2008年11月19日

2008年11月19日

大化の改新の偽り(その2) ~日本書紀は捏造された「天智天皇物語」~

前回、悪者にされた蘇我氏冤罪説を展開しましたが、今回は、大化の改新=乙巳の変の登場人物の中で、誰がこの殺人を仕組んだのかを紐解いてみましょう。
そして、日本書紀に描かれているその捏造は、誰が何の為に行ったのかを明らかにしていこうと思います。
irukaansatsuzu.jpg
写真は飛鳥の扉より拝借
まずは、主要な登場人物の系図から(忍者かすこばの旅行帳より拝借)
TIPS2006.gif
 ―は親子関係 =は婚姻関係 (赤字は女性)
当時、皇極天皇の次期王位候補は、①山背大兄王、②軽皇子(系図にはないが、皇極天皇の同母弟)、③古人大兄皇子、④中大兄皇子の順番であったという。この順番は、誰かが死なない限り変わらないというのが、ルールであった。
第一継承者の山背大兄王は、人物的に問題があったといわれる。とすると、その暗殺は、蘇我氏の暴挙ではなく、天皇家の支持のもと、軽皇子派と古人派=蘇我氏が共同で共通の敵を倒したと解釈ができる。
とすると、蘇我氏が滅亡に追い込まれた理由は何なのだろうか?
応援の よろしく。
Blog Rankingにほんブログ村 歴史ブログへ

(さらに…)

投稿者 maeyan : 2008年11月19日  

2008年11月19日

日本民族の形成は北方系渡来人によりなされた

simasanの『日本の私権制は、弥生後期の北方民族の襲来によって確立された!』と言う投稿で
日本人は、概ね北方系が7~8割、南方系が2~3割と紹介されています。
又別の投稿でDNA研究からも同様なことが言われています。
縄文人とは大きく異なった「面長(高顔)・高身長」という特徴を持つ北部九州・山口型弥生人。
同じ特徴を持つ同時期の古人骨が中国・山東省や江南地方から見つかり、大陸か渡来してきた集団と考えられることは色々紹介されています。
弥生時代の初期に大陸から日本列島にやってきて、縄文系在来人と混血しながら人口を増やし、全国に拡散したと考えられている渡来系集団だが果してそうなのだろうか?
調べていくと弥生時代後期(邪馬台国の時代)から古墳時代を通じて人口が爆発的に増加しています。
このあたりに答えがありそうです。
この投稿は「【試行私考 日本人解剖】第3章 ルーツ 民族の形成(4)」から抜粋させていただきました。
続きをお読みになる前にバナーをクリックしてブログランキングのUPにご協力下さい。
          
Blog Rankingにほんブログ村 歴史ブログへ

(さらに…)

投稿者 mukai : 2008年11月19日