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2009年08月30日

人身御供伝説と修験道師(山伏)との関係

人身御供伝説と修験道の深い関係が日本人の心を繋げている。という面白い話しがあったので投稿します。そしてその繋がりは、やんごとなき人と葛城氏に繋がって行きます。
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人身御供伝説の例を「アニミズム人身御供」からの引用します。引用開始
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人身御供とは、神に対する生きた人間を捧げ神の妻になることで、とくに処女の女性が選ばれた。
 白羽の矢というのは、生け贄として望まれる家には白い羽の矢が刺さったことに由来するが、神の意志であるから、人知ではいかんともしがたいものであった。
神がそのようなことを望むわけがないという発想は、やがて供物に形を変えたが、一部髪の毛を捧げるという発想はその名残である。
 人身御供の伝承は形を変え、様々な場所に昔話として残されている。
 例えば、静岡県見附の残されている早太郎の伝説である。見付神社では、秋になると白羽の矢が立ち、娘を人身御供として差し出さなくてはならなかった。その当夜旅の僧が隠れてみていると、出てきたのは年老いたヒヒで、「早太郎には知らせるな」という謎の言葉を残して娘と共に闇の中に消える。僧は、早太郎を捜して秋葉街道を上り、信州に出たとき、早太郎が駒ヶ根の光前寺という山寺に飼われている犬の名であることを知る。早太郎は、山犬との混血犬であり、俊敏な犬であった。僧は事情を話し、早太郎を伴って、見付神社を目指す。祭りの当夜、娘が入るべき籠に隠れていた早太郎は、魔物と対決して倒す。しかし早太郎自身も傷つき、光前寺にたどり着いてのち絶命する。
 この話は「猿神退治」の話を変形させたものであり、同様の話は全国に散在している。
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引用終わり
簡単にまとめると、白羽の矢が立ち、自分の娘を人身御供に指定された父親が、我が娘を助けたい一心で生贄を差し出す場所に忍び込む。そこで「例:早太郎には伝えるな」という相手の弱点(早太郎)を盗み聞いてくる。そして必死に例:早太郎を探す。この早太郎は犬が多く、この犬が人身御供を食する妖怪(猿が多い)を倒して自らも力尽きる。という話しが非常に多いようです。
ポイントは犬です。犬は狼(おおかみ)で「神の使いである」と言う思想があるようで、密教・修験道にその源が有るという話しを未来狂冗談さんの「天狗(てんぐ)修験道と犬神・人身御供伝説」にありました。
その話しを大雑把にまとめると

修験道(山伏)師は大陸からの渡来人で東洋医学、鉱物学、薬草学他の知識を持っていた。土着民は病気を「祟り」として恐怖の一つとしていた。それを修験道=山伏は表向きは呪詛で治す。実態はつぼを指圧等するなどの東洋医学や薬草を使って治していたのだが、土着民から見るとそれは奇跡に見え、山伏が神に見えた。修験道は山岳信仰であり、土着民のもつ山の神=日本の狼=オオカミ=大神と繋がり土着民の安心感と信仰心もつかんだ。 🙂
次に、修験道師が行く所「人身御供伝説」の事例が事欠かない。大猿、大蛇、狼、もろもろの化身が登場して、村人を苦しめ、祟りを恐れた村身とが「人身御供」をささげ、それが「人身御供伝説」となって後世に残った。

ならば修験道師と人身御供伝説は関係があると考えるの自然ですね。そこで仮説です。
例えば、修験道師の一味が村人を誘拐し、これを妖怪が食べてしまった。これを防ぐには若い娘の生贄が必要といったことを何かの「祟り」として吹聴する。村人はその「祟り」を鎮める為に修験道師に相談する。修験道師は「祟り」を鎮めには密教の呪詛が必要で、修験道師の相手をする「呪詛巫女」が必要と話す。村人は抵抗無く、進んで「呪詛巫女」を提供するようになる。この段階では、いかに「祟りの恐れ」を作り出すかが重要な課題になる。 🙄
その後、村人は修験道師にお願いして、災いを回避する呪詛を行ってもらい、妖怪の怒りを鎮める為に少女が生贄にされる。
この人身御供に供された少女は、呪詛の力=神の使い犬神様(大神/おおかみ様)に妖怪から助け出され、修験の呪術を十分施され、「神の子を身ごもって戻ってくる」。
そして生贄が村長や庄屋の娘であれば、身ごもった神の御落胤がその後の村長や庄屋を継いで行くことになる。
呪詛巫女になるには性的な処置が必要となる。これは修験道師との性的な交わりになるのでしょう。その子供は村長・庄屋で大切に育てられて次代のリーダーになっていく。
以上を簡単にまとめると、人身御供伝説とは修験道師の自作自演で、村長・庄屋を血の関係で押さえ、同じく呪詛巫女も抑えることで「祭祀権」も獲得する手法にも見えます。
そう言えば冒頭の人身御供に登場する早太郎も、山犬との混血犬とあり自作自演を伺わせます。
修験道の日本全体への広がりはその血の広がりを示します。
🙄
この血を広げる目的とはなにか?
未来狂冗談さんは、大和朝廷いまだ安定しない黎明期の飛鳥時代、修験道を広めた役小角(えんのおずぬ)とその一党が大王(おおきみ)から賜った密命によると話し、密命とは「誓約の概念に拠るいささか強引な民族同化策」で、国内の諸民族(諸部族)を混血化されれば良い。それも全ての民に、皇統・葛城氏族(賀茂氏)の血を注げば良い。皇統の血を受け継ぐ賀茂一族が、この任に最も相応しい。つまり修験道には、村々に分け入り、「村人の信仰心に乗じて」賀茂氏の子孫を村々の女性に植え付けて歩く究極の使命を負っていた。と展開されています。
「大王(おおきみ)の密命」こそ、良くも悪くも大和民族を血統的に統一させ、単一民族意識に仕立て上げたのである。これが血の繋がりの最終目的と話されています。
⇒未来狂冗談さんの話しは大陸の狩猟部族の信仰である「北斗・北辰信仰」や密教他に話しが及んで非常に参考になりました。
 世間では修験道は秦氏という説もあれば、今回の葛城氏という説もある。いずれもその名前は消えて行く。実は、同じ氏族かもしれないし、「誓約」という血の交わりで一方が同化して名前を消したのかもしれない?今後は、秦氏を頭に入れつつ、葛城氏を追いかけて見たいと思います。
😀

投稿者 sakashun : 2009年08月30日 List  

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コメント

>不安発の古代宗教と感謝・同化の精霊信仰
このタイトルいいですね。
古代宗教が不安発ならば、精霊信仰は充足発といったところでしょうか。
縄文に限らず原始人類はみな精霊信仰から始まっていますが、跡形もなく消え去った民族と、現代まで心底に脈々と受け継がれている民族との差は何なんでしょうね。
日本においては略奪闘争の始まる時期がかなり遅かった(もっともさしたる戦争も無かった)わけですが、それ以上に、庶民における共同体の暮らしを長く長く続け守ってきたからなのでしょうね。

投稿者 nishipa : 2009年10月21日 12:35

否定発に対して、全てを肯定して受け入れている。ここが現代人の意識とはかなり違うところだと感じました。
どんな外圧に対しても不安がなくなれば、それを受け入れ突破できる。そんな強さが日本人にはあるというところでしょうか。

投稿者 さーね : 2009年10月22日 21:00

うまく言えないのですが、
一神教は『唯一神 対 個人』の関係が強く、個人間の関係が弱い。
それに対して
精霊信仰には“唯一”とか“個”のような概念が存在せず、取り巻く全てが一体のものであると言うような感じ。
集団の結束力と言う観点からは明らかに精霊信仰に分があると思う。 

投稿者 R : 2009年10月22日 22:04

nishipaさん、さーねさん、Rさん、
コメントありがとうございます。
>古代宗教が不安発ならば、精霊信仰は充足発といったところでしょうか。<nishipaさん
 本当にそうですね。正に厳しい現実も含めて受け入れる精霊信仰だからこそ、その先の本当の充足に到達出来たのではと思います。
>どんな外圧に対しても不安がなくなれば、それを受け入れ突破できる。そんな強さが日本人にはあるというところでしょうか。<さーねさん
 縄文時代・先人から脈々と受け継ぐ万物への同化と応合の姿勢があれば、どんな大きな課題であれ突破する力を日本人は持っているように思います。
 縄文の思考を勉強する過程で、先人から学ぶことは本当にたくさんあるなと感じています。
>集団の結束力と言う観点からは明らかに精霊信仰に分があると思う。<Rさん
 そうですね。それこそが共認を最大の活力源・圧力源とする人間にとって最高の力を発揮する可能性となるのではと思います。

投稿者 dai : 2009年10月22日 22:36

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