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2008年05月04日

水田・稲作に見る日本人の「勤勉性」

画像の確認
日本人は勤勉であるとよく言われますが、その一例で面白い記事がありましたので紹介します。

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 日本の川は流れが速く(幕末に西洋人が拝見したところ「鉄砲水」と言ったそうです)その川から水を流しいれてはためて水田を作り、稲を育ててきたのですよね。川の流れを変えるというより、川の力を借りる形で水田を作り、稲作業を行ってきたそうですね。
 一方、他のアジアの国では米を作るには大河をそのまま利用しているのだそうです。大河は流れが遅く、なかには馬鹿でかい水溜りのようなところもあるので、そこを稲作場として利用するのだそうです。日本と違い、貯水、注水などの工夫をせずに全てそのような場所などに稲を植えつけるなり、種をまくなりしてあとは大河の流れに任せているそうです。よって、米の収穫はすべて大河の流れに任せるという運任せの稲作業を行っているということです。
 これに比べると日本の場合は、川の流れが速い上に川が自然と水田に適した場所を作ってくれないのか直接これを利用せずに、外部から流れる水を取り入れて水量を調節し、人選的に水田を作る形となりました。この結果、水量や面積などは人々が直接調節せねばならず、稲に適した環境を作り上げるために思考誤差を繰り返し、収穫量をあげて米の質を上げていったわけです。
 よって東南アジア稲作が運任せであるのに対し、日本の稲作は努力しだいで良質にもなり、豊作にもなるという違いがあり、このけっか、日本は稲作を基盤として、他の分野に対しても勤勉で努力をする民族として育ったのでしょう。働くことに美徳を感じるようになったのもわかります。 
 

(玄洋日誌より抜粋)
 同じ水田・稲作でも気候・環境によっては全く異なる外圧がかかるんですね ~ 日本人の「勤勉性」が世界中に脚光を浴びたのは1970年代の急激な高度経済成長ですが、脈々と続く民族性がそれを支えていたのだと思います :D
 日本で本格的に水田・稲作が始まったのは大陸より伝わった弥生以降です(縄文時代も水田・稲作が全く無かったわけではないが、自然に出来た水溜りを利用する程度で、弥生以降のような川から水を引く大規模なものでは無かったようです)。
 では、縄文時代はどうだったのか?次回は日本人の勤勉性と縄文の気質に相関関係があるかを探ってみたいと思います :D
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投稿者 dai1028 : 2008年05月04日 List  

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コメント

mukaiさんこんばんは、
縄文から弥生の切り替わり時でどうもわからないのが、日本語の成立。縄文語をベースに成立しているとすれば、なんらかの形で縄文のネットワーク(贈与)に組み込まれていた??
それも縄文と弥生の関係をリアルに見ていけば分かるかもしれませんね。
>時には対立もしながら在来縄文系集団と協力し、列島に広がっていった渡来系弥生人集団。両者の関係をさらにみていきたい。
次回楽しみにしてます。

投稿者 Hiroshi : 2008年6月7日 02:01

韓国人系の似非学者どもが、やはりアメリカの雑誌を通じて全ての日本人は韓国から盲目的に渡来してきた落ち人等と出鱈目を吹聴したり、Yap自体の人口が日本国内では4割程しか確認できない為、やはり日本人は韓国の属国民族(かもしれない)~などと吹聴する荒唐無稽なプロパガンダが発生しているようだ。
 この問題について顕著なことは、所謂Y遺伝子(Yap、o、その他)を比較して、古代日本本土のほとんどの雌個体の遺伝子が渡来系だという事実を無視していることにある。調べて確認したが、特に本州など渡来系の雌個体が全体のほとんどを占めている地域において、Yapなど所謂本土人系のY系統である遺伝子が、本来o型因子の雌個体であるはずの韓国人系に食い込んでいる頻度が大きいという事例である。これは当時の日本本土人におけるミトコンドリアの遺伝子が明らかに渡来系、所謂韓国人系の雌個体であるのに対し、Yapやo型以外の雄遺伝子を持った個体が雌を大多数獲得している事実が出現するのだ。更にはアイヌや東北、沖縄、南九州等の所謂先住の人々は、ミトコンドリア遺伝子で雌個体を比較した場合、当時の本土人よりも渡来系とは差が大きいのである。現実的に、本土人の雌個体のミトコンドリア遺伝子は、ほとんどが韓国人系であったのだ。
即ち、所謂縄文系と呼ばれる人種の雄個体が、本土の雌人口の内、人種が異なる渡来系の雌と交尾することができた状況証拠であり、これは所謂縄文系と呼ばれる人々が雌を獲得するのに有利な社会的地位を獲得していたことを意味しているのである。即ち、韓国人系達は、わざわざ半島から雌個体を日本に提供してくれたという無様な結果が明らかになるのだ。
 確かにデータを見る限り、日本人の大多数の男子がYapを持っており、社会的地位を獲得するに至ったという評価は拡大過ぎではあろうが、だからといっていくら当時の韓国人系渡来人が御人好しで、本土の縄文系に雌個体を別けてあげたと仮定しても、まさか雌の全人口の内半分近くをむざむざ渡すくらいに御人好しと言えるかは、はなはだ疑問である。即ち、確かに韓国人系達は日本に流れ着いてきたのだが、周囲の本土人を追いやったという証拠については全くガセで、現実には社会的地位を縄文系に奪われた為に、仕方なく雌を謙譲せざるを得ない状況であったと言えるのだ。日本の歴史の中で度々皇族に自分の娘を謙譲し、その子孫を持って権勢を支配しようという勢力が貴族争いで多い遠因の一つに、こうした闘争の脆弱性が控えている可能性も指摘できるだろう。
 また、こうした雌雄異なる遺伝子分布と比較的近い例は今までに紹介してきた通り、ブラジルやインドなど、スペインやポルトガル、アーリア人種など雄遺伝子分布が明らかに雌遺伝子の特徴と異なったケースがある。闘争で劣勢となった先住民の雌個体と征服側の雄個体の混血が現代のブラジルやインドでの民族的特長と酷似している様子が、このYap分布と渡来ミトコンドリアの比率から明らかになるのだ。これらの事実から、民族的流入が韓国人系どもによって行われたにせよ、現実の支配者層は縄文系であり、それらの混血個体が弥生系として新たに出現したと考えることができる。また、Yapの引継ぎに対しても、当時の日本においてYap個体もいればそれ以外の個体も存在しており、雄系統の遺伝子が系統樹の中で途切れることは珍しくもないし、むしろ自然である。だからこそ、日本本土人の雌遺伝子のほとんどが韓国人系であるのに、雄型のYapがこれだけ色濃く残る為には、結局のところ縄文、弥生時代の支配者層が縄文系でない限り不可能であるのだ。
 確かに日本人の雄個体においてYapばかりでなく、むしろ中国人と全く同じY遺伝子の保持者がいたとしても、その系統を遡ればかなりの頻度でYapが出現し、数値の裏に隠された系統分布の跡を辿ることができるのである。そうなると、社会的地位の高かった系統においてほとんどがYapを保持しており、それらの出現頻度のバラつきは系統の断裂率から明らかになる問題だと言えるだろう。
 韓国人系が日本人の起源はどうのといちいち文句をつけてくる理由は、もちろん文明的なマイノリティから発生するコンプレックスであり、それらは先祖が同様の韓国人系の内、最も血筋が濃い福岡部落民の特徴を見れば十分過ぎるくらいに理解できるだろう。しかしながら、それら渡来系の韓国人が真に縄文系を南北に打ち破って韓国王朝を日本本土に建てたと証明するには、全くの力不足、何よりデータ不足であると言える。現実的には雄のo型遺伝子が99%を占める中国、75%を占める韓国人系、そして50%占める日本において、雄の頻度がo型種をこれだけ出し抜いている例というのは非常に希少ではあり、尚且つ戦闘才能によほど優れている証拠だとも言えるだろう。現実的にイワイとかいう博多部落が大和に併合された事実や、見下していたはずの島津(熊襲)に領土をほとんど制圧されたこと、遺伝的母国の韓国にいたっては併合までされるなど、その後の国家の未来の下地が既にこの雌の獲得闘争によって造られていたというのは、人類学的に極めて興味深い事例だと言えるだろう。

投稿者 他民族にわざわざ娘をくれてやる韓国人などいない : 2009年12月12日 13:59

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