2009年12月7日

2009年12月07日

アイヌ民族は縄文人の末裔か?(3) ~「オホーツク文化」~

北海道の独自の歴史のなかでも、常呂が位置するオホーツクの沿岸には加えてユニークな過去がありました。
渡来民の時代です。
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本州で大和が政治支配を固めつつあった五世紀から六世紀頃、北海道にいた土着の人々である続縄文人とも、本州の人々とも、全く異なる集団が現れました。ちょうど、今よりも気温が低かった時期にあたります。
冷気にさそわれるように南下してきた彼らは、流氷が漂着するオホーツク沿岸に独特な文化を花開かせました。
考古学者たちはこの文化を「オホーツク文化」とよんでいます。
今回は、このオホーツク文化がアイヌ文化と関係があるのか、ないのかを追求したいと思います。
古代オホーツクと氷民文化から【抜粋】させていただきました。
【オホーツク文化=渡来民の文化】

「オホーツク文化」は、サハリンで成立した漁撈や海獣猟など海洋適応に特徴をもつ文化です。
この文化の担い手は、その遺跡の分布範囲や立地状況、推測される生業からみて、船を操ることにたけていたと考えられています。オホーツク人は、擦文人とは異なり、寒冷地適応の形質的特徴をもっており、現在サハリンに住む先住民ニブフの祖先と考えられています。(出土する人骨の形質学的研究によって彼らが続縄文人や擦文人とは非常に異なった顔かたちをしていたことが判明しています。その顔立ちはむしろ大陸のアムール川流域、樺太方面の人々と最も似ているそうです。)
擦文文化が成立した七、八世紀ころ、オホーツク文化は北海道のオホーツク沿岸から千島列島まで領域を拡大して最盛期を迎えながら、同時に中国の北方地域(吉林省・黒龍江省・アムール川流域・沿海地方)の人々と交易をおこなっていました。中国側からもたらされたのは曲手刀子・耳飾り・帯金具・小鐸といった金属製の装飾品、ブタなどでした。オホーツク文化から移出されたのは毛皮が主な交易品だったと考えられています。中国の唐王朝にも朝貢していたと見られています。

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「異文化の民」を突き動かしたものは何なのでしょうか?
容易に考えつくのは外圧状況の変化ではないでしょうか。
そこで、まずは、当時の気候状況を押えておきたいと思います。
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投稿者 naoto : 2009年12月07日  

2009年12月07日

「稲作伝播は私権社会の引き金か?」1~寒冷化適応により生み出された農業

新シリーズはじまります!
これまで、「日本人の本源性」、「日本人は闘えるのか?」、「東洋や西洋」などの日本人論が続き、また「官僚制の歴史」における国家制度の追求どは力作が続いています。
今回は社会統合の様式、なかでも弥生時代の稲作との関係です。
歴史を長~く見れば、共同体社会から私権社会へと転換して現代まで続いています。
私権社会では、土地や財や女の私有を巡って争う事で勝者敗者が生み出され、身分秩序のヒエラルキーを生み出し、最終的にはその力で統合されてきたわけです。
さて、日本において稲作が始まったのは弥生時代ですが、歴史本などを見ると、稲作によって戦争や階級社会がもたらされた、と目にする事があります。つまり生産様式が新たな社会構造をもたらしたと。
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  リンク(稲・鉄器・戦争から階級社会へと弥生時代を追及されています。)
果たして事実はどうなのか?、どのように私権社会が始まったのか?
まずは「人類はなぜ大地を耕しはじめたのか? 寒冷期と農業の起源」より見ていきます。
  
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投稿者 nishipa : 2009年12月07日  

2009年12月07日

素人の創造シリーズ2 ~素人は、全てを生み出す事が出来る2

素人の創造シリーズ1で、過去を振り返り 素人が生み出した創造物について考えましたが、シリーズ2では、現在の 課題と状況について考えてみましょう。
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投稿者 ryou : 2009年12月07日