2011.03.31
牧畜→遊牧はどのように伝播していったか1
3月のなんで屋劇場では、牧畜→遊牧のユーラシアにおける展開がその後の、私権時代を決定付けたことが明らかになりました。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=247160
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=247161
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=247167
今日は、この牧畜→遊牧のユーラシアにおける展開について、歴史を追ってみていこうと思います。
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posted by staff at : 2011年03月31日
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2011.03.28
シリーズ「人類の部族移動」その3~南方モンゴロイドの拡散と新モンゴロイドの誕生 ~

画像はこちらよりお借りしました

画像はこちらよりお借りしました
これまで
シリーズ「人類の部族移動」その1~人類史を追求する意義と視点
前回
シリーズ「人類の部族移動」その2~モンゴロイドの誕生と拡散~
ここでは日本人には多種多様な系統がある。また、最も主流を占めているのが、“D2”であり、次に“O2b”で、南方のフィリピン方面からの“C1”や北方の樺太方面からの“C3”の系統は少数派であることが解る・・・でした。
今回はこのD系O系の南方系モンゴロイドの部族移動に着目して追求します。
ところで
上図の骨格は縄文人と渡来系弥生人(騎馬民族系)との比較です。一般にはこういわれています。
・古(南方)モンゴロイドは、南方系で背が高く手足も長く体の表面積に比べて表面積が広いので体温を奪われやすく寒さに弱い。顔も彫が深い。
・新(北方)モンゴロイドは、北方系で手足が短く背も低いので熱効率がよく寒さに強い。顔も扁平である。 😛 (いわゆるずんぐりむっくり) :blush:
ただ最初に日本列島で暮らし始めたのは縄文人であることは間違いありません。
骨の形をみるとどうやら縄文人は南方系の適応をしています。
我々の祖先の縄文人は南方系か北方系か?どちらなのでしょうか?
その参考になる投稿を紹介します。
’10年末なんで屋劇場レポート3~南方モンゴロイドの拡散と新モンゴロイドの誕生
●南方モンゴロイドの拡散
他方、南方のモンゴロイドは温暖湿潤で豊かなスンダランドを中心に、大きな移動を起こすこともなく、定着して南方に適応的な形質を強めていったが、1.4万年前から6千年前の温暖期には、極地の氷床が溶け出したことでスンダランドの海没が始まり、南方モンゴロイドの拡散が始まる。
その内の一派は太平洋へと乗り出していき、ポリネシア、メラネシア人となり、インドへと流れ込んだ一派がドラヴィダ人となり、中国へ進出した人々が現在につながる原中国人となった。(バイカル湖周辺にいた北方モンゴロイドも南下し合流したと思われるが、前述の通り免疫力に劣るため、少数派となった。)
また1.4万年前の温暖期に、D祖型のモンゴロイドがスンダランドからモンゴル高原へと進出した。しかしそのすぐ後、1.3~1.1万年前の極寒化に伴い、一方では西回りにチベット方面へ、もう一方では東回りに南下し朝鮮半島を越えて日本へとやって来た。前者は、チベット族(D1,D2)となり、後者は縄文人(D2)となった。
以上、南方系モンゴロイドの系譜を模式図にまとめる。
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この表で楕円で囲んだところが新(O3系)旧(D系)少数派(C3系)のモンゴロイドである。
下図ではy染色体の系統分析でのルーツでは、日本人には縄文人の特徴を示す(D2)が主流であり、北方騎馬民族の特徴を示す(O3)の因子ももっていることがわかる。 🙄 🙄

●新しい北方適応モンゴロイド=新モンゴロイドの登場
1万年前、温暖化すると、スンダランドからパミール高原・タリム盆地に北上していたO型モンゴロイドがさらに北上してアルタイ山脈・モンゴル高原に進出し、新たに北方適応したO3タイプの北方モンゴロイドとなる。このタイプが後のトルコ族、モンゴル族、ツングース族といった現存する北方モンゴロイドの祖となる。この新しく登場し、現在につながる北方モンゴロイドをほとんどが絶滅してしまったC型の旧い北方モンゴロイドと区別するために新モンゴロイドと呼ぶことにする。このO3モンゴロイドはこの後、中国へ進出すると、豚の家畜化に伴って強い免疫力を獲得したためと思われるが、中国人の主流となって行く。現存する中国人は、華北では66%、華南でも33%、チベットでも33%がO3タイプである。
ただし、日本ではO3タイプの比率はそれほど多くなく、都道府県によるばらつきはあるが、24~14%といったところである。これは同じO3タイプでも免疫力を獲得しないまま日本に到着したためと考えられる。(免疫力の強さと遺伝子タイプは必ずしも一致しないと考えらるべきだろう。)
1.4万年前の温暖期に、D祖型のモンゴロイドがスンダランドからモンゴル高原へと進出した。それが日本に渡った。それはアイヌも同様である。縄文人の系統はD系統が主流であり、その系統はもともと南方系であることがわかる。その後このy染色体の型が示すように弥生系渡来人と混血していったことがわかる。
分子生物学の観点からも面白いデータが見つかりました。
つづきます。
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posted by tennsi21 at : 2011年03月28日
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2011.03.27
緊急企画 「東日本大震災は日本人に何を覚醒させるのか!」 プロローグ
東日本における巨大地震・津波の発生とその後の原発事故・放射能汚染は、日本に大きな傷跡を残しました。
地震や津波などの自然災害は、原始以来何回も繰り返し襲ってきて、日本人の性質の形成にも大きな影響を与えていると思われます。
震災後の一風景 リンクよりお借りしました
それに対して、原発事故は明らかに人災の比重が大きく、日本の社会統合というレベルでの不適応を示すものと言えるかもしれません。この事故を契機に、お上のやることに余り口をはさまなかった日本人も、より高い適応を求めて覚醒していく可能性があるのではないかと思います。
福島第一原発3号機で水素爆発
この企画では、おおよそ7回にわたって、災害時に現れる日本人の特性とそれを形作ってきた自然環境・歴史、そして原発事故が日本人にもたらしたもの(日本人の何を変えたか)について追究していきたいと思います。
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posted by ihiro at : 2011年03月27日
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2011.03.26
「南から見た縄文」2~オーストロネシア語族(ポリネシア人)は、なぜ遠洋に拡がったのか?~
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「南からみた縄文」第1弾では、南太平洋地域に拡がるオーストロネシア語族について、その言語的特長から、どこから派生し、どのように拡がって行ったのかを調べました。
東南アジアにルーツをもつオーストロネシア語族が、その高い航海術を駆使して東へと移動した時期は、大きく2回に分けられ、1回目は今から5000年前に動き出しました。そして、2回目の3500年ほど前からよりダイナミックとなり、土器や樹木類、根茎類を携えてメラネシア、ミクロネシア、ポリネシアの大小の島々へと渡り、移住、定住、混血を繰り返しながらやがて、ハワイ諸島やイースター島まで拡散していきます。
では、どうして彼らは、ハワイ諸島やイースター島まで移動したのでしょうか?ハワイ諸島への最初の集団移住があったとされるマルケサス諸島からは、3,500kmも離れており、まず、どうやって見つけたのか?不思議ですし、何もなければ、行こうとも思わないでしょう。
ネット等で調べると、好奇心、冒険心が旺盛だったから等と書かれていますが、女性や子供も連れていることから、それだけでは説明がつきません。
そこで、第2弾では、そのオーストロネシア語族は、どうして太平洋中に拡がったのか?その謎に迫りたいと思います。
進む前に応援よろしくお願いします 
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posted by jomon10 at : 2011年03月26日
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2011.03.24
戦争の起源・見直し~戦争の直接の原因は、6500年前の交易化にある!
2月12日の記事で、 戦争の起源として、「人類史上初の戦争は、5500年前、イラン高原で勃発した!」と提起しましたが、3月13日のなんでや劇場で、あらたな認識が塗り重ねられましたので、紹介します。
この議論の問題意識の背景にあるのは、 「白人の意識構造の解明を図る」ということです。そのために、彼らの生産様式の流れを、改めて狩猟→牧畜→遊牧→交易→略奪と措定し、各段階での意識の変化をたどっています。
以下、3/13なんでや劇場(1) 牧畜によって何が変わったのか?より
牧畜が登場することによって、何が変わったか?①これは栽培も同じだが、牧畜によってはじめて、常時蓄積された財が登場する。それ以前も例えば、洞窟に動物の死骸の骨を溜めることはあったはずだが、そこでは財という意識はなく、収穫物の蓄積財が登場してはじめて財産意識が登場したであろう。
②もっと大きな転換は、動物を飼い馴らすという自然の摂理に反する行為が登場したことである。
それまでは自然(動物)は畏敬の対象であり、生命をいただく代わりに感謝の念を捧げていたわけだが、その自然を人間が飼い馴らすというパラダイム転換が起きた。
以下、3/13なんでや劇場(2) 遊牧によって何が変わったのか?より
遊牧になって何が変わったか?
①母集団と遊牧男集団という重層社会に変わる。
②婚姻制が母系婿入り婚→父系嫁入り婚に転換し、同時に母権集団→父権集団に転換した。
③人類500万年間、女たちは女集団の中で生きてきた。母系の段階では女たちの生まれ育ちはみんな一緒であったが、父系になるとそれぞれの集団の女たちの出自はバラバラなものになる。女たちの共認充足空間の中に隙間風が吹くようになり、とりわけ、嫁取り交渉では集団の財が多い方が交渉が有利に運ぶので、各氏族の蓄財意識が高まってゆく。こうして出自の違う女同士の間で私益の対立が発生しはじめる。これが相対自我の芽生えであり、遊牧→父権転換(嫁取り婚)から自我が発生したと考えられる。
以上のような意識変遷の後、交易集団になると何が変ったか?に分け入っていきます。
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posted by urara at : 2011年03月24日
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2011.03.21
シリーズ「人類の部族移動」その2~モンゴロイドの誕生と拡散~
前回の投稿より、
21世紀初頭には世界は大転換を向かえるだろう。それはこれまでの追求によれば、おそらく西洋文明から東洋文明への転換ということになると予測される。・・・・・
東洋文明の源泉、私たちの祖先と言えば、モンゴロイド。
日本の祖先は、北方系(モンゴロイド)なのか南方系なのかという議論をよく耳にするが、その大元である原モンゴロイドについて語られることは少ない。
今回は、その原モンゴロイドにスポットを当てて紹介したいと思います。
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まず、添付されている『Y染色体亜型の世界的分布』図の右側中央の“Y染色体による系統分析”を見ていただけると日本人が多種多様な系統があることが解る。また、最も主流を占めているのが、“D2”であり、次に“O2b”で、南方のフィリピン方面からの“C1”や北方の樺太方面からの“C3”の系統は少数派であることが解る。
続きを読む前にポチ・ポチ応援お願いします。
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posted by sodan at : 2011年03月21日
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2011.03.17
【中央アジア】オアシス民の展開と遊牧民との相互依存
前回は中央アジアの北部の草原地帯と山間牧地で、夏営地と冬営地の間を季節移動する遊牧民についてみてきましたが、今回は南部のオアシス地、農業を主とする定住民(オアシス民)の展開と、オアシス民と遊牧民の関係についてみていきたいと思います。
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| 「ほろほろ人生旅PHOTO日記」より |
中央アジアの北部が、草原の民である遊牧民の活動の舞台であったのに対して、南部はオアシスの民である定住農耕民の舞台でした。
オアシスとは沙漠の中で水を得られる地域を意味しますが、より正確には、沙漠で水の得られる地域で、その水を積極的に利用して人間が居住できるようにした地域を意味します。
では、早速、オアシス及びオアシス定住民について見ていきましょう。
その前に応援よろしくお願いします。
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posted by yoriya at : 2011年03月17日
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2011.03.13
「南から見た縄文」 スンダランドからタヒチまで、太平洋に広がる大語族、オーストロネシア語族(≒マレーポリネシア語族)!!

新シリーズ「南からみた縄文」第1弾は、スンダランドから太平洋全域へと展開し、大勢力となっているオーストロネシア語族(≒マレーポリネシア語族)を扱います。
日本人と、南方、ポリネシア人はともに母音語族であるといわれます。世界の他の民族(子音語族)が、対立し立場をはっきりさせる会話をするのに対して、この両民族は相手と潜在意識を溶け合わす会話がベースだと言われます。
そして、縄文人は受け入れ体質で本源的と言われますが、タヒチのポリネシア人もやはり、例えば初めて白人が到来したときの歓待ぶりにみられるように、受け入れ体質で本源的と言えそうですね。
(以下、後藤明著「海を渡ったモンゴロイド」を参考にして書きます。)
ポチっと応援お願いします。
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posted by fwz2 at : 2011年03月13日
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2011.03.12
「カナートの結婚」に見るアラブの性意識
イラン高原では水は人々にとって極めて貴重でさまざまな風習や言い伝えがある。その中には最も大切な水と婚姻関係を結ぶという非常に珍しい風習が残っている。イランには村落の数以上にあると言われているカナートの豊かさを願う風習である。
以前から度々紹介してきた「カナートイランの地下水路」の著書の中よりこの風習の実態を紹介しておきたい。この話は水に対する人々の願いの強さというより、アラブ世界での性意識という点で、注目しておきたい。

それにしても東北地方太平洋沖地震の今後が心配になります。
この縄文ブログでも今後の復興を応援していきたいと思います。
posted by tano at : 2011年03月12日
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2011.03.11
シリーズ「人類の部族移動」その1~人類史を追求する意義と視点
こんにちは、saahです。
これから数回にわたり、2度のなんでや劇場で議論されてきた「人類の部族移動」について紹介したいと思います。
今回を含め全11回にわたり、以下のよう内容で紹介してゆく予定です。
第1回目:人類史を追求する意義と視点
第2回目:モンゴロイドの誕生と拡散
第3回目:北方移動した原モンゴロイドと、現在の北方モンゴロイド
第4回目:中国文明とは何か
第5回目:縄文人の気質と、適応の可能性
第6回目:1万年前以前の南欧以北の欧州
第7回目:原欧州人と原シュメール人
第8回目:印欧語族の出自
第9回目:掠奪集団~掠奪部族の玉突き移動
第10回目:掠奪部族による支配国家の誕生~部族共同体の崩壊
第11回目:まとめ
以上を見てゆく中で、人類の移動の理由=直面した外圧状況に肉薄することにより、現在の人類に繋がる基層は一体いつ、どこで、どのようにして作られてきたのかを明らかにしていきたいと思います。
いつものように応援をよろしくお願いします。
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posted by saah at : 2011年03月11日
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