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貝は語る(シリーズ①)

Posted By tano On 2008年11月9日 @ 12:46 AM In 縄文人の外圧 | 5 Comments

ずっとこの疑問を暖めていました。
縄文時代の海進、海退とその温度変化はどのようであったのか?

その変化は地域の温暖化をどのように推し進めたのか?
具体的には縄文時代に多く人が住んでいたと言われる東北地方の気候状況とはどうであったのか?
西日本の気候はどうであったのか?
縄文時代は人は気候変動に併せてどのように移動したのだろうか?
そしてそれらを明らかにするには
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縄文時代1万年の気候を知る有効な手がかりを見つけた。
今日からシリーズでこの本の中の記事を紹介しながら、この課題に迫ってみたいと思います。
「貝は語る縄文海進ー南関東、+2℃の世界」 松島義章著
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さて、下手な私の解説はできるだけ省略してこの本の原文を掲載していきます。


はじめに
日本列島は北東から南西に細長く、最北端の北海道稚内宗谷岬から最南端の沖縄島諸島波照島まで、約3000キロメートルにおよぶ。四方を海で囲まれ、海岸線も総延長35000キロメートルをこえ、日本列島をめぐる海の自然環境や景観は多彩で、海藻が繁る北の寒帯の海からサンゴ礁が発達する熱帯の海まで変化に富む。
紀伊半島以南の南の海に本格的なサンゴ礁が見られるのは、日本列島の南側に沿ってフィリピン近海に源を持つ暖かい黒潮が北上しているためである。一方、北からは冷たい親潮が千島列島から北海道太平洋側、さらに本州三陸海岸に沿って南下している。その為、親潮が洗う北海道東海岸の海水温は、日本列島のなかで最も低い値を示し、冷たい。
日本海は典型的な縁海で、対馬海峡、津軽海峡、宗谷海峡、間宮海峡の4つの浅くて狭い海峡によって外洋と連絡している。
(中略)
このように日本列島沿岸を洗う海流も、いつも一様な流れを示すものではなく、温暖な時期には暖流は勢いが強くなって北上し、寒冷な時期には逆に寒流の南下が強まる事で知られ、海流の動きは常に地球規模の気候変動として同調している。
気候変動に伴う海水の動向は海に住む生物の生息域の環境を大きく支配する。約2万年前の最も寒冷化した時期には海面がマイナス120m前後の低い位置にあったが、それ以降の地球の温暖化によって海面は急激に上昇し、約1万年前の完新世のはじめには、マイナス40m前後に達していた。温暖化はさらに進み、約6000年前の縄文時代中期には、海面が現在より2~3mも高い位置にまで到達していたことが知られていた。
本書ではこのような海面の激しい変動や黒潮の消長、海水温の変化を沿岸に生息する貝類群集から検証してみることにした。幸いにして約1万年前以降の貝類は沿岸地方をつくる沖積層に化石として残されている。また、当時の海岸沿いに住んでいた縄文人は貝類を重要な食料として採取し、その貝殻が貝塚として残されている。これらの貝類を整理してその貝が語る情報をもとに、縄文時代以降の沿岸低地の生い立ちと、海岸環境の変遷を復元してみる。
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この本では調査資料として関東平野、東京湾、北海道沿岸部を対象としたボーリングデーター、実地調査に基づいて作り上げられた。
海進、海退を示す海面変動の証拠を、各地の沿岸低地に分布する海成沖積層から算出するハマグリやアサリ、マガキなどの貝化石を使ってみることにする。
まず貝化石の生息していた年代についてはその貝殻を用いて知ることのできる放射性炭素年代測定法(以下14C年代測定)によって求められる。さらに試料に使った貝の生態的特長や分布から、その貝化石が生息していた過去の海の詳しい様子を明らかにすることができる。さらに海成沖積層中の貝化石が算出する場所によっては、鬼界アカホヤ火山灰(6300年前に起きた南九州の火山の噴出した火山灰)や鬱陵隠岐火山灰(9300年前に日本海西部の鬱陵島から噴出した火山灰)などの遠方から飛ばされてきた広域火山灰が含まれており、これらの火山灰を対比させる事によって広い地域にわたって同時間面を決定する事もできるようになった。
その結果日本列島全体で約1万年前以降において時間・空間的にどのように海面が変動し、地形や環境が変化してきたのかがわかるようになった。
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海成沖積層は1万年前以降に堆積した未固結で軟弱な地層である。この地層から算出した貝化石は全て現生種からなり、絶滅種、すなわち化石種が含まれていない。したがって沖積層から算出した貝化石は現生種の生態的な特徴やその分布の特異性、生物地理的な情報をそのまま適応できるという特典をもっている。これによって過去1万年の古環境は復元することができる。
たとえばハマグリやアサリ、カガミガイは一般的に内湾でも砂質底の広がる干潟で生息している。従ってそれらの貝化石が算出した場所はかつて内湾の砂地の発達する干潟であった事がわかる。また、サザエやあわび、トコブシなどの化石が算出すれば、それらの種は波の荒い岩礁海岸に生息している種のため、岩礁の海岸線が復元できる。
貝は種類によってその生息できる固有の分布範囲があり、その分布域から北にも南にも行けない。すなわち種類ごとに生息できる水温の範囲が決まっておりその温度範囲より水温が高くても低くても生息できないのである。これら貝の種類から古地理の変遷や海流の動向など年代によってどのように変化したかをを調べる事ができる。
例えば現在、北海道にはハマグリやシオフキは生息していない。しかし、北海道沿岸の各地に発達する海成沖積層を調べると縄文時代前期から中期の貝塚遺跡から、ハマグリをはじめとしたシオフキ、アカニシなど、現在の北海道ではまったく生息していない温帯種が多数見られる。これらの事から貝塚が形成された縄文時代早期から中期にかけて北海道沿岸に形成されていた内湾には、これらの温帯種が生息していたことを物語っている。
これらの貝化石の14C年代の測定はいずれも約6500年~4000年前を示している。
これら地層と貝の化石を緻密に分析する事によって、日本全土の古世代の地理と温度を凡そ明らかにすることが可能になるのである。
次回はその具体的なデーターを紹介していきたい。
今日はその予告として、縄文時代に明らかになっている海流の流れの変化について添付しておきます。
次回をお楽しみに
画像の確認 [3]


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