2008年11月11日

2008年11月11日

「ケガレ」意識を基盤に形作られた律令制度

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古代史グループでの追求により、古代日本史が実は朝鮮半島からの侵略史であり、氏族間の争い(ex.物部氏vs蘇我氏)も皇位継承を巡る争い(ex.天智天皇系vs天武天皇系)も、実は朝鮮半島における国家間の争いの縮図となっていることが徐々に鮮明になってきました。特に推古天皇朝以降の百済系勢力と新羅系勢力の争いは熾烈なものであったようですが、奈良時代を通じて徐々に天智天皇系(百済系勢力。藤原氏なども含まれる)にその主導権が移っていきました。この間、徐々に官僚制度の整備が進み、律令時代と呼ばれる時代へと入っていきます。
日本』という国を形作り統合するためには、「規範」が必要不可欠です。律令制度への移行においては、縄文人が持っていた規範意識・規範観念を下敷きにして、様々な規範が成立していきました。
この縄文人が持っていた基底的な規範観念が、今でも強く私たちの意識を形作る『ケガレ』です
現に、この『ケガレ』とタタリを大きな軸として描かれた「もののけ姫」は、私たちの心をつかみ、大ヒットを記録しました。

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投稿者 staff : 2008年11月11日