2008.11.10

中国に純粋血統の‘漢族’は存在しない

こんばんは。
今日はニュースをひとつ紹介します。
以前、漢民族について書きました。
>紀元前二二一年の秦の始皇帝の中国統一以前の中国には、「東夷、西戎、南蛮、北狄」の諸国、諸王朝が洛陽盆地をめぐって興亡を繰り返した。そして、この興亡の中から漢民族が形成された。
漢民族の正当化観念“中華思想”の歴史

これが、中国の遺伝学の学者によって証明されたというものです。
この図は漢時代の中国地図です。
北方にいろんな部族がひしめきあっていますね!
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posted by nishipa at : 2008年11月10日 | コメント (3件) | トラックバック (0) List  

2008.11.09

貝は語る(シリーズ①)

ずっとこの疑問を暖めていました。
縄文時代の海進、海退とその温度変化はどのようであったのか?

その変化は地域の温暖化をどのように推し進めたのか?
具体的には縄文時代に多く人が住んでいたと言われる東北地方の気候状況とはどうであったのか?
西日本の気候はどうであったのか?
縄文時代は人は気候変動に併せてどのように移動したのだろうか?
そしてそれらを明らかにするには
    ・
    ・
    ・
縄文時代1万年の気候を知る有効な手がかりを見つけた。
今日からシリーズでこの本の中の記事を紹介しながら、この課題に迫ってみたいと思います。
「貝は語る縄文海進ー南関東、+2℃の世界」 松島義章著
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さて、下手な私の解説はできるだけ省略してこの本の原文を掲載していきます。

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posted by tano at : 2008年11月09日 | コメント (5件) | トラックバック (0) List  

2008.11.08

大化の改新の偽り(その1) ~蘇我氏悪玉説への疑問~

大化の改新(たいかのかいしん)は飛鳥時代の孝徳天皇二年春正月甲子朔(西暦646年)に発布された改新の詔(かいしんのみことのり)に基づく政治的改革。中大兄皇子(後の天智天皇)らが蘇我入鹿を暗殺し蘇我氏本宗家を滅ぼした乙巳の変(いっしのへん)の後に行われたとされる(この暗殺事件を大化の改新と呼ぶこともある)。天皇の宮を飛鳥から難波宮(現在の大阪市中央区)に移し、蘇我氏など飛鳥の豪族を中心とした政治から天皇中心の政治への転換点となったという。(ウィキペディアより)
「大化の改新」といえば、むしごめ喰って。。。で年号(645年)を覚えた人も多いと思いますが、蘇我氏が暗殺された理由は、氏族の力を弱めて天皇中心の政治に改革する為ではなく、単なる皇位継承を巡るクーデター だとする見方がある様です。
このことは、後の権力者により日本書紀の記述が捏造されていたことを意味します。
この大化の改新には、誰もがよく知っている人物「聖徳太子」も関係しています。
写真は、21世紀中国総研より拝借しました。
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posted by maeyan at : 2008年11月08日 | コメント (2件) | トラックバック (0) List  

2008.11.07

謎の大王、継体天皇を解く。

こんばんわ。7世紀の解明に続いて6世紀に移ります。6世紀と言えば継体天皇の時代です。
るいネットでも続々と投稿が続いていますが、このブログでも継体分析をしていきたいと思います。
継体天皇の出自と彼を取り巻く豪族の勢力争いについてまとめていきたいと思います。
ここでは最近読んだ黒岩重吾の「古代史の真相」を参考にそこから引用して書いていきます。黒岩氏はさまざまな諸説を総合して分析されており、かなり信憑性の高い分析を書かれています。
21CSF9KRDCL._SL160_.jpghttp://mediamarker.net/media/1/?asin=456956948X
まずは継体天皇登場前夜の状況です。
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posted by tano at : 2008年11月07日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2008.11.06

継体は諜報機関を持っていた?

未分類

現皇室との血縁が確認できる最古の天皇と言われる継体天皇ですが、その出自を含め、多くの謎に包まれています。
その謎のひとつに、彼が天皇継承の際に、相談を持ち掛けたという河内馬飼首荒籠との関係があります。
当時、馬飼は「下賎の者」とされていました。
今回は、その謎を探りたいと思います。
    我が国最初の諜報機関は馬飼部より
    

日本書紀の第十七巻、継体天皇元年の条に河内馬飼首荒籠 (かわちうまかいのおびとあらこ) と云う人物が出てくる。 彼は北河内の樟葉の辺りの淀川の河川敷に開いた牧場で馬を飼うことを生業とし、馬飼部と呼ばれていた部族の首長である。 この馬飼部が、組織的な諜報機関としては、おそらく、我が国最初のものではなかったろうかと思われるのである。

時は今から千五百年も前、六世紀初頭の事。 日本書紀はそのあたりの状況を大略次のように述べている。
男大迹 (おおと) の王、後の継体天皇は越前から近江にわたる範囲に勢力を張っていた王である。 彼が五十七歳の時、大和では応神王朝最後の大王武烈が薨去したが、子供がなかったために大王位の継承者がなかった。 そこで、重臣の大伴金村 (おおとものかなむら) は人々と議し、 仲哀天皇の末裔なる倭彦王を丹波から迎えて後継者とすることにして迎えの兵を送ったが、 倭彦王は討伐の軍と勘違いして逃げ失せてしまった。 そこで、金村は人々と再び議し、応神天皇の末裔の男大迹 (おおと) 王を越前から迎えることにして軍を送る。 男大迹もまた討伐軍かと疑ったが、直ちに河内馬飼首荒籠のもとへ使いを走らせて情報を連絡させ、 その軍が迎えの軍であることを確認し、金村の求めに応じて楠葉に至って、 ここで即位して継体天皇になったと述べている。

しかし、真実は、このような平和的なものではなかったと多くの研究者は考えている。 大和に覇権を確立していた応神王朝も、中興の大王雄略の没後は混乱と紛争が相次ぎ、 地方には群雄が割拠して末期的状況であった。 各地の豪族たちは風を望んで中原 (ちゅうげん) に進出して大王位を簒奪 (さんだつ) せんものと野望を膨らませた。 丹波の倭彦もその一人であり、越前近江の男大迹もその一人であった。 また、筑紫の王なる磐井もその一人であった。 最初に大和への進出を図った倭彦王は激戦の末に大伴金村の軍に敗れたが、 男大迹は二十年にもわたる長い長い戦いの後に大和に入り、遂に前王朝を滅ぼして、新たな王朝を開いた、 と云うのが真実に近いと考えられている。

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posted by naoto at : 2008年11月06日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2008.11.04

渡来人の日本に入り込む戦略とは

未分類

神社を通じて、渡来人と日本人との関係はどんな構造だったのか?を調べてみました。 😀
手掛りは日本の神社(≒天皇)は韓半島に由来!?からです。
その中に記載されている高麗神社から調べてみました。
「高麗(こま)神社と渡来人」から抜粋します。
以下抜粋
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ラグビ-ボ-ルの形をした埼玉県の重心から南(下)へ進むと、日高市があります。この地にある高麗神社には、高句麗系の渡来人・若光(じゃっこう)がまつられています。写真は、高麗神社本殿入口の門の扁額ですが、「高」と「麗」の文字の間に、小さく「句」の文字が入っていることがわかります。明治末期に、当時の韓国政府閣僚・趙重應が奉納したもので、10世紀に成立した高麗王朝と区別するために「句」の文字を入れたそうです。
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  さて、その若光とはどんな人物だったのでしょうか。彼は、高句麗の王族の出身と伝えられ、高句麗滅亡の2年前の666年に来日したと言われています。相模国大磯の郡長などを歴任した後、716年に武蔵国に新たに高麗郡が設置されるとともに、郡の大領(長官)として赴任してきます。『続日本紀』には、高麗郡設置に際し、駿河・甲斐・相模・上総・下総・常陸・下野の7カ国に居住していた高句麗人あわせて1779人を移住させたとあります。この間、朝廷から従五位下という位階や「王(こきし、こにきし)」という姓(かばね。身分をあらわす称号)を与えられていた高麗王(こまのこきし)・若光は、彼らを率いて新天地の開発にあたることとなったわけです。若光の死後、郡民が遺徳をしのんでその霊を高麗神社にまつりました。(中略)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
抜粋終わり
 
高句麗の王族の若光とはどんな人か?
2年後に新羅に滅亡される高句麗の王のようで、ひょっとすると亡命だったのかもしれません。そして、その血筋を残す為に高麗郡の設置に際して分散していた高句麗人を2000名近く集めたのではないでしょうか?特に興味を引いたのは、当時の2000人に近い人数の力とはいか程のものだったのか?であり、この多くの人数を受け入れるには既存の村には物資も財もないでしょう。そこをどのようにして入り込んみ高麗神社建立にまで至ったのか?を考えて見たいと思います。 😀
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posted by sakashun at : 2008年11月04日 | コメント (5件) | トラックバック (0) List  

2008.11.04

縄文時代の食物

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今日は縄文時代の食文化について、世界学問研究所の公式HPから引用したいと思います。
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posted by dai1028 at : 2008年11月04日 | コメント (3件) | トラックバック (0) List  

2008.11.03

古代日本の国家成立は何か違う

古代日本を読み解くのはなかなか難しい…と感じていますが^^;、司馬遼太郎さんの分析はなかなか面白く、日本史を大きくみて「なんで?」ってところを探ってくれています。
それによると、どうも日本の古代国家成立は他の国とは大きく違う。
中国大陸の外圧状況や歴史的事件の整合性を視点に置くと、「やはりおかしい」と僕自身も感じました。日本史のある事象に思考を留まらせるのではなく、歴史の大局をまず捉えるという視点が重要だと感じました。
今日は、東北物語り伝承館を参考にさせていただきました
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真の日本史を勉強しませんか
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byさーね

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posted by sawatan at : 2008年11月03日 | コメント (2件) | トラックバック (0) List  

2008.11.02

アメリカの先住民はどこから来たの?

未分類

以前に「北方モンゴロイドって何?」という記事がありました。
その中で、アメリカにはいつごろ人類が到達したのかが述べられています。シベリアからアメリカ大陸につながるベーリング海峡がは、1万2千年前には陸続きで、マンモスやトナカイを追っていた北方モンゴロイドが、これら追ってアメリカ大陸にやってきたという考え方です。メソアメリカの古代文明を築いた先住民が、北方モンゴロイドだという説ですね。
今回は、それより以前に海を渡って、アメリカに渡った人類がいたというお話です。%E8%B5%A4%E9%81%93%E3%81%AE%E6%B5%81%E3%82%8C.jpg
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posted by hiroshi at : 2008年11月02日 | コメント (0件) | トラックバック (0) List  

2008.11.01

古代人の森林破壊~ギルガメシュ叙事詩より~

お久しぶりです。ぴんぐ~です
突然ですが皆様、『ギルガメシュ叙事詩』ってご存知ですか?
『ギルガメシュ叙事詩』とは、世界最古の文字、楔形文字で書かれた古代メソポタミアの文学作品です。
なんとこの物語、森の神殺し から始まるのです。
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 (ギルガメシュ叙事詩の粘土板)     (レバノン杉)
ユーフラテス川の下流域にウルクという都市国家があり、そこの王様 ギルガメシュは自分の町を立派にするためには が必要!ということで、レバノン杉の森に出かけていきます。
みんなは、「レバノン杉の森にはフンババという森の神がいて、行ったら殺されるからやめとけ 😡 」と言うのですが、ギルガメシュは半身半獣の神様エンキムドゥの助けを借りて、森の神フンババと戦い 、殺して、とうとうレバノン杉の森を手に入れるのです
でも、なんで森の神を殺すことが、物語になる程ギルガメシュ王の武勲とされたのでしょう?
不思議ですよね
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posted by pingu at : 2008年11月01日 | コメント (3件) | トラックバック (0) List  

 
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