2010年8月13日

2010年08月13日

シリーズ「インドを探求する」第12回 ~ヒンズー教からインドの謎にせまる

 
こんばんは。前回は、仏教についてでしたが、今回はインドの歴史や文化・因習等に深く結びついて存在しているヒンズー教について紹介していきたいと思います。
 
ヒンズー教とは言っても、日本人にとっては、あまり馴染みのない宗教ではないでしょうか。インドカレー好きなら「あ~、インド料理店で飾ってある、派手な神様のやつだね」といった反応でしょうし、旅行好きだと、ワーラーナシー(ベナレス)のガンガーでの沐浴風景を思い浮かべるでことでしょう。
 
実際、ヒンズー教の広がっている地域は、インドとその周辺地域以外では、インドネシアのバリ島くらいであり、後は世界に点在する印橋の街で、インド人が崇拝している程度の民族宗教といってもいいようで、日本において、その信者がほとんどいないことも、イメージしにくい一因になっていることでしょう。
 
それでは、このインド独特の宗教について順に見ていくことにしましょう。
 
 
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ワーラーナシー
 
 
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投稿者 yuyu : 2010年08月13日  

2010年08月13日

「日本人の‘考える力’を考える」シリーズを始めます。

●難局を前にして、「日本人は自前でモノを考えだすのか?」
ご無沙汰してます、怒るでしかし~です。
私権統合の崩壊が、家庭、企業、国家、そして市場社会の崩壊現象として、顕在化しつつある。それに対して、人々は、遊び第1から課題収束へと転換し、そこかしこで、真面目な仕事話に取り組み、若者の多くが「社会の役に立つ」仕事を求めだしている状況は、縄文以来の伝統である共同体的精神をもった共同体企業の時代が到来したといっていいだろう。他方、政治レベルでみれば、官僚・マスコミの暴走に翻弄されているものの、支配力の低下は明白で、大衆自身による社会統合への兆しといえる現象も現れ始めている。(事業仕分け、名古屋市の地域委員制度等)
しかしながら、人々の秩序収束上の諸現象は、資格収束、目先収束や、安易な右傾化等、必ずしも健全な思考力を伴っているとはいい難い現象も多い。専ら、舶来信仰に依拠し、外来思想の受容を旨としてきた日本人は、果たして現代の難局を前に、「自前でモノを考えだすのか?」のだろうか。
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写真は新潮文庫「日本人は思想したか」梅原、中沢、吉本3氏の鼎談。和歌の起源、日本神話の特異性、日本仏教の特異性等、推薦の参考書。

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投稿者 staff : 2010年08月13日