2010.10.29

縄文探求シリーズ【縄文人のお墓】 ~埋葬から縄文人の精神世界に迫る~

まだ宗教のなかった縄文時代。縄文人たちは仲間や家族の死に対してどうとらえたのでしょうか。その考え方は埋葬の方法に表われています。彼らの生きていた時代状況に同化しつつ、死者の埋葬のしかたを通じて縄文人の精神世界に迫ります。
 
図:縄文人の埋葬あれこれ 
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表を拡大して見る
縄文人の埋葬のしかた
上の表は縄文人の埋葬のしかたとおおよその出現時期をまとめた表です。
地面に穴を掘って、脚を折り曲げて埋める屈葬が基本となっています。それに副葬品赤色顔料が加わったり、石を抱かせる抱石葬やお墓の上に石を並べる配石墓が見られることがあります。
 
身体を伸ばしたかたちで埋葬する伸展葬は中期以降にとくに西日本で増加します。また、後期以降になると九州地方を中心に、石で部屋をつくり大きな石で蓋をする支石墓が多く見られるようになります。これらは大陸で見られる埋葬方法で、弥生人の渡来に伴って出現しているものと考えられます。早期から中期の伸展葬が見られる遺跡では、屈葬を中心としつつ、一部に伸展葬が行われており、これは早期より弥生人が少数渡来し、縄文人の集団に融合し、ともに暮らしていたことを表わしていると考えられます。
  
 
埋葬方法に込められた縄文人の思いは?
当ブログの過去記事にいろいろ紹介され、分析もされています。まずはそれを紹介します。
 
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posted by kumana at : 2010年10月29日 | コメント (3件) | トラックバック (1) List  

2010.10.27

◆日本人の起源(5)~気候変動による人口推移の影響~

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>・南方系の古モンゴロイドが日本の北方,南方から流入し縄文人を形成した。
・古モンゴロイドの子孫=新モンゴロイドが、弥生時代に大量渡来してきた。<
前回の議論で縄文人がいつ・どのように形成されたのか?が大分すっきりしてきました。
今日は弥生時代の一歩手前、世界規模で起こった気候変動が縄文人にどのような影響を与えたのか!?
について見ていきたいと思います。
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posted by dai1028 at : 2010年10月27日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2010.10.18

日本人の起源(4-番外編)~北方なのか?南方なのか?

前回の記事
シリーズ「日本人の起源」(4) 縄文人はどのように形成されていったのか
>弥生人との融合以前に、縄文人そのものが一つの民族ではなく、様々な時代ごとに日本列島に辿り着いた様々な民族の総称であり、その中でも多数だったのは北方から辿り着いた北方モンゴロイド民俗だったようです。
本日、日本人の起源シリーズ5回目のネットサロンだったのですが、前回のテーマに関しては、やはりなんだかスッキリしないっ!というのがみんなの意見でした 😮
「北方適応したモンゴロイドが多数だとしたら、アイヌの存在が説明つかない?」
「そもそも縄文人は、北方のしょうゆ顔には程遠いのでは?」

ということで、今日は前回に続いて、日本人はどのように形成されたか?スッキリさせよう!ということで、再度、追求してみました!
byさーね
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posted by sawatan at : 2010年10月18日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2010.10.11

シリーズ「日本人の起源」(4) 縄文人はどのように形成されていったのか

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縄文人はどのように形成されていったのでしょうか。
前回は、日本列島に新人が辿り着いたのは4万年前ごろで、スンダランド海洋航海民が黒潮に乗って島々を渡りながら、日本列島までやって来ていた、という記事をお届けしました。
今回は、南方から辿り着いたスンダランド発の南方モンゴロイドだけではなく、スンダランドから2.5万年前ごろ北上した後、2万年前ごろに南下してきた北方モンゴロイドが日本列島に辿り着き、1.2万年前ごろまでに縄文人が形成されていった、という内容をお届けしたいと思います。
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posted by sinkawa at : 2010年10月11日 | コメント (4件) | トラックバック (0) List  

2010.10.10

巨大帝国が崩壊するとき

未分類

史上幾多の帝国が崩壊しては、新たな帝国が勃興してきた。ではその崩壊に際しては、どのような状況になるのだろうか?
というのは、巨大帝国の崩壊は、決して歴史上の物語ではなく、現在も予想されるからだ。例えば、現代の巨大帝国であるアメリカ や中国は、今後どうなるのか?
少数民族を多数抱え、農民などの暴動が多発する中国、多民族を人工的な観念(自由・個人・夢・・・)で統合しているアメリカ。近いうちにも予想されるドル暴落→経済崩壊に伴い、この2大巨大帝国はどうなるのか?
今回は歴史を遡り、巨大帝国が崩壊した際の状況を、特に古代からの記録が残っている中国の歴史から追ってみたい。特に今後を占う意味で帝国崩壊の際に秩序崩壊(→殺し合い)が起こるのかどうかという点で見てみたい。

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posted by ihiro at : 2010年10月10日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2010.10.09

縄文探求シリーズ【縄文時代の道具】~縄文土器を総括する(前編)~

こんにちは♪
前回の「卓越した漁猟技術 」では、縄文人が現代人もビックリの本格的な漁猟を行っていたことがわかりました。
今回は、「縄文時代」の名前の由来にもなっている、縄文土器についてです。
この縄文ブログでも何回か土器について扱われていますが、今回は、縄文土器の変遷をおおまかに辿る中で、私たちのチームで出てきた疑問(たぶん皆さんも疑問に思うはず)を扱い、縄文土器を総括したいと思います。
縄文時代は土器の形式により以下のような6期に区分されています。
10000年~12500年前 縄文草創期
7000年~10000年前  縄文早期
4500年~6000年前  縄文前期
3500年~4500年前  縄文中期
3000年~3500年前  縄文後期
2300年~3000年前  縄文晩期
2300年前~       弥生時代

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posted by staff at : 2010年10月09日 | コメント (5件) | トラックバック (0) List  

2010.10.07

シリーズ「日本人の“考える力”を考える」第8回 権威にこだわらず、表現方法を磨き上げた日本人

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「万葉の碑」
夜の落書きの定番「夜露死苦(よろしく)」。あの「夜露死苦」という落書きは、日本人の思いをいまに伝える万葉仮名の伝統を踏んだ絶妙な当て字である、といえば、驚くひともいるかもしれませんが、「ヨロシク」とも「よろしく」ともまったく違う意味が感じられる表記です。万葉仮名は、ひとつの音に、いろいろな漢字を当てはめることで、もとのやまとことばが持つ、さまざまなニュアンスを自在に伝えていました。
今回は、漢字という他国から入ってきた文字を、自民族の実感に沿った言葉を表す文字へと再創造していった祖先の歴史をたどります。
満を持しての登場。応援よろしくお願いします 😛
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posted by urara at : 2010年10月07日 | コメント (4件) | トラックバック (0) List  

2010.10.02

縄文探求シリーズ【縄文時代の生産技術】~卓越した漁労技術~

未分類

前回の【縄文探求シリーズ】のテーマは、「縄文人は何を食べていたのか 」でしたね 😀
今回は、海沿いに遺跡が多く出土していること、そしてその遺跡から魚の骨や漁の道具が多く見つかったことから、縄文人にとって重要な位置を占めていたであろう、『漁労 』について調べてみたいと思います
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縄文人って漁をしていたの
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posted by pingu at : 2010年10月02日 | コメント (2件) | トラックバック (0) List  

2010.10.01

シリーズ「日本人の起源」(3)

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先回の記事:シリーズ「日本人の起源」(2)では、日本人形成過程のシナリオとして、「置換説」、「変形説」、「混血説」があげられていますが、人類史の追求が盛んなヨーロッパでは、「置換説」が有力でした。
置換説は、いわゆる北方モンゴロイドがシベリア経由でやってきたという説で、先住民である南方モンゴロイドを完全に駆逐→置き換えてしまったという説です。
これを端的にビジュアル的に示すサイトがありましたので紹介します。
JOURNEY OF MANKINDというサイトです。
このサイト、おおよそ15万年前にアフリカを出発し、世界中に拡散していく過程が動画で見られ勉強になります。 😀
日本列島に人類(ホモサピエンス)がたどり着くのは、4.5万~4.0万年前となっています。
そしてそのルートは北方からのルート1本で、南方からのルートは見事にないものとなっています。 😥
もちろん現代では、日本人の祖先は北方モンゴロイド一色ではなく、南方モンゴロイドとの融合によって生まれたとする混血説が有力です。
北方モンゴロイドと南方モンゴロイドは、元はスンダランド発であることには変わりませんが、気候条件・食物環境・生活形態などどれをとっても異なる部分が多い民族です。
今回の記事は、日本人の祖先の一派となる「南方モンゴロイド」についてレポートします。
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posted by chai-nom at : 2010年10月01日 | コメント (1件) | トラックバック (0) List  

2010.09.30

シリーズ「日本人の“考える力”を考える」第7回 共同体を繋ぐ神道と国家統合の為の仏教

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前項では、共同体内部で自然神信仰を守ってきた縄文人が、祖霊信仰、農耕神信仰を受け入れていった過程から、「無数に存在する」「極度に具体的な」「移動しない自然神」への信仰が、縄文人の信仰形態であり、日本人の信仰の原点でもあることを明らかにしました。
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しかし、このような信仰形態だけでは、古代中央集権国家は成立しません。どうしても、「抽象的な神」を持ってくる必要があります。古代日本において、その働きをした宗教が仏教でした。
共同体内部の祖霊を繋ぎ、大和王権を成立せしめた神道=神社システム
抽象的な”神”を作った仏教
天皇制が確立されて以降、この二つの”宗教”が、日本の観念世界の二大主軸となってきました。
その原点ともなる抽象神=太陽神の発生から、歴史を紐解いてみたいと思います。

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posted by staff at : 2010年09月30日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

 
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