2011年2月3日

2011年02月03日

【中央アジア】遊牧民の展開

今回は中央アジアの先史時代に遡って当時の様子をみてみたいと思いますが、その前に、中央アジアってそもそもどこなのかご存知でしょうか?

ウィキペディアでは『旧ソ連諸国のうちカザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンの5ヶ国を意味することが多い。』とされていますが、アジアの中央部という言葉が示しているように、国境という概念ではなく地理的範囲での見方が良いように思われます。
そうした場合、中央アジアは、東はゴビ沙漠、西はカスピ海、南はコペト・ダー、ヒンドゥ・クシュ、コンロンの山々、そして北はアルタイ山脈とカザフ高原に囲まれた横長の長方形の地域となります。

Central_Asia.gif
[拡大図]

この地域は、アジアの内陸部に位置し、年間降雨量の極めて少ない、極度の乾燥地帯に属します。そして、そこにはタクラマカン、キジル・クム、カラ・クムといった広大な沙漠が横たわり、この地域で人間が居住できるのは、アルタイ山麓からカスピ海の北岸へと続く広大な草原地帯と、天山、アルタイ、ヒンドゥ・クシュ、コンロンなどの山々の谷間とか中腹にみられる山間牧地、そして高山の雪解け水を集めて流れる河川の流域と、天山その他の山麓につくられたオアシス地に限られています。

この3つの地域に居住する人々は、その生活様式によって2つに区分されることになります。つまり、北部の草原地帯と山間牧地は、夏営地と冬営地の間を季節移動する遊牧民であり、南部のオアシス地は農業を主とする定住民です。
両者の生活様式・文化の違いは相互補完的な共存関係だけでなく、時には支配と被支配という関係をも築くことになります。その為、この両者をみていく必要がありますが、まずは草原の民である遊牧民について見てみたいと思います。

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投稿者 yoriya : 2011年02月03日