる記事を作成してゆきますので応援よろしくお願いします。↓↓
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posted by tiwawa at : 2010年09月04日 | コメント (1件) | トラックバック (0) List  

2010.09.02

シリーズ「日本人の“考える力”を考える」第3回~縄文土器はなぜ凝ったのか?

こんばんは。”考える”シリーズ3回目です。
縄文時代を扱う今回は初回に提起した下記の文章から始めたいと思います。
専ら、舶来信仰に依拠し、外来思想の受容を旨としてきた日本人は、果たして現代の難局を前に、「自前でモノを考えだすのか?」
日本人は考える事をわざわざ”モノを考える”と言います。
日常的に使っている“モノを考える”のこの“モノ”とは何なんだろうか?
縄文塾の中村先生は日本人の文化を西洋の「足の文化」と対比させて「手の文化」として表現しています。この「手の文化」こそ、モノの本質ではないのでしょうか?

孤絶した島国という特異な環境が、採集→農耕という、一種のモノカルチャーを生んだのだが、日本の豊かな風土は、はやくから定住生活をもたらし、有り余る余暇をモノづくりに費やすとい計う「手の文化」が醸成された。縄文土器がその典型である。
 日本以外のほとんどすべての国では、狩猟→遊牧の民と採集→農耕の民との抗争と融和の歴史が相次ぎ、結果として行動力にすぐれ、戦いのテクニックに長じた遊牧の民が農耕の民の上位につくという構図が定着してきた。いわゆる「足の文化」である。言ってみれば、足の民は移動という得意技を生かして「通商」に特化し、手の民はモノづくり、すなわち「工」に特化することになる。~縄文塾より

手を動かす事は脳の発達を促すといいます。日本人の可能性とはこの「手の文化」にあるのではないでしょうか?土器を通じて育まれた“考える”力はその後の日本人の工夫志向、外来のモノを受け入れ日本流に改変していく柔軟性へと開花していきます。日本人にはその歴史の90%を占める縄文時代に育まれた物質(=モノ)を通じて情報や意識を交換する長い歴史が在るのです。
そのような目線で縄文時代を見ていくことにしましょう。
「考えるシリーズ」応援願います。
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posted by tano at : 2010年09月02日 | コメント (2件) | トラックバック (0) List  

2010.08.30

【縄文に何を学び、何を創り出していくか~第1回】

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【縄文の集団に学ぶ】シリーズも今回で10回を迎えました。
縄文時代の集団の在り様、集団統合の様子について追求してきました。
これまでの記事は次の通りです。是非この機会に読んでみて下さい。
①『縄文を学ぶ位置付け』 第1回
②『縄文を学ぶ位置付け』 第2回
③『縄文集落を解明する』 第1回
④『縄文集落を解明する』 第2回
⑤『縄文集落を解明する』 第3回
⑥『学者による集落論』  第1回
⑦『学者による集落論』  第2回和島家族論って本当?
⑧『学者による集落論』  第3回水野家族論って本当?
⑨『縄文から弥生にかけて何が変わったか』 
  
  
このシリーズのまとめとして、縄文時代を単なる知識としてではなく、行き詰った市場社会・私権社会を突破するヒントとしてご紹介したいと思います。
第10回目の今回は、これからの新たな社会作りに向けて縄文から学ぶべきはどのような点なのか、をお届けしたいと思います。
そして次回、このシリーズ最終回では、縄文から学ぶ観点に加え、現実の新たな社会統合には更に何が必要なのか、を考えてみたいと思います。
  
先ずは応援、お願いします。
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posted by sinkawa at : 2010年08月30日 | コメント (3件) | トラックバック (0) List  

2010.08.29

シリーズ「国家と市場」番外編~日本の古代市場(起源)~

シリーズ「国家と市場」では、市場成立過程の普遍性を追求してきましたが、番外編では、日本の特殊性から日本の古代市場(起源)を考えてみたいと思います。
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日本は、部族間(共同体社会)の統合の為の増与ネットワークが大いに発達して、かつ西洋・中国のような熾烈な略奪闘争が無かった為、支配者は、力による制圧及び強固な身分制度を設定しなくとも部族(共同体社会)を残したまま「和をもって尊し」という精神で国家が統合できた。
そして、日本の市場も、西洋の古代市場と同様に、私権闘争の抜け道としての市場(交換の場=騙し)として発達してきたが、日本人に残存している共同体体質から、日本の市場では、商人の正直・誠実が第一であるとの規範と細部まで心を込めた商品(見かけより実質重視)を重んじる気風とが生まれたと思われます。
応援よろしく
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posted by ryou at : 2010年08月29日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2010.08.27

シリーズ「インドを探求する」最終回~インドはどこに向かうか

予想通り瞑想(迷走)した展開になりましたが、何とか最後まで来ました。
第1回の記事より少し抜粋します。
>その経済成長だけでなく活力、体制とも世界中が注目しているインド、なぜ今インドが元気なのか?その本質的な原因は何か?インドから何が学べるのか?
この混沌たるインド、活力溢れるインド、いくつもの顔を持つインドに次代の世界秩序を牽引する可能性はあるのかについて一定の答えを求めて行きたい。
こんな問題提起から始めました。
また、最初に立てた3つの問いです。まずはブログの記事にそってこれらの問いに答えてみたいと思います。
ポチッとお願いします。
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posted by tano at : 2010年08月27日 | コメント (1件) | トラックバック (0) List  

2010.08.25

【縄文の集団に学ぶ~その9】縄文から弥生にかけて何が変わったか

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前回まで追求してきた縄文時代はやがて弥生時代に移行する。
1万年も続いた縄文時代に対し弥生時代以降は、稲作農業により食料の備蓄が可能となり、それがやがて私有意識が芽生させ、私有財産をめぐる争いを生み出し、力の原理による社会統合→国家の誕生を生み出した。
この時代を転機にして、共同体性を社会統合の基礎としていた時代は終焉し、隣接する中国や大陸国家と同様に、私権時代が幕開けし現在に至る国家・社会構成の基盤ができあがったと考えられている。
ところがこれらの社会構造の変化は統合階級側の一面的な表の変化であり、大多数である庶民階級の生活様式(=婚姻様式や私有意識など)は縄文体質を連綿と受け継いでいるという考え方もある。
力(武力や資本力)で社会を統合してきた人類史が限界を迎えている現在、日本人に色濃く残っている縄文体質の可能性に注目が集まっている。
今回は弥生時代以降、私有意識と国家支配が加速されていく中で、受け継がれてきた縄文気質とはなんだったのか?を考察する。
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posted by chai-nom at : 2010年08月25日 | コメント (2件) | トラックバック (0) List  

2010.08.24

お盆休み企画番外編~出雲古代史の旅日記

怒るでしかし~です。今日はひさしぶりに「泣けるでしかし~」です。何故かというと夏休みに、出雲古代史ツアーに行って来たのですが、感激のあまり、「泣けるでしかし~」になったという訳です。どこが泣けるポイントだったか・・・まずは、今回の旅行記をお読み下さい。
●「この国を守り続けてきたおおいなる力への感謝」が湧いてきた「出雲大社」
まず、思い立って「出雲大社」へお参りしてきました。「出雲大社」は現在、「平成の御遷宮」を実施中で、なんと屋根の葺き替え工事の模様を建築足場にのぼってみることができたのです。これには建築業界に籍を置くものとして「いかねばなるまい」と血が騒いだのです。ちょうど、神話研究をやりかけていたので、その参考にもと思ったのもあります。
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写真は「仮設足場をかけられ、手前に仮拝殿を設置された出雲大社」

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posted by staff at : 2010年08月24日 | コメント (1件) | トラックバック (0) List  

2010.08.22

シリーズ「日本人の“考える力”を考える」第2回~追求の立脚点

こんばんは。
新シリーズ「日本人の“考える力”を考える」を担当しますtanoです。
現在、シリーズの初回の記事「縄文土器、土偶にみる縄文人の思考力」を構想しており、スケジュールが少し遅れていますことをまず読者の方にお詫びします。
このシリーズは縄文時代から始まるわけですが、その理由は日本人の“考える”という思考力の原点が縄文時代にあり、その力が現在まで日本社会の中で温存されてきたのではないかという仮説に基づいています。
その仮説の根拠は既にこのブログでもこれまで多く投稿されてきたように日本人とは何か?を考えるにつけ、私たちの感覚レベルの中に深く浸透している、言葉や明確な定義によらない“何か”=日本的なるモノの中にあるように思い、なかなか明確、明文化できなません。それは、それらが言葉以前のより深い位置に存在している故ではないかと思います。
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そんな事を考えている時に、当ブログにあたらな仲間として会員になられた方よりかなり共感できるメール をいただきました。
今日はその文章 を紹介をさせていただき、このシリーズを始める立脚点としていきたいと思います。
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posted by tano at : 2010年08月22日 | コメント (5件) | トラックバック (0) List  

2010.08.20

シリーズ「インドを探求する」第13回~インドにおける可能性の実現基盤

未分類

IT関連産業を牽引役に高度成長を続けるインドですが、まだまだ多くの人が貧困に苦しみ、社会的下層民に対する差別意識も残存しているというのが、現在のインドの姿ではないでしょうか?
ダリット(不可触民)のおかれている現状については こちら を参照してください。
この間、追及してきたように、インドの序列原理の根幹には、カースト制度があります。
このカースト制度は、圧倒的多数を占める下層民の私権追求の可能性を封鎖することによって、私権をめぐる争いを制御してきたという側面と、下層民の社会に対する当事者意識に蓋をし続けたという側面を併せ持ちます。
そこで、今回は、この視点からカーストの歴史をおさえなおすと同時に、経済成長にともなう大衆の意識状況の変化→政治状況の変化をおさえ、今後につながる可能性の実現基盤を探ってみたいと思います。
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インドのカースト制度とダリット 《引用・編集》
○カーストの歴史【支配観念の捏造と洗脳】

カースト制度の起源は不明瞭であるというのがほんとうのところである。しかし、アーリア人の移動仮説のいくつかの解釈が、カースト制度が侵入の産物であったことを理論づけている。それは、アーリア人が自分たちのために、より高いカーストを用意して、彼らが征服したより暗い皮膚をした在来の住民をより低いカーストおよび不可触身分に降格させたという考えである。
つまり、アーリア人が先住民を支配するために、ヴァルナ制が作られていったと思われる。すなわち人種差別・民族差別がカースト制の根幹にあった。

後期ヴェーダ時代に宗教の名のもとに、力と権威の地位にある人々によってカースト制度は正当化され利用された。彼らの目的は、バラモンの支配を貫徹して、支配階級への競争を抑えることであった。一つの世代からもう一つの世代まで口伝形式でヴェーダの知識を受け渡す伝統のおかげで、ヴェーダの呪文が操作され、いくつかの新しい詩が、カースト制度を正当化しバラモンの支配権を確実にするために如才なく故意に初期のヴェーダ聖典に組み入れられた。
リグ・ヴェーダの巨人の歌は確実にリグ・ヴェーダへの後日の添加であるとされる。
カースト制度は、義務しか持っていなかった圧倒的多数の下位カーストを社会から疎外し、彼らの時代の出来事に無関心で無関係にした。

○ダリット(不可触民)の起源【支配階級から最も遠い人々】

ダリットの起源は、カースト制度と同様に不明瞭である。不可触の考えが生まれるのは、マヌ法典以降ともいわれる。紀元後3・4世紀になっても、あらゆる賤民が不可触民ではなく、いわゆる、不可触民という概念が確立するのは、インド中世の紀元後8~11世紀頃であるともいわれている。マヌ法典や仏典にはっきり現れているように、差別すべき人間を差別することこそが規範であり道徳であった。カースト制では、同一カースト内部の結婚が厳重に強制され、他のカーストと混血したものはその共同体から追放された。

元来、狩猟文化(「殺生」、皮はぎ、肉食)と密接なつながりを持っていた文化的に異質な集団が、定住農耕社会の周縁に組み込まれて、人々の忌避するような仕事をするようになり、さらに血統意識が加重されることによって、代々穢れがみについて、けっしてのぞくことができない存在という、賤民観念が生まれたとも考えられている。

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posted by naoto at : 2010年08月20日 | コメント (4件) | トラックバック (0) List  

2010.08.17

お盆特別企画 第3弾~歴史を学ぶ為のブログ紹介(2)

「縄文と古代文明を探求しよう!」のお盆企画シリーズである歴史ブログ紹介の第3弾です
今日は、人類学全般の日本の内外の書籍や記事を紹介する「人類学のすすめ」と、世界で始めて縄文土器の展開文様を手書きで写し取り、その文様にこめられた縄文人の意識を探った「縄文心象」の2つを紹介します。%E7%B8%84%E6%96%87%E5%9C%9F%E5%99%A8%E5%B1%95%E9%96%8B%E6%96%87%E6%A7%98%E2%91%A2.gif(「縄文心象」より)
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posted by ryujin at : 2010年08月17日 | コメント (1件) | トラックバック (0) List  

 
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