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2008年04月03日

ピラミッドはなぜ造られた?

こんにちわ。○です。
ちわわさんのエントリーから「ピラミッド建設の謎」の部分に関して調べてみました。
古代エジプトについて興味のある方から、「ピラミッドが三度の飯より好き」という方まで、ぜひぜひ読んで見てくださいな
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まずは時代背景から。
ピラミッドが熱心に造られたのは、エジプト第3王朝から第6王朝までの間の「古王国時代」と呼ばれる期間です。この時代の王様たちはこぞってピラミッドを造ったわけです。
さて、そもそも何で建てたの?
これにはいくつかの狙い 8) があるようです。
王様(体制)側と民衆側に分類してそれぞれ列挙してみましょう。
『王様側の狙い』
【宗教的側面】
この「古王国時代」に主に崇められていたのは「ラー神」と呼ばれる太陽神 王様はこの太陽神の化身とされていました。(ちなみにエジプトは多神教で、時代によって主神とする神が変わります。王様の出身地で崇められていた神とか、王様によっては神様を作っちゃった人も・・・
実はこの神様は死と再生をつかさどる神様でもあるようなんですね。ほら、太陽って毎日昇ったり沈んだりを繰り返すでしょ?これを神の死と再生と見ていたようなんです。 :o
つまり、王様が生き返るためにピラミッドというお墓を造ったっていうこと。
まさに太陽信仰のシンボルとしてピラミッドを造ったようです。
ちなみに、ピラミッドの形にも意味があるそうです。あの正四角錐という形は太陽の光と輝きを表すそうです。
:roll:
【政治的側面】
ここは結構重要 です。
この時代は、中央集権制が確立した時代と言われています。
実は、エジプトはムラ社会的な所で、それぞれの地方や集団でまとまっていました。しかし、それでは中央集権制は確立できない。国家として統合できない。だから、「この王朝の民である」という、集団間の意識付けをさせるために各地方から作業員として呼び寄せたそうなんですね。これによって他地方の人たちとも連帯感を持たせるということなのでしょう。
なお、国家的なボランティアという意味合いで、農閑期の農民に職を与えるため、という理由ではやや弱いです。
なぜなら、このピラミッド事業には年間を通じて従事していた専門職の人たちが多数いたことが分かっているからです。
・・・分かりますか?ちょっと補足を。
この専門職の人たちは労働の代わりに現物支給を受けていました(貨幣はないですから)。つまり、農村では、この人たちに給料として与えるだけの余剰生産はできていたということになります。もちろん王様側を経由して、給付されるわけですが。
そうなると、十分生きていけるだけの生産をしている農民達が、わざわざナイル川の氾濫による農閑期だからといって、出稼ぎに出る必要はありません。
また、このピラミッド事業により、国家財政が悪化していたようです。それでも尚、事業を推進したのは、農民に対するボランティアという理由だけではやや弱い :-( 国家統合に必要な事業であったという証拠ではないでしょうか。

『農民側の意識』
上記にあるように、農閑期にわざわざピラミッドを造りに出稼ぎをする必要なんてありません。
では、強制的に働かされていた?それだけでは不満が溜まる一方で、統合なんて難しいですよね?
実はここで意味を持ってくるのが、先ほどの【宗教的側面】で記載した内容なんです。
・・・どういうことか?
つまり、神(の化身)である王様のピラミッド事業に参加することで、自分たち自身も神の恩恵にあやかろうとしたようなんですね。徳を積んで救いを求める、といった感じでしょうか。信仰が強ければこその理由でしょう。

結局、ピラミッド事業は、神である王様の権威も上がり、太陽神の下に民衆の意思が一致する。逆に言うと、ピラミッドでなければダメだったんでしょう。
統合という観点から見れば、必要な事業であり、だからこそ国家財政を圧迫してでも推進したのではないでしょうか。

投稿者 maru : 2008年04月03日 List  

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コメント

なぜ祖霊神信仰へ変わって行ったか?中国や東アジアにおける父系制の浸透とセットになってる感じで興味ありますね。
おおざっぱに考えると、
自然神:在地の母系集団
祖霊信仰:遊牧父系集団  ・・・・が入り乱れ

異なる部族を統合するために超越存在の“帝”が必要になり、最後に突出した力を持った部族が現れるとその部族の祖霊信仰が強まり、序列原理で異部族も服属していくという過程でしょうか?

投稿者 Hiroshi : 2008年5月6日 23:23

Hiroshiさん
なるほど。多数の部族をまとめるための「帝」
確かにそうですね。
恐らく、多くの祖霊信仰集団が争うことになると、我こそは「帝の正当な継承者」であるという大義名分が必要だったのかもしれませんね。

投稿者 さーね : 2008年5月8日 21:50

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